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▽こんこん15-20 人間として生きる道

「止まりなさい!」

 ロロシーがトラの背中で叫ぶ声が狭い通路に反響する。首を後ろからかかえる体勢で、トラがくわえる金属パイプの両側を背後から引っ張り、羽交はがめ。くつわかつ手綱たづなにしている。

 光なき地下通路だが、トラは闇に適応した瞳、嗅覚、聴覚でもって、壁にぶつかることもなく、曲がりくねった道を進んだ。

 言うことを聞くつもりはないらしい。止まるどころか加速している。ローブの裾をたなびかせながら、ロロシーはふり落とされないように足で踏ん張る。

 ライオンの牙を使えば、すぐにでも決着をつけられる。首筋に噛みつけばいい。だが、ロロシーは人間として、そうはしなかった。いまは完全なる動物の姿になっているこのトラも、元は人間であったはず。

 トラの丸い耳に口を寄せる。

「あなたのことはよく知っています。わたくしには分かっています」

 語りかけるとわずかに歩がゆるんだ。言葉を理解している。

 形はトラだが、心には人間の部分が残っているのだ。トラは続きを待つように、耳をそばだたせている。

「アムールトラと名乗っていたようですが、あなたはベンガルトラでしょう?」

 距離の取り方。攻撃の狙い方。ピュシスで戦ったことがある相手。昔から勝手にライバル視されて、つっかかられていた。ライオンである自分の目はだませない。

 トラは思っていた話とは違ったというふうに鼻先にしわを寄せると、舌打ちするみたいにパイプを強く噛み、速度を上げる。

 そして、やすりで鉄をこするようないびつな声をこぼした。

「……なぜ、おまえが、知っている」

 まるでおぼれているみたいな声。よく耳をましてやっと言葉だと判別できる。ロロシーはトラがしゃべれるように、くつわにしている金属パイプにこめる力をすこし弱める。

「わたくしがだれだか分からないの?」

「……どういう、意味だ」

「俺様のことを忘れたのか」

 ピュシスのライオンの口調で話すと、トラはわずかに息を呑んで、

「……そうか……そうか……貴様だったのか……どうりで、むかつく、はずだ」

「なぜ暴れるんだトラ。現実でまで俺様たちが争う必要はない」

「現実、だから、必要が、ある。向こうじゃ、腹が、ふくれない、からな」

 一言ずつ吐き出すように言って、舌をべろりと垂らしてみせる。

「俺様を食うつもりか? 腹が減ったなら食物フードを食べるといい。栄養は十分に足りるはずだ。……ちょっとばかし不味いがな」

「狩りを、しなければ、心が、満たされ、ない。俺は、トラだ」

「本物のトラはそんなことは考えない。おまえはトラじゃない。トラには向いていない。人間的すぎる」

 ロロシーは金属パイプから手を放して、トラの首にしがみつく。トラはパイプを吐き捨てて、なおも走り続ける。

「俺が、人間的、だと?」

「そうだ。姿はトラだが、心は違う。俺様から見たピュシスでのおまえの印象は、執着心が強すぎるということだった。執着というのは情だ。ヒトの感情だ」

「そんな、ふうに、思われて、いたのか」

 不満げに鼻を鳴らして、

「執着心、は、認め、よう。だが、俺が、執着、するのは、俺自身。どこまでも、利己的な、存在だ。他者を、切り捨て、るのに、躊躇ためらわ、ない。自己の、生存を、至上と、する、動物的で、あると、言える、んじゃ、ないのか」

「なら、どうして群れクランなど率いていた。ソロプレイヤーでいればよかっただろう。おまえの能力ステータスなら十分にそれが可能だったはずだ。群れクランは共有し、分け合うシステム。独り占めしたいのなら、ソロでいればいい」

 しばしトラは押し黙る。捕食者の頂点にいるネコ科の静かなる走り。トラの巨体が躍動やくどうすると、洞窟のような通路の空気がどよめいた。

「……マレー、バクに、かつがれた、のさ。あの、ペテン師、にな。……なぜ、と、言うなら、利用、できる、ものは、利用、しよう、という、だけだ」

「その割には楽しそうにやっていたみたいだが」

「バカな。面倒、しか、なかった。群れクランメンバーは、くず、ぞろい、だった、からな」

「しかし、本物のトラは群れなかったそうだぞ。ネコ科のなかで群れを作るのは、唯一、ライオンだけ。群れるトラなどトラではなかろう」

「もう、群れは、捨てた」

「捨てるな。拾え。俺様と群れろ」

 鋭く突くようなロロシーの言葉に、トラの筋肉がこわばった。首をかたむけ、視線を背中に向ける。闇のなかにあるロロシーの瞳を、トラの瞳がのぞき込む。

 猫目と猫目がかち合った。

「なん、だと?」

「共にこい。トラ。俺様はいま惑星コンピューター(カリス)本体との接触を目指している。ピュシスを消去デリートし、動物や植物になっている人間を元に戻す方法を探すつもりだ」

「元に、だと? 無理、だな。この、状態、から、人間、に、戻れる、と?」

 見下ろす姿は完全なるトラ。トラがトラらしさを誇示こじするかのように、雷のごと咆哮ほうこうをとどろかせた。かろうじてヒトの言葉を操ってはいるが、その喉もトラへと変わろうとしている。

 だが、ロロシーは引き下がることなく、

「人間からトラになったのなら、トラから人間にだってなれるはずだ。半人ハイブリッド化した者をヒト化する方法は必ずある」

「絵空事、だ」トラが鼻で笑う。

「それは模索しなければ分からないだろう。可能性を探る力は人間の力。人間だからこそ、よりよい世界を想像することができるんだ……俺様は……わたくしは……人間をやめるつもりはありません」

 トラの首が強く強く抱きしめられる。

「どう考え、ようが、おまえは、ライオンに、なる。それは、避けられ、ない」

「たとえ姿がライオンになっても、わたくしは人間でありつづけるでしょう」

「ヒトなど、肉食、動物、に、食われる、だけだ」

「そのときには、人間でいるために、ライオンの力を使って戦います。わたくしはだれよりも強い。あなたよりもです。だれもわたくしを食べることはできません」

「矛盾、して、いるぞ」

「猛獣使いと同じですよ。猛獣が外にいるか、内にいるか、たいした差ではありません。わたくしの内にいる猛獣ライオンをヒトの守護者にします。わたくしは人間が大好きなんです。動物や植物も好きですが、それに蹂躙じゅうりんされるヒトを放っておくことはできません。ヒトとして、ヒトを存続させなくてはならない」

「くだらない、詭弁きべん、だ」

「ふふ。でも、人間らしいでしょう?」

 ロロシーが笑うと、思わずトラも笑みをこぼす。けれども、すぐに引っ込めて、

「おまえは、ライオン、として、死ぬ、ことに、なる」

「それでもわたくしは人間です。あなたも人間です。たとえトラであっても」

 抱擁ほうようする手で、トラの喉元をなでる。

「わたくしと一緒にいきましょう。力を合わせるんです。そうすれば、きっとこの困難を乗り越えることができるはず。太陽を得る計画のことは聞いています。それについても、ゆっくりとお話がしたいと思っていました」

 駆けるトラの歩が緩まっていく。ついには止まって、闇のなかにたたずんだ。ロロシーはトラの毛衣もういにしがみついていた体を起こす。

 逡巡しゅんじゅんしている様子であったトラは、ややあって、

「……条件、が、ある」

「わたくしにできることなら」

 トラの頭に熱のこもった手が置かれる。

 すると、

「ライガーを、産め」

「えっ?」

 その意味を考えて、ロロシーは困ったように天井を仰いだ。

「わたくしとつがいになる気ですか? けれど、あなたが父親ならライガーではなく、タイゴンですよ」

 ライガーとは、父親がライオン、母親がトラの交雑種。その逆で、父親がトラ、母親がライオンの交雑種はタイゴンと呼ばれる。ライオンやトラよりも大型に成長する傾向があり、ライオンよりも短めのたてがみ、トラよりも薄い縞模様を持つ。

 いずれも先天的な疾患を抱えて生まれることが多く、短命。しかし、半人ハイブリッド同士であれば、素体が人間という同一の種のため、諸問題を回避できる可能性もある、とロロシーは考えながら、

「それに、ご存じでしょう? わたくしはピュシスでは雄ライオンでした。変異が進んだ先に、雌ライオンになるとは限りません。見てください。ほら。髪だって、たてがみのようになっているんですから」

 固く三つ編みに縛り、ローブにしまっている髪をだしてみせる。あらぶり、うねる、雄々しい髪。

 ロロシーの動揺を楽しむようにしてから、

「ふっ……、冗談、だ……」

 トラは薄く笑う。ロロシーはほっと安心して、

「あなたは人間です」

 あらためてトラに言い聞かせる。縞模様の背や、頭や、耳に触れながら、

「人間として生きる道をどうかあきらめないでください。わたくしも模索している途中ですが、一緒なら見つかります。動物や、植物になった先の世界には、破滅の影がちらついているように、わたくしは感じます。地球は、すでに滅びているのですから……」

「見つから、なかっ、たら、どう、する」

「見つかるまで探しましょう。共に。一生かかったとしても」

「……魅力、的な、提案、かもな」

 トラが頭を伏せる。うなだれるように、こうべを垂れた。

 ロロシーは背から降り、トラと向かい合う。

「わたくしはロロシー。あなたのお名前は?」

「知って、いる、だろ」

「人間としてのお名前をうかがっているんです」

 トラはネコひげをうごめかせて、

「……」

 ささやくよりもちいさな声。

「なんですって? もう一度、言ってください」

 ロロシーがトラの口元に耳を寄せる。

「……」

 まだ聞こえない。

「もう。ふざけているんですか。聞こえませんよ」

 頬が触れ合うぐらいまで顔を近づける。

「……トラだ」

 トラが牙をいた。

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