●ぽんぽこ16-4 王なき軍団
遺跡最下層への直通トンネルに悲しげな足音がこだまする。
陰鬱な雰囲気に沈む動物たち。
――王の消滅
その事実を聞かされた全員が、太陽が凍てつき、常闇がすべてを支配してしまったかのような気分に襲われた。
ギンドロの群れや、サル軍団との戦いでタヌキの存在を知った者たちも、影武者は別として、本物は健在だと思っていた。信じられない、が、ブチハイエナがライオンに関することで冗談を言うわけがない。
「……サルにやられたのか?」
ペッカリーが尋ねると、
「そうです」
ブチハイエナはすぐさま肯定。
この場で唯一、それが嘘だと指摘できるのはリカオンだけであったが、黙ったままでブチハイエナが語るのに任せている。
化けれるタヌキやキツネはいずれも行方知れず。
こんな重要な場面でのライオンの不在は、だれもが疑問を抱いて当然。その疑問を解消しないままでは、皆の心はゆらぎ、敵性NPCとの戦いで不覚をとることになりかねない。
「王こそ我らが光。消滅は身が引き裂かれる苦痛。しかし……希望はあります」
肩をそびやかしたブチハイエナが、黒ずんだ鼻先で闇をかき混ぜる。
「ピュシスの最深部へと向かいましょう。敵性NPCどもを片付けて、このゲームをクリアする。願いが叶うというのなら、私たちが願うのです。王の復活、アカウントの再発行を……」
タヌキの願いを方便として使う。皆を導くこれ以上ない理由。
「そんなことできるの?」
角をかしげたオジロヌーが疑問をこぼすと、隣を走るシロサイが自分自身を励ますように「できるさ」と、頷いた。
「じゃあ、キリンさんも……!」
落ち込んでいたオカピの顔が前を向き、蹄に強い力がこもる。
他にも蘇ってほしいプレイヤーはたくさんいる。サバンナの縄張りの仲間以外にも。欲張るならば、これまでの消滅をすべてチャラにしてほしいぐらいであった。
そんな気持ちを抱えてボブキャットが消えた者たちの名を並べる。ペッカリーやフラミンゴから聞いた消滅者たち。
「ダチョウも、ミナミジサイチョウも、ハイイロオオカミも……」
すると、土埃と共に加速したヒグマが横から突然、食ってかかった。
「なんて言った!」
「えっ……」
すくみあがった薄いブチ模様のネコに、三倍近い体長のヒグマがすごむ。
「ハイイロオオカミがどうしたって?」
「そ、そのう……」
足をもつれさせながら、助けを求めて視線を泳がせるボブキャット。代わりにチワワがハイイロオオカミの消滅をヒグマに教える。
サル軍団との戦闘の開幕。銃弾に撃たれたハイイロオオカミは、ゴリラによって燃やされて、ギンドロと一緒に焔に呑まれた。
聞いたヒグマは噛み締めた牙をこすりながら、鼻っ柱に深いしわを寄せる。重いものを吐き出すように、
「そうだったのか……」
そのときヒグマはオオアナコンダ共々、一足先に山から離れていた。異変に気がついて戻ってくるまでに起きた出来事。
リカオンの陰に隠れたボブキャットが、ヒグマやオオアナコンダ、それからチワワへと順に視線を向けて、こそこそと耳打ちで尋ねる。
「なんでヒグマたちが一緒なんだ?」
「頼もしいでしょう?」
答えたのは耳ざといブチハイエナ。クマやヘビのなかで最上位の強さを持つふたりはたしかに頼もしい、しかし、
「チワワは……」
小犬っぷりはフェネックといい勝負。チワワとフェネックがイヌ科最小の双璧。ショロトルのスキルのことを知らないボブキャットにとっては同じぐらいの頼りなさ。
だが、ブチハイエナはそれ以上の説明をしなかった。だからボブキャットは、ボブキャット以外も、さまざまに渦巻く感情を呑みこんで、すべてを受け入れることにする。
いま最優先なのはライオンのこと。
ライオンの群れからライオンがいなくなるなど考えられない。
すぐにでも帰ってきてほしい。
それがサバンナの縄張りに所属する者、全員の望み。
ヒグマたちの同行に反発する声はない。
ライオンなしで未知の領域に突入することに多くの者が不安を覚えている。その不安を、ヒグマたちの存在がまぎらわしてくれているのは間違いなかった。
遺跡の底へと向かって、覚悟と希望と勇気とを携えた者たちがひた走る。
動物たちの角で掘られたトンネルの表面はなだらか。土は押し固められ、硬い岩の凹凸は砕かれ、走りやすく、落盤の心配はなさそうだ。
時折、貫かれた遺跡ダンジョンの断面と交差して、窓のような横穴から、野生をむき出しにした洞窟と、待ちぼうけている罠の数々が見えた。
本来ならば、入り組んだ洞窟を巡り、罠を回避しながら進まなくてはならないところだが、直通トンネルをいく動物たちには関係ない。消耗なく、順調な道行。中立地帯の山から動物たちになって帰ってきた者たちは、全員が黄金の果実の恩恵によって体力満タン。サバンナで待機していたメンバーはクルミやピスタチオ、イチジクの植物族の実を食べて回復済み。
射し込む太陽の輝きが遠のき、蛍石の光が満ちて、蛍光灯の痛々しい明かりに上書きされていく。
単調で一様なトンネルの空気が少しずつ薄くなっていく。
横切る遺跡の断面が近代的な色を帯びはじめて、灰色で、幾何学的で、自然とはかけ離れた無機質な風景へと変わっていく。
道幅がやや狭まり、しばらくして、終着点にたどり着いた。
ダクトのような銀色の通路。
動物たちの爪や蹄が平面の床をたたいて鳴らす。冷たい音が耳や毛衣や鱗に響くと、寒々しい感覚が心のなかに広がった。
天井には蛍光灯の明るいライン。その光を浴びた動物の肌はどこか作り物めいていて、博物館に飾られた剥製のように見えてくる。
この場において、動物は異物。
皆、自分の肉体を見失わないよう、空間に対して抵抗する。
視線を左右に向けると、進むべき方角がすぐに分かった。
通路が途切れ、大空洞が顔を覗かせている。
だれもなにも言わず、全員の足がそちらへと向かう。
風はなく、空もない。
暗くないだけの明るさ。明るくないだけの暗さ。
見慣れた光景。
ただ、灰色だけがある。
――模造街
ただし、機械惑星そのままではない。
裏返った街。機械惑星であれば、街は球形の惑星の外側に位置しているが、模造街は球形の大空間の内側に広がっている。
大空間の中央を見上げると、グラフィックが欠けているみたいな影。
それこそが、ピュシスの最深部。
影から伸びる螺旋階段が落ちるのは工場地区の奥。
街に踏み入る。
奇妙極まる感覚だった。
動物の肉体のままで、現実にいるような。
なじみ深い場所なのだが、いずれの建物も、まるで他人の顔をして、そっぽを向いてしまっている。
動物たちが無形の街の輪郭に視線を這わせ、無臭を嗅ぎ、無音に耳を澄ませ、無味の空気を舌に乗せる。
獣の足で踏む道路は、靴で歩くよりも空々しく、素足で歩くよりも生々しい。
地面が爪を、蹄を、肉球を、鱗を、拒絶している。
人間のために舗装された道。
けれど、ヒトのいない街。
敵性NPCも見当たらない。
動物たちが進もうとしたそのとき、ヘビクイワシが追いついてきた。
頼もしい偵察役。さっそく仕事を頼む。白と黒の翼をはためかせ、優美な鳥が模造街を探るべく空を飛ぶ。
その報告を待つあいだ、しばしの休息をとろうとしていると、すぐにヘビクイワシがとって返してきた。
「どうした?」
ただならぬ様子にリカオンが声を落とす。ヘビクイワシは慎重に翼をたたんで、
「ものすごい数の敵性NPCがいます」
工場から続々と、銀色の人型があらわれて、みっしりと道に詰まりながらこちらへと向かって行進している。
衝突は避けられない。
突破し、生産工場をたたかなければならない。
それこそが、本来の目的でもある。
「やるか」
リカオンが改めて、皆の覚悟をたしかめる。頷きに頷きが返ってくる。心をひとつに。足並みの乱れは許されない。相対するのはおそるべき敵たち。ひとりの危険は全員の危険。
「やろう」
シロサイが角をそびえさせる。
現在地は商業地区のまっただなか。
巨大な商業ビルの入り口の門が遺跡の通路とつながっている。ただし、街と遺跡は独立した別々のマップデータらしく、接点がワープポイントのようにになっていて、お互いの空間を侵食していたりはしない。
分厚いサイの蹄が、立ち並ぶ商業施設の前を横切る。と、ショーウィンドウを突き破り、銀色の腕が伸びてきた。息なき息を潜めていた敵性NPCの奇襲。しかも、隠れていたのは一体ではなく複数。
ヒグマがタックルを放つ。吹きとばされた金属の塊が壁に激しく打ちつけられると、甲高い衝突音が、動物たちと敵性NPCとの戦闘開始の合図となって、模造街に響き渡った。
2024/10/28
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