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▽こんこん15-25 なにをしているんだろう……

「不思議ですねえ」

 医者が首をかしげる。

 いくら確認しても、リヒュの位置は地下なのだという。

 それもかなり深い場所。

「地下ってどうやっていくんですか?」

 たずねたメョコに、運び屋が、

「一般には公開されていません」

「じゃあなんでリヒュは?」

「それは……、分かりません」

 ほんのわずか、自信なさげに声がしぼむ。

「穴でも掘ったのかなあ?」

 薬品が染みついた研究室の床を見つめる。

 運び屋はより一層、声をしぼませて、

「穴掘りはあの子が一番嫌っていることです」

 そうなんだ、とメョコは思う。

 ――穴掘り、面白いのに。

 機械惑星ノモスで穴を掘る機会は滅多にないが、仮想世界ピュシスではたくさんある。プレーリードッグにけて穴を掘るのはすごく楽しい。最近だと渓谷の縄張りで穴を掘ったし、その前にはホルスタインの群れクランの縄張り、牧草地帯の地面の下をキツネと一緒に掘って進んだ。

 ――そういえば、キツネはいまどうしてるのかな。

 マレーバクと一緒にサルを見張ると言っていたのを聞いて別れたままだ。時間的にサルたちとの戦いの決着はすでについているはず。

 頭から外した自分のクラウンは、ずっと手に持っている。確認したい気持ちはあるが、現実の状況がひと段落しないと、ゲームをやってる場合じゃない。それに、半人ハイブリッド化はピュシスが原因と聞いたので、ログインするのはちょっと躊躇ためらわれる。

「どうやってリヒュを……」

 うつむいたメョコがこぼすと、運び屋はばっさりと、

「どうしようもありません。放っておきましょう」

「でも、もうひとり、協力者が必要なんですよね」

 メョコはすこしでも運び屋の意識をリヒュに向けさせようとする。母親に放っておかれるリヒュがかわいそうだった。

「他を探します」

 返答にメョコは落胆する。その目の前を通り過ぎ、運び屋は医者と共に研究室を出ていった。シロバナワタをおんぶしたヤドリギの半人ハイブリッドが続き、ダチョウにうながされて、メョコも廊下へと移動する。

 こうなったら自分ひとりでもリヒュを探しにいきたいが、地下にいく方法が分からない。ダチョウ、シロバナワタ、ヤドリギに聞いてみるが知らないという。医者も専門外。運び屋は知っていそうだったが、

「教えてください!」という頼み込みは「だめです」と、即座に一蹴。

 獣の爪痕が刻まれた病院の廊下。正気を失った半人ハイブリッドが暴れた形跡。あちこちにまかれた薬品が強いにおいを発している。いかにも獣が嫌いそうな刺激臭。これで追い払ったのだろう。ヨキネツ以外の職員はいま、入院患者たちと一緒に奥に退避しているらしい。

 運び屋はもうリヒュのことを忘れてしまったかのように、代わりとなる三人目の候補としていい人物がいないか医者にたずねている。

「それなら……」と、医者。

 聞くと、それはヨキネツが担当する患者のひとり。リヒュの位置を調べるついでに、別の患者の位置も調べていたのだという。患者の個人情報の取り扱いの軽さに運び屋はややあきれ気味であったが、そもそも病院のルールに反してリヒュの位置を調べてもらったのはこちらのお願いであったので、とがめるような言葉を口にしたりはしなかった。

 候補がいるのは公園。

 病院から出る前に、隔離病棟に立ち寄る。

 厳重に閉じられた部屋の前で、ホルスタインが扉の窓からなかをじっとのぞき込んでいた。

「設備の動かし方は知っていますよね。好きに使ってください」

 医者が懐から取り出したカードキーをホルスタインに渡す。ホルスタインは目を合わせようともせずにそれを受け取り、顔をそむけた。

「ホルスタインって医療従事者だったのかな」

 と、ヤドリギが背中のシロバナワタと話しているうちに、一行はロビーに到着。受付前に並んでいる大量の椅子の端に、カホクザンショウとマンドラゴラの半人ハイブリッド

 外の火災から流れてくる煙を避けながら、揃って天井の電灯を見つめている。

 カホクザンショウに医者が声をかける。

「あなたは立派な樹になりますよ」

 というのがデータ解析の結果らしい。カホクザンショウの半人ハイブリッドは、左右が崩れた瞳をぱちくりとさせて、ぎこちないうなずきを返した。

 病院の前で植物たちとはお別れ。四名はカホクザンショウの家に向かう。そこにもうひとり、植物の半人ハイブリッドであるモミがいるのだという。

 運び屋と医者は公園の方面へ。メョコはその後ろ。横でダチョウが歩幅を合わせるのに苦労しながらついていく。

「どうすればいいと思う?」

 見上げたメョコの顔に、のぞき込んだダチョウの長髪が豪雨みたいに垂れてきた。首を伸ばしたダチョウは、刻々と薄れゆく声で、

「オポッサムはどうしたい?」

 リヒュが心配だというのがいま一番強い気持ち。どうにかして迎えにいってあげたい。けど、そのときには母親である運び屋が一緒にいてほしい。そのほうがリヒュが喜ぶ気がする。

 自分の想いを、つっかえつっかえ言葉にすると、ダチョウはメョコの頭をなでながら、

「とても大事なお友達なんだね」

「……うん」

「ひとまずはこのまま。慌てずにいこう。運び屋さんの行動の優先順位は私たちではどうにもできない。いまの用事が終われば、一緒に迎えにいってくれるんじゃないかな」

「でも、大丈夫かな……」

 リヒュの部屋はなんだか変だった。本当に誘拐されたのだとしたら、リヒュの安否が気になる。

「想う心は尊いけれど、想うだけでは事態はなにも変わらない。落ち着かないと。この状況でむやみに動くとオポッサムが怪我をしたり、迷子になったりしそうだ。できることを探しながら、運び屋さんについていくのがいいと、私は思う」

「……そうだね」

 メョコはゆっくりとダチョウの言葉を胸にとどめる。

 そうしていると、突然、前を歩くふたりの会話が耳にとびこんできた。

「カヅッチさん、という方ですね」

 運び屋が候補者の名前を確認している。

「ええ。わたしは彼が幼い頃からの担当なんですが、データ処理の成績はかなり優秀だったはず。体質的にあまりクラウンに頼れないので、補助なしの物理作業にも慣れていますよ」

「協力してくれそうですか」

「それはあなたの交渉次第」

 ゴムを噛むような医者の笑い声。

 カヅッチと聞いて、顔が思い浮かぶ。いつも帽子をかぶっていて、くたくたにくたびれた作業服を着ている姿。工場を走り回って、備品を運ぶ運搬屋。ロロシーの家で何度か会ったことがある。

 そこまで親しいわけでもないのだが、いまの非日常な状況のなか、不意にあらわれた日常の残滓ざんしに、メョコは強いなつかしさを覚えた。

 ――公園でカヅッチはなにをしているんだろう。

 みんな、どこで、なにをしているんだろう。

 リヒュ、ロロシー、プパタン、ネポネ、ギーミーミ、ルルィ……

 シロサイ、オジロヌー、紀州犬、リカオン、ブチハイエナ、キツネ……

 どこかで、なにかをしているのだ。

 なんだか自分だけ、取り残されている気分。

 自分はいま、なにをしているんだろう……

 なにをすればいいんだろう……

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