●ぽんぽこ15-42 重い引き金
タヌキたちの耳に、チワワの遠吠えが届いた。
「きた……!」と、リカオンが鼻先をあげる。
シロサイ、オジロヌー、タヌキ、リカオンの四頭が、迫る火災に身を焦がしながら、息を潜めてサルたちの様子を探る。
チンパンジーとボノボ。サルのなかでも特にヒトに酷似した姿。二頭が携えている猟銃はライフル。ボルトアクション方式。ボルトハンドルを引いたり、押したりの動作はあるが、弾の補充は一切していない。無限の弾丸。弾切れがない。反則級の性能の武器。
命すら無限であるかのように、倒しても倒しても生き返っていたサルたち。その元凶であったマントヒヒは討たれた。チワワの遠吠えはその合図。
これで、なんの憂いもなくサルを倒すことができる。もうサルが蘇ることはなくなった。
焦りは禁物。マントヒヒとの戦いを終えた仲間たちが、今頃こちらに向かっているはず。合流を待ってから攻勢に転じるべき。
なのだが、あまり長くは耐えられそうにないのが実情であった。
時間が経つごとに、火の浸食で着実に逃げ場が奪われている。燃え広がった火災によって、いまの山肌はまるでホルスタインの模様の如し。もうもうと立ち込める煙の量も増えてきた。焔に食い破られて、脆くなった樹木が不意に崩れてくるなんてこともある。身動きのとりづらい状況が加速していく。
チャンスがあれば、それを逃してはならない。悠長にしていると、むざむざサルに殺されることになる。全員がそのように感じていた。
銃弾が動物たちの頭上の梢に突き刺さった。燃える葉っぱが塊になって落っこちてくる。下敷きになりかけた動物たちがとびだし、散開。蹄の音に、サルが銃口を向けた。狙っているのはヌー。
サルたちはヌーが使うカトブレパスのスキルの効果について学習していた。サルとサルでかたまらず、距離をとって、一方が石化させられたら、もう一方がカバーできるような位置取り。
ふたつの銃口がヌーへと向けられる。
猟銃用のライフル銃。銃弾が無限という特殊な装備品。ただし、弾を装填する動作自体は必要。ボルトハンドルを引いて、押す。
グリップを引き寄せて、銃床を肩に当てて固定。長い銃身を持ちあげて、照準を獲物に合わせる。
引き金に指を置く。
指に力を。
炸裂音。
勢いよく銃弾が発射され、紫煙が立ち昇る。ヌーは二方向からの同時攻撃に身をすくませた。狙いは完璧。命中、するという直前。ヌーの姿がかき消えた。
タヌキに化かされたのだ。タヌキはこれまで、ここぞというときのために、シロサイやヌーの姿には化けないようにしていた。
コマドリに変身したタヌキが羽ばたき、木立にまぎれる。
散った動物たちの位置を把握しようと、サルたちが背の高い樹木へと集合。火災に抵抗している立派な枝ぶりの巨木。スリングベルトで銃を肩にかけたサルが、するすると樹をのぼる。枝に到着しようというとき、シロサイの突撃。二頭はすぐさま体勢を整えて、猟銃を構えた。
太い四肢が大地を打って迫りくる。根っこを通して葉の一枚一枚にまで振動が伝わってきた。激しい足音。ボノボがシロサイに照準を合わせる。だが、チンパンジーは気がついた。シロサイがいる場所と、足音が聞こえてくる方向がまるで違っている。
ふり返る。そちらにもシロサイ。正面のシロサイはタヌキ。本物と比較すると、どことなく動きがのっそりとしている。
ボノボの射撃。変身でかわされる。チンパンジーも撃つ。しかし、引き金を引く前に、本物のシロサイの後ろに身を隠していた者と目が合ってしまった。
カトブレパスの邪眼が妖しく輝く。チンパンジーは石像になってしまったかのように指一本動かせない。
長大なシロサイの角が、サルたちが根城にしている樹木を貫いた。粉砕。敵を地上へと引きずりおろす一撃。
落下したボノボが地面にたたきつけられる。スリングベルトがすっぽ抜けて、銃が野原に転がった。すぐに拾おうと伸ばされたサルの手に、リカオンが噛みついて押さえつける。リカオンとボノボの体格はほぼ同等。取っ組み合いになったところに、二頭のシロサイが接近。本物のシロサイとタヌキが化けたシロサイ。
折れた牙で噛みついてくるリカオンを、ボノボは力ずくでひきはがして、急いで銃を手に取ろうとする。だが、指が届く前に、タヌキが化けたシロサイが、角の先で銃をひっかけてかっさらった。すぐに、本物のシロサイがやってきて、サルをぺしゃんこに踏みつぶす。ボノボを撃破。復活もしない。
あと一頭。残るはチンパンジーのみ。
シロサイの肩に銃弾が刺さった。分厚い皮膚で堪えたが、大ダメージ。
チンパンジーは樹上。シロサイの突撃で足場が破壊された際、その衝撃でカトブレパスとのにらめっこから解放され、落下する前に跳躍。となりの樹木にとび移っていたのだ。
ヌーが軽やかに走る。細い三日月のような鋭い角。片角が折れているが、残った角を使い、サルがいる樹木の破壊を狙う。すると、察知したサルは枝の上で跳ねまわり、燃える梢をおおきくゆらした。
焔の塊が頭の上に落ちてきた。ヌーは苦しげに嘶いて、激しく首をふって焔を払いのけようとする。のたうちまわるヌーに向けられた銃口。シロサイが走ったが、間に合いはしない。それどころか、このままではシロサイ自身も銃弾に晒される危険があった。
――助けないと!
タヌキの心が一色に染まった。
どの姿に化ければいい。刹那、いままでに出会ったプレイヤーたちの姿が頭のなかで駆け巡る。しかし、いくら姿を変えようとも、タヌキの能力のまま。放たれる銃弾より早くヌーの元にはせ参じて、助けることなどはできない。それはタヌキでなくとも、どんな動物にも不可能なことだった。
けれど、それを可能にする方法があった。
相手が引き金を引く前なら。
タヌキは即座に化けた。
白煙が立ち昇る。
あらわれたのはサル。チンパンジーの肉体。これまでさんざん追いまわされて、その姿は隅々まで覚えている。
それに、ヒト型の肉体であれば、タヌキの体よりも動かし慣れているぐらいだ。なにせ、機械惑星で四六時中使っているのだから。生まれて、いままで、ずっと。
ボノボの猟銃を手に取る。
構え方は見様見真似。ボルトハンドルを引いて、押す。銃床を肩に当て、銃身を持ちあげると、敵がいる樹上へ銃口を向ける。どうやって狙いをつけるのかは分からない。それでも、とにかく早く撃たなければ。仲間が撃たれる前に。引き金を指に。重い。力をこめて、引く。
耳元で、轟音が響いた。
空。視界が一回転。全身に衝撃。なにが起きたのか分からなかった。
リカオンが駆け寄ってくる。助け起こされるが、目が回って、動けない。耳がおかしい。激しい耳鳴り。なにも聞こえない。
猟銃は手から離れて横に落ちている。気が動転したせいで、変身が解けてタヌキの姿。
タヌキの能力では、銃の反動に耐えられなかったのだ。体重はチンパンジーの十分の一ほどしかなく、力も脆弱。一応、弾は発射されたが、敵に当たることなく、空の彼方へとすっとんでいった。
チンパンジーは銃声に驚愕。だれが撃ったのかと視線をさまよわせ、そして、タヌキを見つけた。そばに転がる猟銃。脅威と判断。
銃口を向ける。タヌキにぴたりと合わされる。
ヌーは幸いにして無事、頭にかぶっていた燃える梢はシロサイが角で除去。
リカオンがタヌキに向かって叫ぶ。しかし、タヌキの耳は、至近距離での銃声によって、いまはなにも聞こえない状態。
タヌキの視界いっぱいに白黒黄色のリカオンの毛衣が広がった。温かい。安心する。けれど、じくじくと心が痛む。なにかを思い出す。なにか……。
ぐらぐらとゆれていた世界が芯を取り戻す。耳の奥で暴れていた残響もおさまってきた。
そのとき、タヌキは理解した。自分はいま、かばわれている。
総毛立った、次の瞬間、銃声。
人の声とも、獣の声とも分からぬ声でタヌキは吠えた。
リカオンを押しのけようとしたが、頑として動かない。
雲がやってきたのか、あたりがずいぶんと暗かった。
甲高い音が響いた。
金属と、金属が、ぶつかったような。
リカオンが身を起こす。タヌキが見上げると、真っ黒い毛衣。広々とした背中。
「おチビちゃんはどいてな」
それはヒグマであった。太い腕には銅のチューブが巻きついている。オオアナコンダ。銅の体を持つ蛇神ユルルングルの肉体。
「もっとやさしく扱えよ!」
盾にされたユルルングルが不満の声。
「ちゃんと斜めにはじいただろ」
と、さらにもう一発の銃弾を、金属蛇の鱗で受け流す。
「豆鉄砲が……」
鼻を鳴らして、ヒグマは重たい金属の蛇体を持ちあげた。ヘビの口をサルへと向ける。
「こっちは大砲だぞっ!」
ユルルングルの声は雷。光芒一閃。雷鳴と共に放たれた電撃が、チンパンジーを貫いた。