▽こんこん15-4 鳥人間の女と運び屋
メョコにダチョウと呼ばれた鳥人間の女は、長い首を反らして、
「ほう」
握りこぶしぐらいある瞳をぱちくりさせながら、
「私のことを知っている君は、だれかな……、分かった、バイカルアザラシ?」
「違うよ」
「ヤブイヌだろう?」
「違って……」
「ミツオビアルマジロだね?」
「違う……」
「アライグマ?」
「違います! 私はタヌ……、じゃなくて、えーと、……オポッサム」
「おお!」
羽毛まじりの長い腕をぽんとたたいて、ダチョウの半人はがっしりとメョコの両肩を掴んだ。ゆすったり、頷いたりして、旧友に出会った喜びを全身で表現する。
「タヌキじゃなかったんですか?」
横から運び屋に言われるが、説明が難しい。タヌキだけれど、タヌキだと打ち明けた場にダチョウはいなかったし、ライオンだと言うと完全な嘘になるし、なら、オポッサムと名乗るしかない。ダチョウと一緒にいるときには、オポッサムに化けていることが多かった。嘘じゃない、けど嘘。自分がどれだけ嘘まみれなのかを、こうして突きつけられると、自業自得なのだがちょっぴり沈んだ気分になる。
「なにがどうなっているのか、知っていることを教えてくれないか」
顔を寄せたダチョウがかすれた声で尋ねる。ダチョウという鳥には声帯がなく、鳴かない。半人になったことで、ヒトの声帯が失われつつあるのかもしれない。
運び屋は脅威ではないと判断したらしく、ニードルガンを防護服のベルトのホルスターにしまう。歩きながら、現状について、簡単にだがダチョウに教えた。それから、ダチョウからも、半人化の経緯を聞かせてもらうことにした。
ダチョウが仮想世界から、現実世界に意識を戻したのは、すこし前のこと。
強制的にログアウトさせられた。消滅したのだ。
皆と一緒にサル軍団と戦っていたところ、シロサイをかばって銃弾に倒れ、命力が尽きた。そうして、ピュシスのアカウントを失効した。
目を覚まして見えたのは天井。ベッドに寝転んだ体勢から上体を起こすと、冠がストンと落ちてきて、ネックレスみたいに首にかかった。
体の異変にはすぐに気がついた。足がベッドの縁からはみ出している。持ちあげた手は長く、頭が普段よりも高い位置にある。耳が矮小化し、額が狭くなったせいで、冠が頭を抜けたらしい。
変化がいま急激に起きたのか、ログイン中に起きていたのかは判然としなかったが、現在進行形らしいのは、感覚的に分かった。
やたらとものがよく見える。眼球が巨大化。鳥肌。黒白の羽毛。ダチョウみたいだ。でも、まだヒトの部分もたくさん残っている。ダチョウが半分。ヒトが半分。
くちびるを突きだしたくてむずむずする。冠が装着できなくなったのでニュースが見れない。状況を知るために、外にでかけることにした。
崩壊が広がる街に驚愕しながらうろついて、変化が訪れているのが自分だけでないことを知った。物言わぬ樹木のような人間が道端に寄りかかっていた。獣のような人間におそわれた。しかし、両手を広げて体格を誇示してやれば、怯えたように逃げていった。威嚇の方法はピュシス仕込みだ。
直観的に、この状況とピュシスとを結びつける。自分の体がダチョウの如く変化しているのは、ピュシスで使っていた肉体がダチョウであることと無関係ではあるまい。見かけた樹木人間や、獣人間は、ピュシスで樹木や獣の肉体を使うプレイヤーだったのではないだろうか。そう思った。
それはともかく、気になったのは獣人間のふるまい。まるで試合中のピュシスの肉食動物のように、こちらに牙を向けてきた。この身体的変化が行き着く先には、思考すらも変化するのだろうか。ダチョウ自身も、ほんのすこし思考力が低下しているような気がしないでもなかった。
あてどなくさまよった。だれかに話が聞ければいいのだが、と考えていたところで、メョコの大声を耳にして、駆けつけたというわけだった。
「私は死ぬのか?」と、ダチョウ
「死にませんよ」
運び屋は、上からの襲撃も警戒するようにしながら、油断なく街路を進む。
「あなたがダチョウなのであれば、ダチョウになるだけです」
宇宙服みたいな防護服の背中、丸いヘルメットをメョコとダチョウが追って、靴音と爪音を響かせた。ダチョウが履いているパンプスからは、おおきな爪がはみ出している。
「どこにいくの?」
メョコが尋ねると、運び屋はダチョウにちらと目をやった。巨大な図体とは対照的に赤ん坊みたいなちいさな手を確認して、
「ダチョウさん。データ処理能力に秀でたお知り合いはいませんか? 冠の補助なしで、物理的な操作が得意な方。できればふたり」
ダチョウは運び屋のヘルメットにほおずりでもしそうなぐらいに顔を近づけて、微風ぐらいの音量でしゃべる。それでも精いっぱい声をだそうとしているらしい。
「ある程度ならたくさんいるけれど、どのぐらいの能力が必要なんだい?」
「私と一緒に、私の指示通りに作業をして、ひとつのミスもなく、速やかにコード入力ができるぐらいです」
聞けばコードの長さは機械惑星の直径ほどもあり、猶予時間はわずか。
「ずいぶんと厳しいね」
「ですから困っているんです」
コードは運び屋の記憶のなかにしかない。書き起こしたりすると、機械惑星各所にある監視カメラなどに読み取られてしまう。惑星コンピューターに知られないまま、入力するそのときまで秘匿されるべきもの。
「いったいなんのコード?」
「内緒です」
秘密のプログラミングコード。
それはピュシスを殺すためのコード。
ピュシスは電脳生命体であり、プログラムの一種とみなせる。コードで命を書き換え、アポトーシスを引き起こせる。だが、ピュシスの対応力は計り知れない。一回で成功させなければ、解析され、セキュリティプログラムを構築されてしまう。ファイアウォールだ。それに邪魔される前に、コーディングを完了させて、燃やし尽くさなければならない。
運び屋とその仲間たちは電磁防御を固めたステルス宇宙船でやってきた。未開発地区に不時着し、船を降りた矢先の出来事。半人の群れの襲撃にあった。
それは、ガラクタ広場の住民たちだった。無慈悲な狩猟者、ビゲド警部の凶弾から逃げてきたものたち。
恐慌状態の半人の集団が、運び屋たちを襲った。銃を持っていたのが相手を刺激する要因になったのだが、そんなことは知りもしない。全員が頑丈な防護服を身にまとってはいたが、狂乱して暴徒化している獣人間たちにのしかかられると、なすすべもなく内側の肉がつぶされた。運び屋ひとりが生き残り、その場から逃れた。
コードを扱えるものが三人いなければ。記憶媒体は電脳生命体であるピュシスに感染するおそれがあるので利用できない。自分の頭だけが頼り。
目的は、ピュシスに汚染された三ヶ所の同時攻撃。
すなわちこの機械惑星の本体である惑星コンピューターと第二衛星、第三衛星。
一気に殲滅しなければ、転移して生き残る可能性がある。
第一衛星は協力者。他の機械惑星を探しだして、連絡を取るための段取りを組んでくれた。こんな状況でなければ、世紀の発見として大々的に報道されただろう。悠久の過去に分かたれたきょうだいと、遂に再会する時がきたのだと。だが、そうはならぬよう、最高機密として隠蔽された。事は秘密裡に進める必要があった。
連絡に電波は使えなかった。ピュシスの感染を広げてしまう危険性がある。電磁防御を固めた宇宙船で電波をふり切って、いくつもの中継地点で船を乗り換え、十分な用心を重ねた上で、口頭や紙に書いた手紙などといった非常に原始的な方法をとらねばならなかった。
運び屋はピュシスの情報を運ぶために、長い長い年月をかけて、機械惑星のあいだを往復した。
交渉は決して円滑とは言えなかった。
危険因子として捕らえられたこともある。
それでも苦難を乗り越え、そちらの機械惑星の惑星コンピューターでもって、ピュシスを殺す方法を算出してもらえた。
そして、高性能な電磁洗浄装置も用意され、ピュシス抹殺計画がいよいよ実行されることに。
第一衛星に何隻もの宇宙船が集合。
その制御室から、ピュシスへの攻撃がなされようとしていた。
が、第一衛星は撃墜されてしまった。
第三衛星がミサイルまで使って実力行使に出るとは完全に予想外。
攻撃に巻き込まれて、そのとき第一衛星にいた者は全滅。地表から離れて待機していた運び屋の船は第一衛星のコアパーツを追って、機械惑星にまで足を運ぶことになったのだった。
当初の計画とはずいぶんと違う展開。
仲間を失い、任務遂行の難易度が跳ねあがった。
だが失敗と断ずるには早い。
運び屋は、まだ諦めてはいなかった。
機械惑星に突き刺さった第一衛星のコアパーツを見上げる。灰色の風景に引かれたビビッドな線。荘厳だが、いまにもポッキリと折れてしまいそうな儚さもある。
現在地である住居地区から商業地区、学校がある方面を抜けて、オフィス街へと入った奥に、それは高々とそびえたっている。
「とりあえず……、あれを確保することにしましょうか」
三ヶ所への同時攻撃には第一衛星の協力が必須。高層集合住宅やオフィスビルよりもずっと巨大なコアの中腹あたりに、制御室がある。そこにどうやって到達するか、難題だ。使用できる状態なのかも心配な点。
「私たち、どうなっちゃうんだろう?」
ついてきているメョコがこぼした。
運び屋はダチョウの半人を見て、口をつぐむ。
ピュシスを抹殺後、感染していない者は別の機械惑星に輸送される。検査のための仮設小惑星に一時とどまることになるが、安全が確認されれば、移民として受け入れてもらえることになっている。軽微なものは電磁洗浄して、ピュシスの残滓をすべて消せれば、それも同じように扱われる。
けれど、完全に変質しているものは、処分せざるをえない。
ピュシスの影響を後世に残すわけにはいかないのだ。
この機械惑星が、半人にとっての棺桶になる。
かつて自然の棺桶となった地球のように。