▽こんこん15-7 イエイヌいろいろ
公園にやってきたギーミーミは、ベンチに座っているプパタンとネポネの双子に目をやって、それからルルィの姿を見つけた。
同級生の四人が集まっていることになる。
プパタンはギーミーミと呼び、本人も認めたのだが、ルルィは半信半疑で、
「本当にギーミーミか?」
こう聞きたくなるぐらいには、顔に面影がない。頭がほぼ完全に動物だ。それなのに体のほうはそうでもないから、まったくもって珍妙な姿になっている。頭と体が分離しているみたいだった。
「証拠が必要か? そうだな……」すこし考えて「じゃあルルィの失敗談でも話すか。お前昔、体育の授業で体操着を忘れてボォゾ先生に借りただろ。そしたら体格が違いすぎて尻の部分が破けちゃって、気づかずに尻丸出しのまま授業を……」
「やめろ! あのとき、ボ先が気を利かせて冠で偽装装飾してくれたから、俺の尻は守られたんだ。なにが失敗談だ。あれはノーカンだ」
「いいや。フローラルな装飾だったから、丸出しよりも恥ずかしかったぞ」
「そんなことはない。俺はボ先のセンスを信じる。……うーん。本物のギーミーミみたいだな」
「偽物がいるのか?」
「そういうわけじゃないけど、いまはこんなだからな」
周囲の半人たちに視線を巡らせる。動物や植物と混ざり合った、とりとめのない姿の者たち。
この公園の集団の先輩として、ルルィが現状で分かっていることや、見聞きしたこと、皆についての情報を共有する。ルルィの弟のトセェッドは、マンチニールのネポネをこわがって、また距離をとってしまった。
聞き終わったギーミーミは、全部は納得しきれていないという顔で頷いて、
「ルルィがイリエワニなのか。小心者の心配性のくせして、バカでかい肉体を使ってたんだな」
軽口をたたくと、ルルィは鱗まみれの顔で笑う。
「ネポネがマンチニール、プパタンが林檎の植物族だったんだとさ」
「それは知ってる」
と、ギーミーミがこぼすと、ルルィは不思議そうにして、
「なんで知ってるんだ?」
視線が逸らされる。
「別に……」
「どこかで会った?」プパタン。
「別に……」
「ギーミーミはなんの動物なの? イヌ科なのは分かるけど」
頭がほとんどイヌになっている。白いイヌ。イヌの犬種は何百種類もあるので、それだけで判別するのは難しい。
ネポネの質問に、ギーミーミはまだ人間のままの手で額の毛を押さえて、
「そうだな……、イヌだ」
鋭い牙とは対照的に、歯切れの悪い返答。喉が変質しているからか、声がすこしゴロゴロしている。
「なんのイヌ?」ネポネが重ねて尋ねる。
「カニス・ルプス・ファミリアーリス」
「つまりイエイヌってことでしょ」言われたのはイエイヌの学名。
「よく知ってるな」ごまかそうとしたギーミーミが驚く。
「まあね。うちの群れにイエイヌがいっぱいきたから調べたんだよ。もしかして、ギンドロの群れにきたひとり? 犬種は?」
純粋な好奇心による追及。ギーミーミの肉体は紀州犬。けれど、ゲーム内で林檎とこみいった会話をしていた手前、プパタンの前では名乗り出づらい。
苦し紛れに、
「雑種だ」
と、言ってみると、
「ピュシスに雑種なんていなかったはずだが」
背後から声。ふり向くと、またイヌ科の男。ギーミーミよりシャープな印象のイヌの顔つきに、灰色の毛衣。男は片面が銀色の葉をたっぷりと茂らせた女をおんぶしており、長い根っこが地面に垂れて、ロングドレスの裾のようにひきずられていた。
さらに後ろにはもうひとり、女。こちらもイヌ科らしかったが、つばの広い帽子の上から、ぶかぶかのパーカーのフードをかぶっていて、鼻先ぐらいしか分からない。
イヌと植物とイヌの三人組。
男が何者なのか、ギーミーミにはすぐに分かった。仮想世界、現実世界、両方での知り合い。
「クァフじゃないか。ハイイロオオカミだったのか……」
別々のものとして存在していた点と点とが結びつき、線となって絵が描かれる。この公園でよく一緒にバスケットボールをしていた。そして、プロ選手になった年上の友人。
「ギーミーミだな。そっちは紀……」
言いかけた口をギーミーミが視線で止める。クァフはギーミーミを一目見て、イヌ並みの鼻で嗅いで、紀州犬だと看破していた。ゲーム内での長い付き合いに加えて、現実でも付き合いがあるとなれば瞭然だ。
アイコンタクトを受けて、クァフは開きかけた口を閉じ、それからプパタンに気がついた。プロ選手としてのデビュー戦に、ギーミーミと一緒に観戦にきてくれていた子だと思い出す。においから、林檎だということも分かった。
色々と察して、前言を撤回。話を合わせておく。
「いや。度忘れしていた。そういえばいたような気もするな」
「そうなんだ」
ネポネはあっさりと納得。ハイイロオオカミと言えばイエイヌ連中の親分だったプレイヤー。それが言うのだからそうなのだろう。交雑種ならホルスタインの群れにラバやケッティがいるらしいし、ひとりぐらい、雑種犬のプレイヤーがいても、おかしなことではない。
それに、いまは、ギーミーミのことよりも、クァフにおんぶされている女性のほうが気になった。
「ギンドロ?」
声をかけると、銀色の葉っぱで顔がさっと隠された。拒絶のしぐさ。女性はクァフの首にしがみついて、その背中に顔をうずめた。
「ちょっと……、そっとしておいてやってくれ」
と、クァフが子供をあやすみたいに体をゆする。
リコリスに長を譲った話をしておくべきかと、ネポネはしばし悩む。しかし、ギンドロは消滅した身であるし、こんな状況でゲームの話をしている場合でもないと思い直して、クァフの言う通りにギンドロには触れないことにした。
クァフやギンドロの後ろで静かにしているイヌ科の女に、ギーミーミが声をかける。目深にかぶった帽子の影から、灰色っぽい毛衣のマズルが確認できた。
「そっちもイヌ?」
「そう」
頷きもせずに言う。つっけんどんな態度。ギーミーミは自分が犬種詐称をしている手前、それ以上尋ねるのは、はばかられる。
遠くの火災で躍った焔が、影のなかの瞳をちらりと輝かせた。すごい目つきだった。ギーミーミはたじろいで、女から離れる。謎のイヌ科の女は、クァフとギンドロのふたりをしきりと気にしているようであった。
同級生の輪に戻ったギーミーミは、ほっと胸をなでおろす。この輪にいれば、これまでの日常とつながっている実感が得られる。
ルルィ。ネポネ。プパタン。学校の勉強が遠い過去のようだ。食物店で勉強会をして、みんなで将来を語ったりしていたのが懐かしい。ロロシーはどうしているだろう。ゴャラームも最近見かけていない。リヒュや、メョコは無事だろうか。
プパタンの隣に座っている腕のない角男がみじろぎした。その足元でうずくまっていたレースの塊がむくりと身を起こす。同級生の集まりで、輪からはみ出すみたいにして放っておかれていたビスカッチャが、プパタンの膝によりかかって、
「……やっぱり友達になる」
「ありがとう……!」
プパタンは心よりのお礼を言う。そして、ネポネのほうを見た。どうだ、という顔。返ってきたのは、よかったね、という表情。言葉がなくても伝わった。
けれど、立ち上がろうとして、足に力が入らないことに気がついた。
視線を落とすと、ふくらはぎから下に、足がなくなっていた。すべて根っこにほどけてしまって、お尻がベンチから離れてくれない。
「走れなくなっちゃったね」
肩を落として言うと、同じぐらい残念そうにネポネがゆっくり頷いた。