●ぽんぽこ15-53 動物たち
「おれがスキルを使う」
シロサイが宣言すると、煙猫のマーゲイが即座につっこみを入れた。
「持ってないでしょ」
「いまアップデートされた。実装されたんだ」
「なんて都合のいいタイミング」
と、言っていると、テスカトリポカのスキルの効果時間が切れてしまった。煙の肉体が実体を伴ったネコの肉体に戻る。シロサイの背中にヒョウ柄が着地。煙の繭に包まれて、前後を見失っていた超巨大サルの目隠しがはがれた。
月のない空に、火炎をまとったサルがイヌのような遠吠えをあげる。プレイヤーたちが集まる輪を発見すると、四肢を縮めて、とびかかる体勢。
「どんなスキルなんだ?」リカオンが聞く。
「使ってみなきゃ分からない。とにかく使う」
「やってください」
ブチハイエナが後押し。
「いくぞっ!」
スキルを使うのははじめての経験。なにも勝手が分からない。とにかくメニュー画面から、スキルの項目を選択した。
分厚い皮膚が張り詰める。
視界が突然、鮮明になった。
シロサイの肉体が、急激に膨張。
「なんだこりゃ!」
ラブラドールレトリバーが逃げようとしたが、マーゲイが呼び戻す。
「大丈夫。身を任せて」
マーゲイの四肢は、泥に足をつっこんだみたいに、シロサイの背にめりこんでいた。粘土に新たな粘土を継ぎ足すかの如く吸収されると、膨張速度がぐんと増す。
リカオン、ブチハイエナがとびこんでいくと、他のものも続いた。
おびえていたラブラドールレトリバーも、意を決して成長し続ける巨獣に同化するのを受け入れた。
そうして、出来上がったのは、それ自身がひとつの山であるかのような動物。
その図体は超巨大サルをも凌駕している。
シロサイの肉体を基調とした灰色の分厚い皮膚。でっぷりとした体はカバにも似て、長く伸びた鼻と、広がった耳はゾウを彷彿とさせる。同じくゾウのような、もしくはイノシシのような、反り返った大牙。その一本一本がジャイアントセコイアの大樹並みの太さと長さ。
「……これが動物たちのスキル、か」
シロサイが感慨深げな声をこぼす。
神が天地創造の際に造ったとされる三体の生物のうちのひとつ。陸のベヒモス。海のレヴィアタン。空のジズ。
ベヒモスという名は、動物を意味する言葉の複数形。あまりにも巨大かつ、偉大であるため、一体であっても複数形で表現されたのだという。
「どうなっているんだ?」
ヒグマがひっくり返されたみたいな、すっとんきょうな声をあげる。
「合成獣?」と、オオアナコンダ。
「そのようですが、他の合成獣のスキルとは仕様が異なるようです」
ブチハイエナが分析する。シロサイを中心としたプレイヤーの一体化。ただし、陸上動物でない鳥のケツァールだけははじかれているようだ。
普通の合成獣のスキルであれば、構成するプレイヤー全員が主導権を持ち、それぞれに担当する部位を操作できる。けれど、この肉体を主導して、操縦するのは、あくまでもシロサイ。それ以外はゲストで、乗客。
合成獣ではあるが、合成獣になるスキルではなく、合成獣を作ること自体が効果のスキル。
動物たちをひとかたまりにして、動物たちという怪物の肉体に変える。数が多いほど、図体や、能力が増す。いまは十頭分。それだけのパワーが凝縮されている。
「やってやるぞ!」
シロサイが超々巨大な肉体を敵に向かって前進させた。
燃える山での、これが本当の最終決戦。
仲間の力を結集させた全力全開、一点突破の猛突進。
牙を突きだしながら、山の斜面を駆けあがる動物たち。
とびかかろうとしていた火炎のサルは、体を引いて身構えた。毛衣に灯った激しい業火が、月や星々の代わりに夜を明るく照らしだし、影を暗く染めあげる。
動物たちのサイズは、超巨大サルが子供に見えるほどに壮大。これまでずっと見上げていた相手を、いまや見下ろす対格差。走ると林がとび散って、山が均され、クレーターの如き足跡が刻まれていく。
サルは正面からぶつかるのは不利とみて、体を縮小して逃れようとした。が、それを見越した動物たちは、先んじて牙で山肌をひっかいて、土砂のつぶてを豪快に巻きあげていた。
隙間のない土の網がサルに襲いかかる。いま極小サルになってしまうと、土に捕縛され、埋め立てられて、上には動物たちの重石が乗っかり、ぺしゃんこになってしまうだろう。
後ろにとびのくサル。
舞いあがる土の壁を突っ切って、動物たちの牙が迫る。
天を衝くような怪物同士の衝突。
サルの脇腹を、動物たちの牙が貫いた。捕まえた。もう逃がさない。牙が刺さったままの状態でサルが体をちいさくしようとすれば、傷口が広がって、自滅することになる。
しかし、刺さった牙は一本。もう一本の牙は、半身でかわされている。サルはダメージを受けながらも、動物たちの頭におおいかぶさるようにして、取りついてきた。燃える毛衣を押しつけてくる。
己を焔そのものにして、動物たちを焼こうとしている。分厚い皮膚で耐えるものの、火傷の痕が刻まれて、体力が、命力が、奪われていく。
やられる前に、やる。牙を押しこみ、傷をえぐる。
サルが吠えた。吠え猛った。
そうして、なんと、超巨大な体を、さらに、巨大化させてきた。
「まだでかくなれるのか……!」
シロサイが呻く。圧倒していた体格が、同等になる。両手で動物たちの両牙を掴んで押さえつけてくる。はねのけようとするが、力は互角。犬神の呪いを受けて、能力が低下しているはずなのに、おそろしいまでの怪力。
このまま時間を稼がれると、火によって動物たちは殺される。
あとすこし。
足りないものがある。
この肉体には欠けているものがある。
シロサイはそんなことを感じ続けていた。
それさえ、埋めることができれば、すぐにでも勝てそうなのだが、なにが欠けているのか、それが分からない。
とても身近なものであるはず。けれども、度忘れしている。捉えられない。
ずっと違和感がつきまとっている。
思考をさまよわせていると、空の上から声がした。
「待たせたなっ!」
「だれだっ!?」
動物たちになっているプレイヤーたちが困惑の声をあげた。
ぴーひょろろろ、と特徴的な鳴き声。飛翔するのはトンビ。
ゴリラのショットガンに撃たれ、燃える梢に墜落したトンビであったが、不時着した地点には運よく小川が流れていた。それはリコリスの植物族を山の外まで運んだ川と同じもの。重ねて運がいいことに、翼の怪我はたいしたことがなかった。衝撃で体勢を崩してしまったものの、かなりの距離が開いていたので、弾丸の威力が減衰し、貫通力が失われていたのだ。
小川に流された先にはリコリスの植物族。それから林檎、マンチニールもいた。
いまは夜。月のない夜。渓谷の縄張りでおこなわれていたトーナメントの決勝戦から、ゲーム内時間での一日近くが経過している。
林檎のスキル、黄金の果実のリキャストが完了していた。再使用可能。
トンビは輝く果実を受け取って、へたをくちばしで咥えると、動物たちへ届けるべく、馳せ参じたというわけであった。
「いまいくぞっ! 口を開いて待ってろ!」
夜空に浮かんだ太陽の如くに眩く輝く黄金の果実。
気づいた超々巨大サルが手を伸ばす。
太陽をもぎ取ろうとでもするみたいに。
させまいと天狗礫を降らせるが、このサルにとっては砂粒以下。打てども響かぬなしの礫。まったくもって無駄な攻撃。
翼をひるがえして回避。するとサルは左右の手のひらをお椀みたいにして、両側から挟みこんできた。スズメ一匹にドームをかぶせるようなもの。逃げ場がない。
動物たちがサルの足を踏んずける。ヒグマが刺した大太刀の傷に、動物たちの超重量がのしかかると、サルが体をはねさせた。
超々巨大サルの手から逃れたトンビが急降下。体勢を崩したものの、なんとか持ちこたえたサルが、長い尻尾を鞭のようにふるって迎撃しようとする。トンビは加速し、潜り抜ける。その翼には、ケツァールが吹かせる追い風の加護があった。
動物たちとして融合できなかったケツァールは、ひとり地べたに取り残されていた。風穴をあけられた片翼では、飛ぶことはかなわないが、それでも、最後まで仲間たちと一緒に戦う意思を持って、スキルを使い続けていた。
暴れるサルの毛衣から、燃える毛が無数に舞い散る。
星のように瞬き、躍る焔たち。
トンビは風の助けを借りて、火から逃れて、動物たちの口へ。
再度、伸ばされたサルが手が届く前に、動物たちの長い鼻が、ゾウのようにしてトンビを掴んだ。トンビの体ごと黄金の果実を口に放りこむ。
完全回復と能力の飛躍的な上昇。
直後、勝負は一瞬で決着した。
鉄塊がガラスにぶつかったみたいに、サルは破裂、粉々に飛散。たちどころに消え去った。
「……これか、……足りなかったのは」
シロサイがひとりごちる。
動物たちの鼻先には立派な角が生えていた。それが、サルを討ったのだ。
肉体が変質するタイプのスキルは、基本的にスキル使用前の状態が引き継がれる。足を怪我していたら、肉体が変身しても怪我はそのまま。
スキルを使う前、シロサイはゴリラの大太刀によって角を失っていた。それが、動物たちの肉体にも反映され、いままでは角がなかったのだ。
黄金の果実の治癒効果により、肉体が再生。
鼻先から伸びる角は、切り立った山のように巨大。
元のシロサイの肉体同様に、額からも角が生えている。縦に並んだ二本角。
これが本来の動物たちの肉体。黄金の果実の強化によって、能力はとんでもない数値にまではねあがっている。
突進。
山が動いたようだった。
実際に、山を動かした。
燃える山を粉砕したのだ。
よりどころを失った焔が一気に駆逐された。
動物たちが通った後に残されたのは、無残にえぐれた大地のみ。
乱暴極まるやり方で、山火事を消し止めた動物たちは、その勢いのままに、サバンナへと角を突きだし、四肢を進めた。
黄金に輝く巨獣の肉体。強化された走力は、チーターの疾走よりも、ハヤブサの飛翔よりも速い。
遺跡を目指す。
このまますべてを終わらせる。
ピュシスの最深部へ向けて、強く、速く、駆け抜けた。