表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
433/466

●ぽんぽこ15-50 図体が足りない

「……矛盾していますよ」

 悄然しょうぜんとしたブチハイエナは、ゴリラが破裂したその場所から目を離せずにいた。

 彼は復讐者だった。けれど、最後には手を伸ばし、ブチハイエナを助けた。人間らしい二律にりつ背反はいはん齟齬そご瑕疵かし重篤じゅうとくなバグ……。

 サル軍団との戦闘開始から、ピュシス内時間で、半日以上が経過しようとしていた。吊り上げられた太陽が地平線に呼び戻される。夕陽よりも赤く燃えるほむら。火災に呑まれたこの山は、北極点の白夜のごとくに朝も夜もなく、明るいまま。

 山林を草原に錯覚させるほどの超巨大サル、ハヌマンラングール。ハヌマーンのスキルを使用して、黒かった顔面が、いまは赤に変じている。伸縮自在かつ、火のダメージを受けつけない体。山にそびえる不夜城ふやじょうとなって、斜面にどっしりと四肢ししをつき、背丈を超える長さの尻尾を、夕焼け空に反り返らせた。

 巨大なサルの手がたたきつけられる。樹々をへし折り、岩を砕き、土と灰とを爆発させる。

 プレイヤーたちは散開。ほうぼうに逃げ惑う。

 ぼんやりしていたブチハイエナは、リカオンとラブラドールレトリバーにひきずられるみたいにしてサルの攻撃範囲外へ。チワワも一緒。巻きあがった煙にまぎれて身を隠す。

 サルの尻尾が山肌をぎ払うと、とび散った燃えるが火山弾のごとくに降り注ぎ、火災が加速度的に広がった。

 戦闘前は長閑のどかそのものであった中立地帯の低山が、いまは噴火寸前の火山といった様相。

 火を我が物としたこのサルは、自然を燃え尽くさんとしている。

 止めなくてはならない。

 しかし、あまりにもおおきい。おおきすぎる。プレイヤーたちとの圧倒的な体格差。野生の世界において、図体こそが最も重要な強さの指標。ちいさな獣がおおきな獣に勝つことは、よほどの偶然がなければ不可能。超巨大サルとプレイヤーたちとの対格差はゾウとネズミ。この戦いはアフリカゾウの歩みをアフリカンピグミーマウスが止めようとしているようなもの。あまりにも絶望的。

 皆、よく分かっていた。

 だが、戦うのを放棄せず、立ち向かう。

 戦意はまだ失われていない。

 群れること。

 力を合わせること。

 相手のサルはたった一頭。

 ここが最後の踏ん張りどころ。

 強大な個を打ち倒す群れの力を、だれもが信じ、疑わなかった。


 タヌキがチンパンジーにけて、ショットガンを手に取った。

 本物のチンパンジーが残した装備品。ゴリラが使用していた武器。

 見様みよう見真似みまねでレバーを動かし、弾を装填。

 超巨大サルに銃口を向けて、引き金を引く。

 轟音。

 衝撃。

 やっぱり、反動に耐え切れず、後ろに吹っとんだ。

 後転して起きあがる。発射された散弾がサルに命中。けれど、ダメージはいまひとつ。距離が遠い。弾がばらつき、威力が減衰げんすいしてしまっている。

 これ以上近づくと、超巨大サルの攻撃圏内。接近は難しい。

 ダメージが皆無というわけではないので、ここからでも何百何千発と撃てば倒せる可能性はある。幸い、サルたちの装備品であるこの銃には、弾切れが存在しないらしい。

 そのためには、発射するたびにひっくり返っていてはだめだ。

 タヌキはチンパンジーの肉体アバターを岩のくぼみに挟みこむようにして固定。腰をおろし、足をつっぱる。そうして、ショットガンを構えた。

 連射に移ろうとしたタヌキだったが、そこに浴びせかけられた土砂。

 一発目の銃撃から狙撃手の位置を察知した超巨大サルが、手で山の表面をすくいとり、ぶちまけたのだ。

 岩や火炎が混ざった砂の津波。タヌキはコマドリに化けて離脱。間に合わない。高波に呑まれてあえなく生き埋めに。プレーリードッグに化けて熱い砂を掘り進んだ。蒸し焼きになる前になんとか脱出。

 上半身だけ砂から出した状態で、積みあがった砂山をふり返る。ショットガンを掘り起こすべきだろうか。完全に埋もれてしまって、どこにあるやら分からない。

 悩んでいると、柔らかい砂山のてっぺんが崩れて、プレーリードッグをもう一度生き埋めにしようと押し寄せてきた。さらには、流れに混じって勢いよく岩が転がってくるではないか。

 穴から体を引っこ抜こうとするが、急ぐあまりにひっかかる。灰が混じった細やかな土砂が、アリジゴクの流砂のようになっている。もがくほどに地中へと逆戻りするプレーリードッグの体。

 ようやく解決法に気がついて、シシバナヘビの肉体アバターに化けたが、もう手遅れ。岩につぶされる、という寸前、さっ、と首をくわえあげられた。

「ヘビにしちゃ重い」

 と、マーゲイ。花が咲いたような美しいヒョウ柄を跳ねさせて、火を避けながら山を駆ける。すぐ後ろには紀州犬。翼を傷めたケツァールを背負っている。

「銃声がしたけど、撃ってたのは君? タヌキ?」

 マーゲイが矢継ぎ早の質問。

「……うん」

 と、タヌキは変身を解いてみせる。細長いヘビから、まん丸ふくふくとしたタヌキになったので、マーゲイの口からこぼれてしまった。タヌキとマーゲイでは、マーゲイのほうが体長も体重も上なのだが、スマートなネコの肉体アバターと比べると、タヌキのほうがふっくらおおきく見える。

 タヌキは自分の足で走りだしながら、

「撃ってはみたけど、あんまりダメージを与えられてはいないみたい。銃もなくしちゃった」

 落ちこんだ声。マーゲイは遅れがちなタヌキの鼻先で長い尻尾をゆらしながら、

「ガッツあるね。がんばったよ」

「けど、どうする?」

 紀州犬がフクロウみたいに首をぐるんと百八十度回転させた。犬神のスキルで頭を胴からすこしだけ離している。細長い爪でイヌの背中にしがみついているケツァールも超巨大サルに目を向けて、

「とりあえず、はぐれた仲間と合流して、作戦を練らないと」

「ブチハイエナはどこかな」

 燃える木立をマーゲイが探る。迫る夜にネコの瞳がぎらぎらと輝いた。

「心臓をもらわなきゃ」


 同じ頃、オジロヌーがあかねの空を仰いでいた。

 カトブレパスのスキルで敵を石化できないかと試みていたが、超巨大サルの頭はあまりにも遠い。目を見合わせるという効果発動条件を満たすことができない。二階から目薬どころではない。相手は三十階建てのビル相当。

 足元をウロチョロしていると、踏みつぶされそうになった。俊足しゅんそくでもって離れると、入れ違いにシロサイ。

 向こう見ずな突撃をしようとしている仲間を、シマウマが前にまわりこんで止める。

「無理だ! 退避しよう!」

 いまのシロサイには象徴である角がない。ゴリラの大太刀によって両断されてしまった。攻撃力は半減以下。ヌーも両角が折れており、シマウマもユニコーン、バイコーンの角を失っている。

「退避? どこまでだ。世界の果てまでか。そこまで火が追いかけてくるのを許すのか?」

 足を止めたシロサイが、シマウマに詰め寄る。

「それは……」

「危ないよっ!」

 ヌーの声。サルの手や尻尾が襲いくる。激しい攻撃に、結局、シロサイも一時撤退を余儀なくされてしまった。

 太い四肢ししで苛立たしげに大地を打つ。

 口惜しい。

 シロサイにとって、自分よりおおきな獣というのは滅多に存在しない。キリンやゾウぐらいなもの。

 それが、スキルひとつでここまでの格差。無力感すら覚える。

「足りない、図体が、でかさが……」

 サイよりも、ゾウよりも、もっともっと、おおきな動物でなければ、この相手には通用しない。

 己の矮小わいしょうさに苦悶くもんしていると、不意に超巨大サルが起こす地響きが止んだ。

 シロサイ、ヌー、シマウマがふり返る。

 そこには、サルを束縛しようとする縄。

 超巨大サルと、超巨大ヘビになったオオアナコンダ、ニーズヘッグとの戦いが開幕していた。

「……うらやましいやつだ」

 思わずこぼす。自分もあのように戦いたい。シロサイは心の底から願ったが、もはやこの戦いは、スキルなしの肉体アバターで、どうにかできる状況ではなくなってしまっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ