●ぽんぽこ15-43 遡って、猛者たちの出会い
煌々と燃える松明を手にしたサルたちが、中立地帯の山への侵略を開始した頃。なにも知らぬヒグマは山から離れて疾走していた。
とにかく気分がむしゃくしゃしていて、衝動のままにギンドロの群れを抜けた。野良に戻るのはいつぶりだろうかと考えて、ソロプレイヤーでいた時間より、群れに所属していた時間のほうが長くなっているに気がつく。
かつて、ヒグマは雪の降る針葉樹林の支配者だった。そこに、ハイイロオオカミたちがやってきて、群れの縄張りとして使いたいと申し出てきた。話し合いなんて面倒なことはしない。そんなのは動物らしくない。力と力をぶつけあって決める。ハイイロオオカミと決闘をして……、負けた。
ヒグマは強かった。けれど、その強さはハイスペックの肉体を持っているというだけでしかなかった。ハイイロオオカミと戦って、当時のヒグマはそれを思い知らされた。
ウルフハウンドの話に乗って、群れからハイイロオオカミを追い出したのは、あの頃から時間が経ったいま、また本気で戦ってみたくなったから。同じ群れに所属していては、群れ戦で敵同士になれない。
自分が出ていっても別によかったが、伝手のないヒグマが新しい所属先を探すより、交流の多いハイイロオオカミがどこかの群れに入るほうがずっと早いはず。それに、恨みを買っておいたほうが戦うには都合がいい。怒りはヒトを獣に変える。獣としてのハイイロオオカミと、獣として戦いたいのだ。
かくして、望み通りになった。ライオンとの再戦も望んでいたことだったから、理想的な状況。一石二鳥。
だが、どうにも不完全燃焼。落とし穴にかかるなんて、愚にもつかない決着。罠にやられるなど、動物ではなく、人間に負けたようなもの。望んでいた獣同士の戦いではなかった。
やりきれない。
そんな曇天模様のヒグマの心とは対照的に、風景はあまりにもさわやか。影ひとつ落ちていない草原は、地平線まで見通せる。青々として明るい空。カラッとした風に吹かれて、色とりどりの花びらが躍っている。
考え事をしながら走っていたヒグマは、なにかに足をひっかけ、すっころぶ。
ごろん、と、でんぐり返し。足元から「なんだぁ?」と、声。
起きあがり、ふり返る。長大なヘビが草をかき分け、顔を覗かせた。
「オオアナコンダじゃないか」
「おう。ヒグマ」
気安く呼び合ったが、これが初対面。けれども、お互いに噂で知ってはいた。
とぐろを巻いた大蛇と向かい合うように、草の上にヒグマが寝そべる。前足に顎を置いて、ちらちらとゆれるヘビの舌を目で追いながら、
「あんた戦闘狂なんだって?」
「あー、まあ、そうかな」
歯切れの悪い肯定。瞬膜をぱちぱち、閉じたり、開いたり。
「まわりは勝手にそう言うんだが、俺は普通だと思ってる。だってよく考えてくれよ。肉体を動かすのがこのゲームの醍醐味だろ。で、それを一番楽しめるのが戦闘だ。俺はゲーム本来の面白さを追求したいだけ。なのに、狂ってるって、おかしくないか? 不当だ。心外だ」
「しかし、戦うためだけに群れを移ったりするのは、熱心すぎると思われてもしかたがないだろ」
言いながら、自分も似たようなものだなと、ヒグマは心のなかで苦笑する。
トーナメントの第一回戦で、オオアナコンダが所属していたキングコブラの群れとライオンの群れとが戦った。結果はライオンの勝ち。総当たり戦ではなく、勝ち抜き戦なので、一度負けたらもう終わり。試合後、オオアナコンダは戦い足りないと言いだして、副長という役職持ちでありながら、キングコブラの群れを一時的に脱退。ライオンの群れに移籍していた。
そのあたりの噂はヒグマの耳にも届いていた。オオアナコンダを軽薄と言う奴もいたし、勝った相手にそんな要求ができるのは大物だと見る奴もいた。それを受け入れたライオンの度量の広さに感心する奴がいれば、戦力確保に必死すぎる故のあさましい判断だと考える奴もいた。ヒグマは興味がなかったが、オオアナコンダと戦ってみたいとは思った。しかし、渓谷での群れ戦では会うことすらなかった。
指摘されたオオアナコンダはうなだれて、
「だってなあ。俺はずっと今日を楽しみにしてたんだぞ。いろんな猛者と戦える、またとない機会だ。うちの群れからどこかに試合を申し込んでも、拒否されることが結構あるからな。戦いたくても、戦えてないプレイヤーが多いんだよ。だけど、トーナメントなら戦い放題。昨日なんてドキドキしすぎてなかなか寝付けなかったぐらいだ。それが、初戦負けで脱落なんて……、もうがっかり。ヘビじゃなくてもぐにゃにぐゃになるよ。しかも、キングコブラが遅刻してきたせいで、途中までワタリガラスが指揮を執ってて、みみっちい作戦につきあわされて……、そんなの、多少わがまましたくなってもしょうがないだろ」
つばでも飛んできそうな主張に、ヒグマは首をすくめて、
「ふうん。よく分からんが色々あったんだな……、それで、満足したか?」
「それなりに。でも、ブチハイエナが口やかましくてしょうがなかった」
「どの群れにもそういうのがひとりはいるよな。うちだとチワワとか……、そうだ。いっそこのままおれみたいに野良になったらどうだ。気ままでいいぞ」
「ん? ギンドロの群れを抜けたのか?」
「ああ。でかいイベントも終わったし、一旦ひとりでやりたくなってな」
「うーん。自由なのはいいけど、野良だと群れ戦ができないのがなあ……」
たしかに気になる点。その気持ちはよく分かった。昔、ソロプレイヤーだったヒグマも、群れに所属して、群れ戦を経験して、戦いに魅せられた。
とはいえ、いまはすこし肉体を見直したい気分。群れるのではなく、個として自然にまぎれて、もっとヒグマらしく動けるように修練する時間が欲しい。
「野良戦みたいなのが実装されればいいだけどな」と、ヒグマ。
「試合外でも、力比べをしてるやつはいるけどな。でも、俺はそういうのができないから……」
「なんでできないんだ」
ヒグマが怪訝な顔で聞くと、
「だって……、こうだぞ?」
首をもたげたオオアナコンダは、尻尾でぐるりとヒグマを取り囲み、長大な体をからませてきた。