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●ぽんぽこ7-5 別離、再出発

「それぐらいにしておくんだな」

 ライオンが川を挟んでトラを相対する位置に立った。群れ員クランメンバーたちに落ち着きが広がるのを見て取ったリカオンは、ほっ、と安心する。しかし直後、これは本物だろうか、という疑問が頭をもたげた。タヌキの姿も見えない。もしかしてこれはタヌキか、と考えて、すぐさまマレーバクの姿を探した。

 リカオンが知る限り、タヌキのことを知っているのはライオン、ブチハイエナ、自分、そして敵であるアフリカゾウとマレーバク。マレーバクはアフリカゾウの近く、トラからは離れた位置で水に半身をひたして腰を下ろしており、ライオンにける存在について言及する気配はない。ばくの神聖スキルを使えば正体を暴けるが、それもしない。アフリカゾウも同様に沈黙している。

 トラにとって、この場の主導権を握るこれ以上ない情報。持っているならそのカードを切らない理由はない。まゆり上げ、激しい感情を瞳に込めるトラの反応は、本物のライオンと対峙たいじした時のそれ。つまりトラは知らない。なのに二頭は教えない。リカオンは何故なのか分からなかったが、とにかく今はライオンが偽物かもしれないという可能性を悟らせないように、平然とした態度をつらぬくことにした。

「貴様、遅いぞっ!」

 イボイノシシが角ばった顔を向ける。

「許せ」

 と、だけ言ってライオンはトラとにらみ合う。ユキヒョウが岩の上で身を起こして、興味深げに二頭のやり取りに目を光らせた。

「重役出勤か。その愚鈍ぐどんさも王と呼ばれる秘訣ひけつなのかね」

愚鈍ぐどんついでにそちらが指定した縄張りの譲渡じょうとについては、承認を待ってもらうぞ」

「どうした? 負け惜しみの嫌がらせか?」

「そんなところだ。三日じっくり待つんだな」

 それだけ告げるとライオンは、

「ブチハイエナ」

 と、声を掛ける。ブチ模様の体がかすかにふるえ、丸く大きな耳が上げられる。

 ブチハイエナは分かっていた。これは、タヌキだ。立派にけている。ほれぼれするほどに。タヌキは知らないのだろうか。ライオン消滅ロストしたことを。

 ライオンにけたタヌキがうなずいて、三日待つ、ということを現在はリーダーであるブチハイエナに確認した。ブチハイエナにも異存はない。今すぐにトラの手の者に縄張りのそばみつかれるのは避けたい。群れクランが落ち着く時間が少しでも必要だ。タヌキは決定権をブチハイエナが持っていることを知っているようだった。群れクランリーダーが脱退や消滅ロストなどでいなくなれば、自動的に副長サブリーダーにその権利が移譲いじょうされる。複数副長サブリーダーがいる場合は所属期間が長い方へ。つまりタヌキではなくブチハイエナへと渡る。

 タヌキはライオンの死を知っている、とブチハイエナは思った。知って今、けているのなら、それは自殺行為に他ならない、とも。

 タヌキは図太いふりして繊細せんさいで、落ち込み屋だということをブチハイエナは分かっていた。現実世界ノモスで似たような子供と接する機会があるから。そして意固地で、責任感が強すぎる。ゲーム内の口約束に過ぎないものを今まできっちりと守り、ライオンに協力し、群れクランを見守ってくれていたことからも、その責任感の強さがうかがえた。

 そんなタヌキがライオンとしてこの場に現れたということは、それをつらぬき通すと決めたということに違いない。もうタヌキとして過ごす時間はなくなるだろう。そうなると、タヌキはもうタヌキでなくなる。タヌキとしてのタヌキは死んだも同然だ。

「帰るぞ」

 ライオンが背を向けて森のなかへ、それを越えた先にあるサバンナへとゆっくりと足を向けた。その背中にはライオンとしてピュシスで生きる覚悟がずっしりとのしかかっている気がした。どうして、とブチハイエナはたずねたかったが、この場でそんな質問を投げかけることはできない。ライオンがいなくなったピュシスに意味はあるのか、その群れクランを存続させる意義とは、とブチハイエナの頭のなかで暗い感情が渦巻く。しかし、ライオンがこれまで築き上げてきたものをあっさりと手放すことは、どうしてもできなかった。

 トラは牙をいてライオンの尾のふさが揺れるのを眺めていたが、鼻を鳴らして自らも尾を向けて、反対方向へと歩き出した。ユキヒョウは思いのほかおだやかなやり取りにがっかりしながらトラの後を追う。トムソンガゼルもそれに続いた。

 イリエワニは遠のいていくトムソンガゼルの黒い短尾を見つめる。副長サブリーダーの座からあっさりと降ろされて、イリエワニにとっては、ぽっと出の新参者に奪われてしまった。悲痛を抱えたイリエワニは川にひたったまま、密林山地に戻る気にもならない。

「ひどいね」

「ええ」

 ムササビとスイセンがなぐめるように言うが、イリエワニはしょげた様子のまま、どぼん、と水のなかにすっかり沈んでしまう。

 そんな三名の横を、思案気なマレーバクがのそのそと歩いていった。アフリカゾウは、戦が終われば質疑しつぎに答える、という約束を守らせるためにトラの後を追う。

「おいライオン!」

 川の向こう側から聞こえた大きな声に、トラの群れクランの団体の最後尾にいたキョンとウマグマが振り返った。視線の先ではイボイノシシが双牙そうがを振り上げ、その切っ先を月明かりでギラギラと輝かせていた。

「俺は……。群れ(クラン)を抜ける」

「……トラのところに行くのか?」

 肩越しに振り返ったライオンがたずねる。

「ふざけたことを……」イボイノシシは力なく憤慨ふんがいして、

「貴様とは、もう共に戦えん」

 川上へと牙を向け、とぼとぼと歩いていく。

「どうするんだ」と、ライオン。

「そうだな……、俺も群れクランを作るか。俺のように力をみがきたい奴を集めて、戦えるような群れクランを」

「なにと戦うんだ」

 ライオンが聞くと、イボイノシシは少し首をかたむけ、水面みなもに映る月を見つめた。

「なんとでもさ。戦い続けるために、戦うんだ」

 そう答えて、駆けだした。ライオンはその後ろ姿をしばらく目で追っていたが、サバンナへ向けて再び歩き出す。その背中にブチハイエナ、リカオン、その他群れクランの全員が付きしたがった。

 やり取りの一部始終を見ていたキョンとウマグマは、イボイノシシの後を追って走り出した。

 残されたイリエワニがぷかりと水面に顔を出す。その上に飛び乗ったムササビが、

「ワニくんは副長サブリーダーの器じゃなかったんだよ」

 聞いてますます落ち込みそうになるイリエワニに、

リーダーになるべきだと思う」

リーダーって……?」

 イリエワニが上目で頭に乗ったムササビに視線を向ける。

「さっきのイノシシのようにですか?」

 スイセンが黄色い花を揺らす。

「そう! あたしたち三人で新しい群れクラン作らない?」

 イリエワニは瞳をまたたかせて考える。

「いいかもしれせんね」

 スイセンが同意して、イリエワニも同じように思った。


 昇った月が沈んでいく。次の太陽へ交代し、空を明け渡すために。地平線の下からほのかに照らされたピュシスの空は、以前とは少しだけ違う色に染まりはじめた。

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