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▽こんこん7-1 目が覚めたら

 意識が浮かび上がった時、リヒュがはじめに感じたのは、ひんやりとした薬品の匂いだった。

 規則的な電子音。そして、暗闇。暗い部屋かと思ったあと、自分がまぶたを閉じているだけだと気がついた。背中にやわらかいベッドの感触。

 まぶた開けようと目の周りに力を込める。けれど上下の睫毛まつげむすびつけられているような重さを感じる。

 眼筋がんきんをピクピクと痙攣けいれんさせていると、薄く光がしこんできた。まぶしい。世界がおぼろな光で満たされ、光が拡散し、焦点が定まってくる。

 そばで灰色のなにかが動いた。慌ただしい靴音が遠ざかり、扉が開き、閉じる。

 規則的な電子音と、リヒュの心臓の鼓動だけが取り残される。

 目の前には天井。照明とエアダクトのふた。瞳に突き刺さりそうなほど明かりは強く、ダクトを流れる空気の音が耳の奥でこだまする。

 腹部に異物感があった。のどには圧迫感。首が固定されており動かすことができない。どろんとした視線を動かして、リヒュは周りの様子を探る。

 まず目についたのはいくつもの点滴スタンドと、そこから伸びるチューブ。赤かったり、黄色かったり、透明だったりする液体が、そのなかを流れている。それらは全てリヒュの体につながれているようだった。ベッドのわきには生体情報を映すモニター。心電図と脈波が鋭い山をくり返しえがいている。モニターのそばにベッドサイドテーブル。その上には電子パネルと金属の塊のようなもの。それから丸い椅子が二脚。椅子の上に投げ出された灰色のコート。

 壁も天井も灰色。壁の一方には幅の広い両開きの灰色の扉。ベッドはひとつ。リヒュが寝かされているものだけ。病院の個室らしい。

 リヒュは視線を天井に戻す。頭がぼんやりしている。

 指先の感覚を探る。かすかにふるえて、爪の先が合成繊維のつやつやしたシーツの表面をでた。それ以上は動かせない。全身が弛緩しかんしており、身を起こすこともできそうにない。

 部屋の扉が開け放たれた。視線を向けると、白衣の医者、医療オートマタ、スーツ姿の小太りの男が一斉に入ってきた。

 医者はモニターに向き合うと、慣れた手つきで自身のクラウンを激しく操作して、情報を読み取る。その間、医療オートマタが柔らかい人工皮膚で作られた手を伸ばしてきて、リヒュの瞳孔どうこうのぞき込んだ。ガラス玉のような瞳の奥で、チラチラと輝く電子頭脳が透けて見える。続いてオートマタは簡単な触診をして、体の状態を確認。オートマタの確認した情報は全て医者のクラウンに送られる。

 ベッドサイドのテーブルに置かれた電子パネルを取り上げて操作した後、やっと医者はリヒュの方へ顔を向けた。せて筋張すじばった顔。どことなく水生動物を思わせる。目が離れていて、瞳がれたように見えるからかもしれない。

「触りますよ」

 声もせている。リヒュは、クラウンに触る、と言っているのだと気がついて目でうなずいた。スリープ状態が解除されて、視界に様々な情報が照射しょうしゃされる。手は動かないが、眼球運動だけでそれを操作する。

しゃべろうとしないでくださいね」

 言われてから、しゃべれないことに気がついた。

 それから医者は、壁際で腕を組んで見守っている小太りの男を振り返った。男がわずかにあごを引くと、リヒュの方に向き直る。

「あなたの容体ようだいについてご説明しますが、心配ありませんから、落ち着いて聞いてくださいね。ご質問等あれば、私のクラウンにどうぞ」

 リヒュはにぶい頭をなんとか働かせ、医者のクラウンと自分のクラウンをリンクさせて、返信を送る。

『分かりました』

 医者はヨキネツ医師というらしかった。もう一人リンクしている人物がいる。ビゲド。後ろで立っている小太りの男だろうか、とリヒュが考えていると、医者が語り出したので、その思考は中断される。

「ええっと。リヒュさん。あなたはのどと腹部にひどい損傷をうけていましてね。それでこの病院に運び込まれてきたんです。あなたは。ええー、それでですね。そう、手術をしました。手術。もちろん成功しましたよ」

 成功、という言葉を強調して、医者は口のはしから空気をらすような笑い方をした。

「喉と、いくつかの臓器を人工の代替品に交換しました。適合てきごうはうまくいって、ぜんぜん問題ありません」

 てきごー、や、ぜーんぜん、と間延びしたような言葉遣い。

『いくつか、ってどの臓器でなんですか?』

 リヒュは聞いているうちに気分が悪くなってきて、急に腹が痛み出したように感じた。

「ええーっと。どこだったかな。電子カルテを探しますからね。ちょっと待ってください。どこかな。……うん。見つけたらお送りしますので。後にしましょうか」

 医者は一方的に決めて「それで」と話を続けた。

「今は人工臓器が馴染なじむまで体を固定してますが、もうすぐ動けるようになりますからね。ええ。喉もね。人工喉を調整して、リハビリすればまたしゃべれるようになりますから、心配はないですよ」

『どれくらいかかるんですか』

「そうですねえ。頑張ればすぐですよ。安心してくださいね」

 リヒュはいい加減な医者の態度にやや腹立たしい気持ちになりながら、

『後ろのかたは?』

 と、気になっていたことをたずねた。

「わたしは」とメッセージを送信してからすぐに男が前に乗り出したので、リンクしていたもう一人が、この人物だったことをすぐにさっする。

「こういうものです」

 男が自分のクラウンに触れて操作すると、リヒュの網膜もうまくに警察関係者であることの証明書がでかでかと映し出された。

「ビゲド警部です」と名乗って「ちょっとだけ、質問させて頂いてもいいですか」

 確認はリヒュではなく医者に向けてのもの。それにあっさり「いいですよ。安定してますし。命に関しては全然別条はないんでね。私のおかげでね。問題ないでしょう」と許可が下される。

 医者は「何かあったら看護師を呼んで下さい。私は失礼しますよ。待ってるんでね。別の患者さんが」と、返事も待たずに医療オートマタを連れて部屋を出ていった。

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