●ぽんぽこ15-52 集合、力をひとつに
ケツァール、マーゲイのコンビによる風と夜風の合体技によって、大嵐が発生。引き千切られそうになった超極小サルが、とうとう耐え切れなくなり、姿をあらわした。
極小から極大へ。超巨大サルが夜空を焦がす火の山に再び顕現。
嵐のなかにあってもびくともしない、山に乗っかる小山か巨岩か、怪物サル。
変幻自在の煙猫の肉体になっているマーゲイが、気体の体を火災の煙や粉塵に混ぜ合わせながら薄く薄く広げていった。早朝に漂う霞のようになって、月のない夜空の下の、超巨大サルを包みこむ。
鬱陶しげに腕をふりまわすサル。煙猫は泥のようにへばりついて離れない。
質量はともかく、体積だけなら、超巨大サルに匹敵するおおきさにまで膨張できる煙の肉体。
サルを取り囲む煙の表面が変形。とがった煙の牙や爪がそこかしこから生えてきた。裏表を入れ替えたイガグリか、ハリネズミの毛皮に包まれたみたいになると、ぐぐっと伸びた棘が、一斉にサルの体に突き立てられる。
しかし、その攻撃は、両腕を激しくあおぐだけで霧散させられる。アイアンメイデンになるには煙では強度が足りない。お次は眼球に煙の槍を向けるが、咄嗟にまぶたを閉じられると、分厚い皮膚にはじかれた。
煙猫の攻撃力を、超巨大サルの防御力が完全に上回っている。
攻撃をしのいだサルが、お返しとばかりに、思いっきり息を吸いこみはじめた。
「……やばいなコレ」
マーゲイは直近の嫌な記憶が蘇る。ゴリラの掃除機に閉じこめられたときのように、このままではサルの腹のなかに収められてしまう。
体内から攻撃してはどうか、と一瞬頭をよぎったが、まぶたすら突破できない有様では、やるだけ無駄に思える。
夜風を吹かせて抵抗。ケツァールの風も手伝ってくれているが、巨大化したサルの肺活量は掃除機以上。尻尾がちゅるんとすすられる。後ろ足部分の煙が舌に乗せられ、このままでは胴部分まで吸引されてしまう。逃れられない。地球では猫吸いという謎の行為があったらしいが、まさかこのようなことがおこなわれていたのだろうかと、マーゲイは吸われながら仮想世界で現実逃避するみたいに、妙なことに想いを馳せていた。
ネコを吸いながら、サルは両手で火をかき集めると、浅瀬で水浴びでもするみたいな手つきで、自分の体にふりかけはじめた。火炎ダメージ無効の毛衣に火が燃え広がり、業火の衣装ができあがる。
燃える山の、燃えるサル。焔の服が気流を発生させて、マーゲイやケツァールの風を乱してくる。負けじと風を吹かせると、焔が生き生きと燃え盛るという、攻防一体の厄介さ。
これまでか、とマーゲイが覚悟を決めたそのとき、吸い続けだったサルが、不意に息を吐きだした。
「ワン!」
と、鳴いたのはサル。解放された煙猫が、なにごとかとふり仰ぐと、巨大なサルの頬にちいさなちいさなイヌの頭が牙を突き立てていた。紀州犬の犬神のスキル。呪いの状態異常を付与されて、犬神憑きになったサル。
サルはイヌみたいに遠吠えをあげた。そうして、手をふりあげると、ゴミを払うみたいに、べちん、と燃える平手で自分の頬をたたいた。
「あっ」
ケツァールが地面に転がった。背中に乗せてくれていた首の無い紀州犬のグラフィックが細かな粒子となって、いずこかへと消えていく。
「消滅……」
だが、サルに付与された呪いは残っている。能力低下。動きが鈍る。
マーゲイが夜風の渦で煙の体を引き延ばし、犬神憑きのサルを閉じこめる繭となった。軽い混乱状態にあるサルは惑わされて、ワン、ワンと吠えながら、目隠しのなか、猿回しを踊る。
煙猫の体が狼煙となって、仲間たちが集合。
倒れているケツァールをラブラドールレトリバーが拾いあげた。ブチハイエナ、リカオン、チワワ、それから、オオアナコンダを咥えたヒグマ、角のないシロサイやオジロヌーと、シマウマ。
煙の繭を形成しながら、首だけをチューブのようにながーく伸ばしたマーゲイの顔が動物の輪を上から覗きこむ。
「ぼくのスキルの効果が切れるまでには方針を固めてね。それか代わりの心臓ちょうだい」
マーゲイが煙の繭をかき分けようとしている超巨大サルを仰ぎ見る。目を攻撃されるのは嫌なようなので、重点的に狙ってまぶたを閉じさせることで、とりあえずは足止めができている。
十一名の動物たち。
「……さて、どうしますか」と、チワワ。
「そもそも、どうにかなるのかい?」
疑問を投げかけるシマウマ。リカオンが厳しい顔つきで、
「あれが野に放たれて、暴れまわるようなことがあれば、いよいよゴリラが言っていたみたいに、ピュシスが焼け野原になる。ここで止めないといけない」
「それは分かるけど……」焦げた縞模様がぎゅっと束になる。
「バカみたいなスキルを使いやがって」
腹立たしげなシロサイ。とにかく相手がおおきすぎる。
ブチハイエナがチワワに提案。
「金色のオオカミ相手にやったことを、もう一度おねがいできませんか?」
ショロトルのスキルで敵の頭や四肢をめちゃくちゃに増やして、操作不能に陥るぐらいの処理負荷を強要するという凶悪な攻撃。
チワワは首をひねって、
「いくつかの問題があります。まずスキルの効果範囲にまで接近できるかどうか。強化を付与するときは結構近づかないといけないんですよ。あのどでかい手や尻尾が届く距離までね。私はか弱いので、薙ぎ払われたらそれだけで終わりだ。ちなみに私が死ぬと強化は解除されます。第二の問題として、単純に命力が足りない」
「それなら俺が分けてやる」と、リカオン。
「あなたはリコリスにも分けていたでしょ。いくらスキルを使っていないからと言っても、枯渇しますよ。あの図体を強化するには、それ相応のコストが必要になります。しかも何度も強化を重ねないといけない。他の方もずいぶんとスキルを使って、余裕がないでしょうし」
「おれはスキルを使ってない。なにをやるのか知らんが、必要なら持っていけ」
シロサイが声をあげる。使ってない、というより、持ってない。このなかでスキル未所持なのは、リカオンとシロサイのふたりだけ。
「結構です」チワワは断って「最後の問題として、あのサルはなかなか頭が良さそうだ。緋色のサルは団子になっても操作を保って動きました。あれも負荷に耐えて動くかもしれない。かき集めた命力を注ぎこんで失敗となれば目も当てられない。それなら、仲間を強化するほうにスキルを使ったほうが建設的ですよ」
「そういやタヌキが言っていたよ」
と、マーゲイが煙の体に浮かぶヒョウ柄を躍らせて、
「ばらばらに戦わないで力を結集させて突破しろ、って感じのことを」
オオアナコンダとヒグマが顔を見合わせる。
「全員で突撃するか?」
「転ばせるぐらいはできるかもな」
「無謀だ」
ケツァールは否定的。対してラブラドールレトリバーは肯定的。
「やる価値はある。転んだら顔にとびかかろう」
「私はどっちとも言えないな。結論を急ぎすぎていると思う」と、ヌー。
せわしなく議論が交わされ、次々に案が出される。
全員で肩車をして、ヌーのカトブレパスのスキルを届くようにする案。
オオアナコンダの頭をショロトルのスキルで増やし、双頭、三つ首のニーズヘッグになって、図体で対抗する案。
もしくは、双頭、三つ首のユルルングルになって、多段電気砲を発射する案。
ヒグマがどうにかサルの口から侵入して、腹のなかで狂戦士を使って暴れる案。
マーゲイが煙の体で巨大サルの体内からなんとか血管に潜りこんで、塞栓か、心臓まで到達して倒す案。
ケツァールとマーゲイが限界まで頑張ったら、真空を作り出してサルを窒息させられないかという案。
とりあえず足の速い者が増援を呼んでくる案。
などなど。
いずれも、どこかに懸念点があり、実現が怪しかったり、有効ではなさそうだったり、決定的な何かが足りない。
焦りばかりが募る話し合いのなか、ブチハイエナは現実世界の自分の体の電子頭脳で、遠く空に浮かぶものへと呼びかけていた。
――第三衛星。どうすればいいのです? このままでは、第一衛星の思惑通りにピュシスが破壊されてしまう。まだピュシスを失うべきじゃない。……第二衛星。この通信を傍受していますか。これはそちらにとって、最も避けたい事態のはずなのではないのですか? ピュシスを破壊されたくないのなら、どちらでもいいですから、とにかく対処を……
「ん?」
と、シロサイが突然、怪訝な声をこぼした。
なにかを確認するみたいに視線を躍らせて、
「……いまさら」
複雑な感情がこもった吐息。
「なんとかできるかもしれない」
顔をあげ、仲間たちを見渡す。そうして、角のない鼻先を掲げると、超巨大サルに向かってまっすぐに突きつけた。