▽こんこん7-8 空も飛べるはず
スウが、ガラクタ広場にもうひとりの客人を連れてきた。
つるりと禿げ上がったスキンヘッドと、服の上からでも盛り上がって見える筋肉の塊。
「ここは?」
大型な男が見回して聞く。男は額から目の周りにかけてが黒ずみ、目の下部から耳にかけては赤っぽくなっている。それが男にとっての半人の兆候であるらしかった。
「いらっしゃい」
まるで店員のような気軽さで言いながら、ヲヌーがぬるぬると足を踏み出して、筋骨隆々な男に近づいていく。
「今、最強ちゃんに色々説明してたところだから、一緒に聞くといいよ……」
男の全身をねめつけて、ヲヌーがあだ名を思案していると「はげちゃびん!」と、スウが声を上げた。
「こらこら」と大人のように窘めたものの、結局「……ちゃびんくん」と呼んで「こっちにおいで」と舌をべろりと垂れ下げた。その割れた舌先を見た男は、突き出た喉ぼとけを揺らして、ごくり、と唾を呑み込んだが、がっしりとした図体相応の勇敢な心でもって、臆することなく、ロロシーとカヅッチがいる広場の隅へと、ヲヌーに誘われてやってきた。
「こっちが今日来たばっかりの、最強ちゃん。こちら、今来た、ちゃびんくん」
「ロロシーです」訂正すると、男は警戒心のこもった目を向けながらも「ズテザ」と名乗った。
それから先程と変わらない説明がくり返されたが、気勢を削がれたロロシーは大人しく腰を落ち着ける。冷静になると、やはりカヅッチが言う通り、家族である父や、長くメイドとして住み込みで働き、一緒に暮らしている家族同然のソニナに、危害が及びそうなことは控えるべきだと理性が止めてくれた。けれど、ソニナはピュシスプレイヤー。半人の進行を緩める効果しかなくとも、なんとかプレイを止めるように伝えなければならない。ソニナが完全に肉食動物へと変じてしまわないように。
「半人か……」ズテザは空を見上げて、「私はもうピュシスから消滅させられた。それでもこの変化というのは進行しているのか?」
「そりゃあもう。脳ミソが人間をやめようとしてるんだからね。止められないよ」
ズテザはヲヌーの言葉に別段ショックを受けた風でもなく、うん、と頷いて、
「なら、いつか羽根が生えてくるのか」と、自分の引き締まった腕を眺めた。
「ちゃびんくんは鳥類だったの?」
「そうだ」
「ふーん。まあ、ならきっと、そのうち、空も飛べるはずさ」
ロロシーは自分の力だけで宙を自在に飛び回れるのは、やっぱり気持ちいいのだろうかと、頭上高くを被う透明のドームの天井を眺めた。半人を受け入れる人もいるのだという事実から少し距離を取りながら、それを見て見ぬふりすることもできない。
「そういえば」とヲヌーがロロシーに目を向ける。
「最強ちゃんはなんの動物なんだい?」聞いてから、すぐ「ああ、待って。言わないで。あてるから」両手を前に出す。「そうだなあ。肉食動物。ネコ科なのは確実でしょ。最強ちゃんが自称じゃなくホントに強いってことは、俺も肉食動物の一端として、よおっく分かるぜ。大型の、よっぽど強いネコ科だろうなあ」
ううん、と小さく唸って「ライオンとかトラってまだ生きてたっけ」とカヅッチに尋ねる。
「両方生きてますよ。さっき戦終わりで見ましたから、間違いないです」
「ああー。ライオンかと思ったけど、じゃあ違うかあ」
ヲヌーの言葉にカヅッチとズテザは二人そろってロロシーの顔をまじまじと見つめた。
「ライオンは粗野で野卑な野郎ですから、絶対に違いますよ」口汚くカヅッチが言う。
「粗野で野卑なのはトラのプレイヤーのほうだろう」と、ズテザがカヅッチの言い草に心象を悪くしたように会話に割り込む。
「あなたもしかして、ライオンの群れに所属してましたか?」切り返すようにカヅッチが聞いたが、ズテザはしかめっ面のまま答えなかった。
「さかさ帽子くんは自分とこの長をあんまり悪く言うもんじゃないよ」
カヅッチは、ふっ、と笑って、
「さっき決別したばかりですよ」
「あらら、そうなの。今はソロ?」
「トラのところです」
「へえ」感心したように口を開けて、「あーあ。第一候補が消えちまった。結構自信あったんだがなあ。じゃあ……」睨みつけるように見て「クーガーでしょ! ピューマ!」
ロロシーは肯定も否定もせずに、ただヲヌーが伸ばした指先を見つめた。先程のカヅッチの言葉が引っかかる。ライオンが生きていて、戦終わりに確認した。自分は戦が終わる前に消滅している。つまり、そのライオンは、タヌキ。
何故タヌキがそんな無謀なことをしたのか分からないが、それが必要な状況だったのだろう、とロロシーは考える。そう思うぐらいにはタヌキのことを信頼していた。少々危なっかしいところはあるが、ピュシスで共に過ごした時間で、タヌキは自分よりも他人、群れを優先してしまう性格だということは分かっていた。
ロロシーがライオンであったことが知られてしまえば、その消滅、ひいてはピュシスにいるタヌキの正体をも白日に晒してしまうことになる。
「あってた?」と、聞いてくるヲヌーから目をそらす。
「教えてくんないの? いいじゃん。もう消滅してるんだからさ」
「まあなんだっていいでしょう。ネコ科なんていくらでもいる」と、カヅッチ。
「大事なのは性質ですよ。肉食、草食、植物。それが分かればこちらとしては問題ない」ぴょん、と伸びをして「僕はそろそろ帰りますよ。トネリコ様の確認に、ふらっと立ち寄っただけだったんですが、面白いものが見れました」ロロシーに目を向ける。
カヅッチはライオンの群れからトラの群れに移ったと言っていた。つまり、以前から問題になっていたスパイ、とロロシーは考える。ロロシーはブチハイエナに対応を一任していたので、その正体を知らない。とはいえ聞いていたとしても、現状で対して役に立つ情報ではなかった。
「ソニナに伝言をお願いできませんか」
「嫌ですよ」即座にはね除けられる。「きっと今頃、あのメイドさんはお嬢様を血眼で探してるんじゃないですか。そこに僕が伝言なんか持っていったら大騒ぎですよ。僕が奴隷だってこともバレかねない」
言って背を向ける。立ち去ろうとするカヅッチの背後から、ロロシーは獲物を狩る肉食動物そのままの動作で飛び掛かった。牙で帽子をむしり取ると、俊敏な動作でガラクタの山の上に飛び乗る。
「ちょっと!」非難する声。「お嬢様。子供じみたことをするのはやめてください。どうなさろうと僕は伝言なんてしませんから」
ロロシーは咥えていた帽子のつばを手に取って、ふらふらと揺らす。
「それでかまいません。その代わり、お父様やソニナの様子をわたくしに教えに来てくださいませんか」
「……そのぐらいなら、構わないですよ。だから僕の帽子、返してもらえませんか」
しばらくロロシーはカヅッチの様子を窺っていたが、
「約束しますから」
と、念を押されると、やっと納得したように下りてきた。はあ、とカヅッチの深い溜息。
「お嬢様がこんな幼稚なことをするなんて思ってませんでしたよ」
帽子を受け取ると、ぎゅっ、と被って、つばをぐるりと後ろに向けた。
「何故、あなたは半人なのに、普通の生活をしているんですか?」
「普通、とはちょっと違いますけどね。僕の場合はまだ軽微ですからできているだけです」
カヅッチは跳ねるように走り去っていく。今度こそ捕食者に帽子を取られたりしないように。その足音は蹄を打ち鳴らしているように響き、人間離れした速度まで加速して、あっという間に見えなくなった。
「ちゃびんくんと最強ちゃんは早く寝床を決めたほうがいいぜ」と、ヲヌー。
「寝床とは?」ロロシーはひたすらに広がるガラクタの野原を眺めまわす。
「早い者勝ちだから、先に場所取りしてた子を追い出すようなことはするなよ。そこんところは匂いで判断してくれ」
するとズテザが、
「私は匂いは……」
「ああ、そっか。鳥類だもんね。鼻は利かないわな。ガラクタの山の上を探して、ガラクタの巣が作られてなかったらそこは空いてるよ」
「分かった」
と、さっそく上の方を探しに出かけた。
「おねえちゃん」と、スウがやって来て、
「あたしの巣の近くにしなよ。いいところがあるんだから」
手を引かれて、連れていかれる。ロロシーは疲れ切っていた。身を丸めてゆっくりと眠りたいと、今この時になってはじめて理性と本能の意見が一致した。




