●ぽんぽこ3-2 群れ戦開始!
ライオンの指導はスパルタだった。いきなりタヌキを群れ戦に連れ出した。しかも狸寝入りは許さないと釘を刺される。
攻略戦。攻撃側。相手はオオカミの群れ。その縄張りは雪がうっすらと降り積もり、ゆるやかな起伏のある森林。モミやトウヒなど、真っすぐに天を衝く背の高い樹木が檻のように視界を遮り、サバンナとは大違いの堅牢さを誇っている。凍てついた木漏れ日が注ぐ木陰のどこに敵が隠れているとも分からない場所であり、神経を使う戦場だった。
樹木は多いが植物族と思われるものは見当たらない。植物族かどうかはパッ見には分からないが、装備品のスピーカーが付いていたり、幽霊が寄り添っているような形容しがたい気配があるので感知できる。元々プレイヤー全体で見ても植物族の数は少ない。一番多いのは草食動物、それから肉食動物、最後に植物族と続く。それに加えて植物族は林檎などの果実の売買で簡単に命力を稼ぐことができる個体が存在するので、群れに参加せずにプレイヤーが縄張りにできない中立地帯に根を張っている者も多い。中立地帯はプレイヤー同士における中立な場所なだけであり、敵性NPCが襲来することもあるが、そういう場合には親衛隊のような顧客連中に守ってもらっている。
群れに所属するメリットもある。それは縄張りとなる本拠地の気候に腰を据えられること。アバターとなっている動植物が本来暮らしていた気候に近い方が、体が適応しているので伸び伸びと過ごせる。自然を堪能するためピュシスをプレイしている者たちにとっては重要な要素だった。
とはいえ植物族プレイヤーの絶対数の不足もあり、ライオンの群れのような大規模の集まりでない場合、植物族がほとんど所属していない群れも多々存在する。オオカミの群れもそんな一つ。そうすると肉食動物を止める役割のものがいなくなり、肉食動物主体の群れに蹂躙されがちでもあったが、オオカミはうまくそれを回避していた。オオカミが率いるのはイエイヌの軍勢。イエイヌは雑食動物であり、ピュシスの三すくみによる相性不利が存在しない。植物族よりも更に少ない雑食動物プレイヤーがここに集っている。そして能力値の差を、連携能力の高さを駆使して補っていた。
ブチハイエナが指示を出して、オオカミの縄張りの周辺のいくつかにチームを分けて配置する。群れの規模で一方的に押し潰したりできないように、定められた戦力以上を投入すると、相手の縄張りから弾かれてしまうようになっている。とはいえ戦力を選べるという点で群れの規模は大きい方が有利。地形や気候を考慮したバランスが取れたメンバーをブチハイエナは選出しており、予備メンバーも控えている。ヒョウなどの俊足自慢はこの起伏の多い土地では力を発揮できないので今回は欠席。バオバブなどの寒さに強くない植物族の参加も見送られた。
群れ戦開始と同時に、アフリカハゲコウとホロホロチョウの鳥類コンビが空から敵情視察。しかし森が深くて敵の姿は発見できない。
キリンやヌーなどの草食動物が進軍。自生する樹々を攻撃して除去していく。植物族でない自生植物は戦が終わるまでは復活しない。更地にする時間はないので、敵拠点へ向けたまっすぐの道を作る。
攻撃側が勝つ条件は敵本拠地に到達すること。防衛側は時間いっぱい守り切れば勝利。本拠地までは拠点となる地点がいくつも設定されており、そこを通過し、順に辿らなければなけないルールがある。つまり、ショートカットして一直線に本拠地に向かうことはできない。通過判定は地面にあるので、鳥類が空中をずっと飛んでいくことも認められない。一度地面に降りるとすぐさま狙われてしまうので、鳥類はサポートに徹することが多い。群れ戦には総じてシミュレーションゲームやストラテジー、もしくはタワーディフェンスゲームの性質があった。
キリンは立派に切り込み隊長の役割を果たしていた。倒木のグラフィックはしばらくすると雪に溶けるように消滅する。樹々を取り除くのは道を作る以上の意味がある。サバンナにあるライオンの群れに所属しているものは、普段開けた空間にいるので、暗い森では不覚を取りやすい。自分たちが戦い易いフィールドに場を変えるということが重要だった。
森には不気味な遠吠えがこだましている。イヌ科のプレイヤーたちが連絡を取り合っているのだ。通信機などというものがないピュシスの戦場において、相手に解読されない交信手段を持っているというのは大きな利点だった。他のクランであれば、わざわざ鳥類や目立たない小動物を使って連絡に奔走するところを、即座に伝達できる。スピーカーによる人語とは違い、相手に情報が漏れることもない上に、むしろスピーカーなど外してしまって、装備分の重量を軽くすることで僅かではあるが機動力まで確保していた。
護衛としてキリンについている肉食動物のリカオンは姿こそハイエナに似ているものの、ハイエナがハイエナ科なのに対してこちらはイヌ科。しかし別の群れの遠吠えの意味を解読することはできないかった。
くしゅん、とリカオンがくしゃみをする。ブチハイエナより二回りほど小さな体。体重もその半分ほどしかない。黒や黄、白などが粗く入り混じる体毛は、仄かに雪に覆われた景色のなかでは寒々しく映る。しかし寒いからくしゃみをしたわけではなく、リカオンのくしゃみは合意を示すサイン。キリンが長い首を使って高所から敵の気配を察知して、物陰に注意するようにと歩を緩めて視線を向けたので、それに返事したのだ。
リカオンの傍には同じぐらいの体格のサーバルキャット。黄褐色の毛衣に広がる黒い斑紋が美しく、ほっそりした体と長い四肢をしなやかに動かしている。更にもう一頭、パーティの最後の一員はオカピ。暗褐色の体の臀部と四肢に白色の縞模様があり、まるでシマウマのようにも見えるが、ウマではなくキリンの仲間。その証拠というように、頭からはキリンのような短い角が生えている。
四頭の獣が敵地を進軍していると、遠吠えが徐々に近づいて来て、唸り声へと変わった。森の奥に牙を剥くアイリッシュ・ウルフハウンドが姿を現わす。イエイヌのなかでも最大の体高を持つその姿にリカオンとサーバルキャットは圧倒されてしまう。さらにグレート・デーンとチベタン・マスティフがその横に並ぶ。いずれもイヌの超大型犬種。
ウルフハウンドはすらりと足が長く、灰色がかった白の長毛。リカオンとサーバルキャットを合わせたぐらいの体格をしている。そんなウルフハウンドと遜色のない大きさをしたグレート・デーンは褐色の短毛で、引き締まった体が遠目でも見て取れた。黒色のチベタン・マスティフは他の二頭に比べれば小さいが、横に大きなずんぐりとした体格で、ライオンを彷彿とさせるたてがみが首回りに生えている。体重は三頭のなかでは一番で、威圧感はいずれも劣らぬものがあった。
緩やかな起伏が連なる、遠くにせり上がった丘のような大地と樹々が目隠しのようになっている地帯。四対三。ウルフハウンドが低く吠えると、グレート・デーンとチベタン・マスティフが左右に散る。リカオンとサーバルキャットもそれぞれ右と左を固める。そして最も重要なのが、キリンの背後に立たないことだった。このパーティでの最高戦力は肉食動物の二頭ではなくキリン。一際巨大な体を支える強靭な脚による蹴りを浴びせれば大型肉食動物相手であっても痛手を負わすことができる。雑食動物のイヌたちに対してはなおさらであった。
三頭のイヌたちは距離を取って囲んでくるが、見上げる程に大きなキリンには簡単に手出しできないようだった。少しの様子見の後、首の周りに獅子のような長い毛を生やした黒色のチベタン・マスティフが、恰幅のいい体を躍らせて果敢に飛び掛かってくる。キリンが大振りに蹴りをくり出すが、初めから狙いはその横にいるオカピ。
オカピを守ろうとリカオンとサーバルキャットが二頭がかりで対処するが、その瞬間、それぞれの背後からウルフハウンドとグレート・デーンが襲ってきた。しかしグレート・デーンは段になった地形を利用して跳躍したので、位置取りが高すぎた。すかさずキリンが鞭のようにしならせた首による攻撃、ネッキングをお見舞いする。雪で染まった大地の上に褐色のイヌが落下。しかしもう一頭、灰色のイヌはサーバルキャットの細身の体に組み付こうとする。
「入れ代われ!」
「うん!」
リカオンの指示でオカピが反転してウルフハウンドへ突進。チベタン・マスティフがその尻に噛みつこうとしたが、それはリカオンに阻まれる。脇腹へ牙を突き立てられそうになって後退。三頭のイヌたちはリカオンやサーバルキャットに比べれば大きいが、オカピであれば体格で勝ることができる。重量を利用した体当たりは十分な脅威だった。ウルフハウンドは攻撃を中止し、森の樹を利用して逃れる。
「サーバル。回り込め」
「分かった」
サーバルキャットはネコ科ならではの俊敏さを発揮して、チベタン・マスティフの背面を取ろうとする。リカオンと二頭で挟まれては堪らないと、チベタン・マスティフが横に方向転換して走り出す。
倒れていたグレート・デーンはキリンに踏み潰されそうになっていたが、ごろんと転がって危ういところで体勢を整える。
イヌたちが距離をとり、一旦戦局は五分五分に戻るが、数の差もあり、キリンを有するパーティが大きく戦力で勝っていた。しかしリカオンはどうも妙な予感に苛まれていた。もう一頭、いや二頭のイヌがいる気がしてならないのだった。己の感覚がそれを朧げに捕らえてはいるが、視線を巡らせても白く染まった森林のどこにも、その姿は見えなかった。
■改稿履歴
2023/4/8 ハイエナが『ネコ科』となっていたのを『ハイエナ科』に修正