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●ぽんぽこ7-1 玉座を狙う者

 すばしっこく動き回っていたキョンの頭をみ砕いて、体力(HP)が尽きたのを確認すると、その死体を、ぶうん、と振って投げ捨てた。

 ガウルの部隊を殲滅せんめつした正体不明の獣。ウシほどの大きさをした胴体に、オオカミにも似た顔つき。口元には巨大な牙がのぞき、凶悪な鉤爪かぎづめ四肢ししの先でギラギラと輝く。とんがった耳の先から、尻尾の先までの全身が赤黒い褐色の硬い毛におおわれ、背には黒いしま模様。

 サバンナの本拠地、白灰色の柔らかい印象を与える平らな岩が、棚田たなだのように重なった場所。丈の長い草の草原に取り囲まれ、風が吹くたびに草同士がこすれる音が、愛らしい輪唱りんしょうのようにサラサラと響いた。

 ライオンの居城きょじょう。岩の最上段の中央付近には、群れ員クランメンバーたちが持ち寄った様々な草花がかれている。普段ライオンが寝そべっているその場所からは、光の柱が立ち昇り、この群れ戦クランバトルにおいて、ライオンの群れクランにとっての絶対的な防衛地点、トラの群れクランにとってはやぶるべき牙城がじょうであることを知らしていた。

 処刑器具に感じるような怖気おぞけもよおす雰囲気をまとった正体不明の獣が、ゴール地点前まで岩を上ってきたかと思うと、みるみるその体がちぢんでいった。ウニのとげのような剛毛は柔らかくしなり、赤黒い褐色に黒いしま模様の毛衣もういは灰褐色に黒色のブチ模様へ。尖っていた耳は丸く、牙や尾も短くなった。

 神聖スキルを解いたブチハイエナは、ライオンの玉座に寄りう。

 不意に、頭の内側に異様いような感覚が駆けめぐった。ノイズ。世界ピュシス全体が一瞬、ゆがんだような感覚。だが、それは錯覚だったかのように瞬時に消え去る。

 なにか、遠くで音がしたような気がした。金色こんじきの月に突き刺さりそうな細く、するどい音。

 空を見上げる。穴が穿うがたれたようにも見える欠けた月。月は刻一刻と天頂に近づき、戦の終了時刻をげようとしていた。

 ブチハイエナは改めて耳をそばだたせたが、風がひゅうひゅうと鳴っているだけで、先程のような音は聞こえない。耳をせ、ふう、と息を吐いて腰を落ち着ける。

 トッ、トッ、と軽い足音が岩を上ってきた。すぐに鼻先を向けて、耳をピンと立てる。匂いと音から味方であることが分かった。

「今の……」

 もう一頭のブチ模様の獣、リカオンが岩の下から顔を出す。ぴょんと最上段を踏んでブチハイエナの隣までやって来ると、辺りを見回した。

「あなたも感じましたか」

「ああ。感覚がズレたような。サーバー障害か? それともバグかな? 今までこんなこと一度もなかったが」

 ふたりで首をひねる。しばらく警戒していたが、なにも起こらない。リカオンは怪訝けげんな態度を残しながら、

「ふむ。よく分からないが、大丈夫そうかな。……それで、見てきたがイチジクは全滅。やられてたよ。今は芽を出すこともできない状態だ。キョンの奴、念入りにつぶしていきやがった」

「意外と冷静に立ち回られてしまいましたね」

 キョンはゴールに一直線に向かわず、少しでもライオンの群れクランの戦力をぐように動いた。それは副長マレーバクにこの戦での存在価値を否定されて、むしゃくしゃとした挙句あげく足掻あがきであったが、ブチハイエナたちはそんなキョンの心情を知るよしもない。キョンの行動の結果として、消耗しているブチハイエナとリカオンの体力(HP)回復手段がなくなり、植物族ドリュアスのバフも失われた。

 岩の下、キョンが倒れている辺りにブチハイエナが鼻先を向けると、リカオンも同じような仕草をする。

「入れ違いになっちまった。加勢できなくてすまん」

 リカオンは本拠地まで戻って、北で行われているライオンとアフリカゾウの戦いについて報告した後、敵のキョンがまだ攻めて来ていないことを知って、周りを見て回っていた。

「しかし、遠くからちらっと見えたが、あれはなんだ?」

 あれ、というのは剛毛におおわれた正体不明の獣のこと。

「さあ」

 と、ブチハイエナは尻尾をくるりと回す。はぐらかされたか、そこまでは信頼されてないのかもな、とリカオンは思って耳と尻尾を垂らしたが、そんな心中をさっしたように、

「本当に知らないんです」

 ブチハイエナは舌をぺろりと出した。

「私が知っているのは、あれがジェヴォーダンの獣と呼ばれていることぐらいで、地球の人達にもその正体は分かっていなかったらしいです」

 地球に存在したジェヴォーダン地方と呼ばれる場所に現れた獣。三年間もの間に百人とも、それ以上とも言われる死者を出した。はじめオオカミかと思われたそれに襲われた被害者の遺体は手足がバラバラになっていたり、首を切断されており、とても普通の獣ではありえなかった。オオカミ、ハイエナ、クマ、複数の動物の雑種、狼男などの説がささやかれたが正体は謎のまま。その獣はただ『獣(la bête)』と呼ばれ、驚くべき速さで動くとも、悪魔のような眼差しをしているとも、狡猾な知性を有しているとも伝えられていた。

「ふうん。そんなのもいるのか」リカオンは怖ろしい伝承に特におびえた様子もなく、耳をパタパタと動かす。実際にあった事件だと言いえられたが、リカオンにとってその話は神話や童話などとなんら変わらない架空の物語にすぎなかった。

 そんな気楽な態度のリカオンに、ブチハイエナは、ふっ、と笑ってメニュー画面を確認する。

 ガウルたちと戦った後、これ以上は使うまいと考えていた神聖スキルを使ってしまった。なけなしの命力(LP)を消費してしまい、今はすずめの涙。金の角と青銅のひづめを持ち、矢よりも速く駆けるケリュネイアの鹿の力を持ったキョンを止めるすべは他になかった。

 ライオンがログインしてきた時、ブチハイエナは複雑な感情だった。現実世界ノモスでなにかがあったのだと思った。心持ちさびしそうにも見える雄大なたてがみを振り乱して、仲間の元へとさんじようとするライオンの後ろ姿を見て、この戦いは負けられないと改めて決意を固めた。勝利がせめてものなぐさめになるなら、それをささげたかった。

 勝てば消費した命力(LP)はおつりがついて返ってくる、と自分に言い訳したものの、消費し過ぎた。これ以上敵が来た場合は流石に危うい。

 フラミンゴの報告では、ハゲコウは現在、敵の小動物の最期の一匹、ジャックウサギの対処中。彼ならやりげてくれるはず。ダチョウは生存していて、ブラックバックを追っている。これはもう考慮しなくてもいい要素。放っておいていい。バオバブは完全にイリエワニを封じ込めて、その足止めに見事成功してくれた。トムソンガゼルが寝返って敵の偵察要員として動いているようだが、現状まだ同じ群れクランに所属しているので、こちらの群れ員クランメンバーに攻撃したりといった手出しはできない。

 アフリカゾウの参戦には危機感を覚えたが、ライオンが向かった以上はなにも心配はいらない。はずなのだが、ブチハイエナはどうにも胸騒ぎがしてならなかった。

 サバンナの乾いた風が二頭のブチ模様をでて、夜の香りを乗せて運んでいく。

 時が来るのを指折り数えるように、ブチハイエナは月の動きを注視ちゅうしした。

 現実世界ノモスより仮想世界ピュシスの時間の流れはずっと早く設定されているはずなのに、今この時の時間の進みは遅々ちちとして、止まっているようにすら感じた。不思議とピュシスにいると、こうして時間が引きばされるような感覚におちいることがままあった。

 薄い雲が夜空にまとわりつくように流れ、月にしたがう星々が弱々しくまたたく。

 もどかしい時間。そうしてずっと見上げていると、ブチハイエナははるか上空、月のそばに、すみを垂らしたような染みが現れたのに気がついた。

 なにかが真っすぐに、落ちてきているようだ。

 にじむように広がり、形が定まる。

 するどく、風を切る音。

 ピンク色の鳥。

 ブチハイエナとリカオンが飛びのいた瞬間に、どすん、と鈍い音が響き、あざやかな羽根を舞い散った。

 墜落ついらくしてきたのはフラミンゴ。ライオンの群れクランの仲間。その体力(HP)はもうない。

 そして、間を置かず、もう一羽、巨大な鳥が降り立った。

 怪鳥。黄の毛衣もういに黒のしま。同じ模様の大きな翼。強靭きょうじんな四肢をそなえ、口元には三日月のような巨大な牙。

「ライオンはいないのか?」

 拍子抜けしたように言いながら、敵のリーダーであるベンガルトラが、岩肌に着地する。窮奇きゅうきの翼をたたんで、ゴールである光柱を見つめた。

 ブチハイエナとリカオンは身構えて臨戦態勢をとる。しかし、トラは二頭が視界に入っていないかのように前に踏み出し、無造作にゴールへ向かおうとした。すぐさま行く手に二頭が立ちはだかるが、トラは一瞬、まゆしかめただけで、二頭をまるっきり無視して足を止めようとはしない。ブチハイエナはトラの半分ほど、リカオンに至っては三分の一ほどの体格。トラのがっしりとした大きな体躯たいくで簡単に押しのけられてしまう。

 ブチハイエナは口を薄く開いて低く細かい鳴き声を上げた。耳が垂れて、尻尾が中途半端に持ち上がる。頭のなかでは危険信号がともっていた。二対一。ブチハイエナのむ力、咬合力こうごうりょくはライオンやトラにも勝り、骨を簡単にくだける力がある。攻撃力は十分。しかし攻撃が当てられるかどうかが問題。しかも、こちらの体力(HP)はトラの攻撃を一撃でも受けてしまえば簡単に消し飛ぶあたい体力(HP)が尽きれば命力(LP)が大幅に削られる。下手すれば消滅ロストするかもしれない。

 刹那せつな、考える。リカオンと協力し、反撃を受けることなく、攻撃を加え、戦終了時刻までトラを足止めできるか。……無理だ。トラは強い。無傷ではいられない。それに、翼の存在。少なくとも相手は生粋の鳥類であるフラミンゴを仕留められるぐらいの飛行能力がある。こちらもスキルで対抗できれば分からないが、今そんな命力(LP)は残されていない。

 トラの態度は無言の内に、見逃してやるから消えろ、と言っていた。

 リカオンが判断をあおぐ視線をブチハイエナに向ける。

「……リカオン」

 声を掛けて、一歩下がる。リカオンは不服そうに牙をいて、威嚇いかくするような鳴き声をトラに向けたが、ブチハイエナがもう一歩下がると、耳を垂らして、しぶしぶといった風に身を引いた。

 トラが、ふん、と鼻を鳴らす。はばむ者のいない道を、悠々ゆうゆうを歩いていく。ライオンの玉座、群れクランの皆が拾い集めてきた柔らかい草花がかれた場所へ。ブチハイエナは歯噛はがみしながら、その光景を見つめることしかできなかった。背後から奇襲を仕掛けたとしても、トラのすさまじい反射神経をもってすれば、急反転して反撃するぐらいのことは容易。手出しできない。

 ブチハイエナは悲しいぐらい理性的に戦力差を把握していた。動物と動物の力関係ははっきりしている。どの要素よりも顕著けんちょに強さに直結するのが体格。トラと、ブチハイエナやリカオンとの対格差はあまりにも大きい。それをくつがえすのが群れであり、技であり、戦略だが、たった二頭だけで、スキルを使う余力もなく、小手先の連係れんけい攻撃をしたとしても通じはしないだろう。

 ここまできて負けるなんて、とブチハイエナは悔しい気持ちで心が押しつぶされそうになる。しかし、どう考えても勝てない。たった一頭、トラに対抗する戦力を残せなかったのが敗因。けれどやれることはやった。健闘けんとうした、とも思う。相手と同じぐらい戦力が集まっていれば勝っていた。だが、そんな絵空事を想いえがいてもしょうがない。

 今考えれば、集まりが悪かった原因にはトムソンガゼルの暗躍あんやくもあったのだろうと思う。不安をばらまき、それとなく戦をうれう噂を広めた。そうして流布ふるされた不安をくつせなかったのが、この敗北につながっていると考えると、余計に悔しい。

 なすすべもなく玉座を明け渡すしかないのは耐えがた屈辱くつじょく。けれど、キャラクターを消滅ロストするわけにはいかない。これからもライオンに奉仕し続けるために。


 トラはピンと伸びたヒゲの先で二頭の無念を感じ取りながら、この上ない満足感に満たされていた。屈服くっぷくさせる快感。力ではなく、心で叩きせた時、得られる快感は数倍にも跳ね上がる。しかも相手はライオンのしもべたち。この光景をライオン本人に見せられなかったのが、残念でならなかった。

 わざとゆっくりと足を踏み出してやる。戦が終わるまで、まだほんの少し時間がある。時間いっぱいまで苦しめてやりたいが、流石に本来の目的を忘れるような愚かなことはしない。

 一息に、終わらせるとしよう。

 トラが前肢を振り上げる。

 光柱に踏み入る寸前。

 足元が揺れた。

 反射的に身をちぢめ、岩肌に爪を立てる。それと同時に、足場の岩が浮き上がり、かたむいた。

「なんだ!? 地震か!?」

 リカオンがすべり落ちながら叫ぶ。

「……これは」

 ブチハイエナも岩の表面を流されながら、耳や鼻をあちこちに向ける。

 次の瞬間、傾いていた岩の足場が、急激に元の位置に戻りはじめた。まるで巨人が岩皿の端を持ち上げて、手を離したようであった。自重で引っ張られた岩が地面に叩きつけられる。その反動で、今度は反対方向へと傾く。激しいシーソーのような動作にブチハイエナやリカオン、トラですら耐えきれずに宙に投げ出された。

 トラは窮奇きゅうきの翼を広げようとした。しかし、太い縄のようなものが絡みついてきて阻止されてしまう。カウボーイが投げ縄を放つように、アフリカゾウの長鼻がトラの胴体をぐるりとしばった。

「我、貴殿きでんに申し開きを求める!」

 アフリカゾウが叫ぶ。

「何をする貴様! 裏切るのか!」

 鼻にめ上げられたトラがもがく。

 ブチハイエナとリカオンは、トラよりも高く飛ばされて、アフリカゾウの広い背中の上に二頭が重なるように続けて着地した。

 アフリカゾウが、ぱおーん、といなないた。トラは、ごおお、と咆哮ほうこうを返す。


 混迷こんめいきわめる状況。その上空で、月は粛々しゅくしゅくと空を流れ、時を刻み、動物たちをただただ照らしていた。

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