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▽こんこん15-1 侵入者

 機械惑星ノモスの平均的な個人用住居。

 高層集合住宅に上下左右みっしりと詰まった部屋のひとつ。必要最低限の設備が無駄なく押しこまれた、機能性重視の間取り。入口の扉を開くと廊下があり、片側に洗浄室とトイレの扉。もう一方に食物フード等の保存棚。個人用だが、廊下の幅はオートマタを使う住民のためにやや広めにとってある。奥の居間は寝室をねており、ベッドとテーブルは壁収納。コンパクトなクローゼット。窓はない。天井に空調設備。やや狭苦しいが、クラウンで視覚に偽装感覚を設定して装飾すれば気にはならない。

 居間の真ん中に置かれたソファ。

 やわらかい背もたれに身を沈めていたメョコがまぶたをぱっちりと開いた。

 カールしたまつ毛が静止していた空気を動かす。

 嗅ぎなれた巣穴のにおいが鼻をつく。自分の部屋にいるという安心感が一気に湧きあがって、ピュシスからログアウトしたことを意識する。

 目をこすって、ソファから体を引きはがすと、うーん、と伸び。

 薄暗さで視界がちかちかする。長時間ログインしていたので、かなり肩がこってしまった。

 水を飲んだりして一息つく。

 いつもの癖でクラウンを触る。ニュースを見ようとしたが、つながらない。通信障害。ピュシスはつながっていたのに、と首をひねる。

 惑星コンピューターカリスの公式発表に不具合情報がないか確認しようとしたが、それにもつながらない。

 部屋のなかをうろうろ。すぐにログインし直そうと思っていたけれど、この調子だと、途中で通信切断されるかもしれない。データが破損したりしないか心配だ。

 友達への通話を試してみるが、これもダメ。

 身支度をして、部屋を出る。

 こういうときには、ご近所さんに聞くのが一番。

 ずらりと並ぶ扉に目がくらみそうになりながら、かかげられている数字をたどる。

 リヒュの部屋へ。

 チャイムを鳴らそうとしたが、触れる寸前で止まった。指を離して、目を近づける。ボタンが汚れている。すすけたみたいに、黒くなっていた。

 扉がロックされていない。隙間ができている。手をさしこんで、横に押す。本来は自動開閉だが、未ロック状態だと手動でも開くようになっている。災害対策の処置だ。

 廊下と同質の室内の空気がふわりとただよった。

 無意識のうちに動きが獣じみてしまう。野生動物のような慎重さで、足を踏み入れる。

 同じ集合住宅なので、同じ間取り、同じつくり。だけれど、雑然と散らかったメョコの部屋とは違って静謐せいひつな雰囲気。床に傷もない。廊下の奥に狭い居間。最近建てられた集合住宅なら、技術の発展で設備の駆動部などが小型化されて、もうすこしだけ広くなっているらしい。

 居間の真ん中で椅子が倒れていた。リヒュの姿は見えない。

 洗浄室とトイレの扉が開けっ放し。だれもいない。

 奥に歩を進める。

 廊下を渡って、のぞき込もうとしたそのとき、居間の入口の陰から腕がにゅっと伸びてきた。

 手首をつかまれたかと思ったら、次の瞬間には床に押し倒されている。それから、クラウンぎ取られた。

 顔がない。ぽかんと口を開けたメョコの顔。それが映ったまん丸いフルフェイスヘルメット。

「だれ?」

 たずねられる。落ち着いた女性の声。着ている防護服に見覚えがある。これと似たものをごく最近、ついさっき見た。ゴリラだ。ゴリラが着ていた宇宙服みたいな防護服。

「そっちこそだれなの!?」

 反射的に聞き返すと、両肩をつかまれて、立たされる。椅子が起こされて、そこに座らされた。防護服の女性は入口の廊下側を背にして、メョコを見下ろす。まるでこれから尋問じんもんでもはじまりそうな雰囲気。視線を泳がせたが、やっぱりリヒュは不在のようだった。

 女性はすこしかがむと、口調を優しくしてもう一度質問。

「あなたはどなた?」

「……ただのご近所さんです。そちらは?」

「運び屋」

 完結な答え。なにかお届け物にきたんだろうか。人力配送だなんて珍しい。本物かどうかは怪しいが。たとえ本物の配達屋さんだとして、家主のいない部屋に勝手に入るなんて非常識。不法侵入。と、思ったが、メョコも同じことをしてしまっているので、なにも言えない。いや、友達だからセーフかもしれないと考え直す。

 運び屋は鏡みたいな丸いヘルメットをメョコに向けて、

「ご近所さん。あなたはどうしてここに? リヒュに用?」

 リヒュの名前を知っているということは、押し入り強盗ではなさそうではある。

「ちょっと聞きたいことがあって……、クラウン返してもらえませんか」

「お話が終わったらね」

 運び屋は壁から引き出されているテーブルの上に、メョコの頭から奪ったクラウンを置いた。分厚い防護服をぎゅっ、ぎゅっ、と鳴らしながら、

「リヒュはどこですか?」

 質問が重ねられる。本当に尋問のようだ。

「いないんですか」

 部屋をあちこち探した痕跡。棚やクローゼットがすべて開けられているが、散らかるほどものがなさすぎて、さほど散らかってはいない。人が住んでいるのか、住んでいないのか、よく分からない部屋、というのが、この部屋に対するメョコの印象。出不精のくせに、巣穴を快適にしようという意思がない。自分しかいない場所なのに、自分に興味がないのかもしれない。

「いないんです」

 溜息にも似た調子で言って、運び屋はメョコの正面からわずかにずれた位置に移動した。

「心当たりはありませんか?」

 聞かれて考えてみるが、ない。惑星コンピューター(カリス)の休養日に出かける用事があるなんて思えない。それをそのまま伝えると、運び屋は逡巡しゅんじゅんするみたいに天井を仰いだ。

 この運び屋さんはこわい人なんだろうか、とメョコは頭のなかでぐるぐると思考を巡らせる。防護服の腰に巻かれたベルトのホルスターには小型銃。電気銃にしてはごつごつした形。いまさら震えがやってきた。

 不安が疑問となって口をつく。

「……あなたはだれなんですか?」

「運び屋。さっき言ったでしょう。それだけでは足りませんか」

 おずおずとうなずく。

「あなたはリヒュのお友達?」

 もう一度、うなずく。

 すると、運び屋は防護服の脇腹あたりについている分厚いポケットの留め具を外して、手帳を取りだした。挟んであった紙切れをメョコの目の前に差しだす。

 二枚の写真。画像データではなく。物理的に現像されたもの。かなり古い質感。

 一枚目に写っているのは一組の男女と赤ん坊。赤ん坊は男に抱きかかえられて、くすぐったそうな笑顔。夫婦と、その子供といったところ。

 二枚目に写っているのはさっきと同じ人物らしいが、男はおらず、赤ん坊はずいぶん成長していた。身長が母親の腰のあたりを超えている。女はまっすぐにレンズを見ているが、子供のほうは気怠げな表情で、画面外へと視線を投げかけていた。

「これ……、リヒュ?」

 一枚目の赤ん坊だと分からなかったが、二枚目の子供にはリヒュの面影がある。毛玉でものどに詰まらせているみたいな顔。カメラのレンズから目をらしているのもリヒュらしい。

 運び屋は二枚目の写真と並べるようにヘルメットをメョコに寄せた。不透明で、周囲を映す曲面の鏡となっているヘルメットの表面。びよーん、と引き延ばされたメョコのまぬけな顔が映っていたが、首元にあるボタンが操作されると、スモーク処理がさっと払われるようにして、ヘルメットの中身があらわになった。

 写真の女と同じ顔。歳をとってはいるが、特徴がぴたりと一致している。

「私はリヒュの母親」

 と、運び屋。写真を元通りにしまって、ヘルメットを不透明に戻すと、改めてメョコにたずねた。

「リヒュがいまどこにいるのか、心当たりがあれば、教えてください」

「……えっと、……知りません」

 本当に知らない。しかし、動揺から口ごもった部分を、隠し事ありととらえられたのか、

「嘘じゃありませんね」

 詰め寄られて首をひっこめる。やましいことなどないのに、こんなふうに圧力をかけられると、なにか悪いことをした気分になる。

「嘘じゃありません……」というのがまた嘘っぽい響き。

「本当に友達?」

「友達です!」

 これを疑われるのは心外だった。強く主張する。

「証拠は?」

 友達に証拠もなにもないが、しゃくに思ったので、リヒュについてを並べ立てた。リヒュは食物フードを食べるとき、まず一口かじって、自分の歯型をじっくりと眺める。散髪のときは耳が隠れる長さにこだわっている。汗のにおいが嫌いで、着替えのシャツを多めに持っている。左右を見るときは必ず左から見る。手をにぎりこんでいるときは寝たふり、開いているときは本当に居眠りをしている。友達でないとこんなには知らないはずだ。

 聞きながら運び屋は感心したように何度もうなずいて、

「すごく詳しいんですね。あの子のこと」

「友達ですから」

「そうなんですか」

 なんだか他人事。母親なのに。家族のことについて、リヒュは一言も話したことがない。聞いたことがない。

「本当に母親なんですか?」

 やり返す。疑われっぱなしなのは不公平。写真なんて簡単に加工できるし、ヘルメットに仕掛けがあって、立体映像を見せられただけという可能性もある。こっちだって疑おうと思えばいくらでも疑えるのだ。相手が黙りこんだので、たたみかけるみたいに、

「そのヘルメット、外してみてもらえませんか」

「できません」

 拒否。あやしい。

「なんで、できないんですか」

「感染するからです」

 細菌、伝染病、と連想する。思わず口元を手でおおって、息を止める。仰々しい防護服は空気感染を防止するため?

 首を肩に押しこんで、目をぱちくりとしばたたかせていると、くすり笑われた。

「あなた、タヌキでしょう?」

「えっ! どうして知ってるの?」

 うっかり口を滑らせると、防護服の分厚い手袋に包まれた人差し指が、メョコの目のまわりを指し示して、催眠術でもかけようとしているみたいに、くるくると回された。

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