●ぽんぽこ15-40 最後のひとさし
サバンナの群れにも渓谷の群れにも属していない、オアシスからやってきた遊び人。トンビに助けられた紀州犬の頭は、クモザル、ホエザルという二頭のサルに、もみくちゃにされたダメージが募っているのか、ふらふらと地上に不時着していった。
空を翔けるトンビのくちばしに咥えられたケツァール。横からかっ攫うのはトンビの得意技。落下していくケツァールを見つけて、事前にキャッチしていたのだった。猛禽類らしいパワフルな羽ばたき。鱗みたいな光沢のある褐色の翼が、太陽の光を受けてつやめいている。
「リュウゼツランは?」
ケツァールが真っ先にした質問は、トンビに守護を任せていた仲間の安否確認。
「それなら避難させといた。トウモロコシと一緒にな。だいじょーぶ。でさ、山の麓におれさまのスキルで石壁を作ってたわけよ。防火壁。一生懸命せこせこ積んでたら、トウモロコシが焼きモロコシになりかけるわ、ポップコーンになりかけるわで大変だったんだぜ。けど、なんとか完成したからいまは万全安心だ。平穏無事。おかげで、こっちを見にくるのが遅れたけどな」
「それは……、ありがとう」
長広舌にやや圧倒されながら、ケツァールが礼を言うと、トンビは機嫌よく、ぴーひょろろろ、と鳴き声をあげて、
「いいってことよ。それで、どれと戦えばいい?」
地上にうごめくたくさんのサル。ジャイアントイランドの白沢、ブチハイエナのジェヴォーダンの獣という、いずれ劣らぬ白と黒の巨獣がサルを殲滅中。白黒の縞模様のシマウマが、純白の一角獣ユニコーンになったり、蒼黒の二角獣バイコーンになったりしながら、巨獣たちにも引けを取らない活躍。それをチワワがショロトルのスキルでサポート。か弱い小犬が狙われないように、紀州犬の胴体が背中に乗せて運んでいる。
そして、空にもサルが一頭。狒々のスキルを使うマントヒヒ。やっとのことで煙猫が捕まえて、いまはもみあっている最中。風雲でひきはがそうとする狒々と、しがみついて、煙の牙や爪を立てる煙猫。
「あの飛んでるサルを攻撃してくれ。巻きついてる煙はマーゲイだ」
「煙? 変なスキルがあるんだなあ」
地上で小石がふわりと浮きあがり、神通力で操られてでもいるように、びゅっと空に飛びあがった。小高い放物線を描いて、天狗礫が狒々を襲う。細かい狙いは不可能で、やみくもに飛ばしているだけなので、命中率はいまひとつだが、数撃ちゃ当たるの精神。むやみやたらと飛ばされた小石が、雨やあられの如くに降り注ぐ。煙状のマーゲイの体には、すり抜けて当たらないので遠慮はいらない。もし当たったとしても、群れ戦外なのでプレイヤー同士の攻撃は無効。ダメージがいくのはプレイヤーではないサルにだけ。
とはいえ、数は多くとも、ひとつひとつはそれほど重くもない小石。狒々の起こした風雲に呑まれ、荒波に流されるようにしてそらされてしまった。ケツァールの風とマーゲイの夜風が石礫の軌道を補助するも、狒々に命中したのは数発。ダメージを与えてはいるが、倒せるほどではない。
さらには、ここにきて、やってきてしまったタイムリミット。
マーゲイが使うテスカトリポカのスキルには制限時間が設定されている。ほぼ無敵かつ、変幻自在の煙の肉体に、夜風を呼び寄せる効果が付随した強力なスキル。その反面、発動するのに仲間の命を捧げなくてはならない代償があるが、そんな重い代償を支払っていてなお、効果を発揮できる時間は短い。
煙の肉体から、実体のあるネコの姿に戻ってしまう。だが、マーゲイはスキルが解けたのも構わず、狒々に食らいついていった。マントヒヒとマーゲイはほぼ同等の体長。だが、狒々のスキルを使ったサルは、その倍近い体格に強化されている。太い腕で掴まれてしまえば、たいした時間もかからず、縊り殺されるに違いない。
ネコ科随一の木登り上手。その本領を発揮して、マーゲイは脇の下を潜り抜け、ぬるりと背後にまわりこんだ。風雲に吹き飛ばされそうになりながら、サルの毛衣に爪をひっかけ、牙をがっしり打ちこんでいく。背中に伸ばしされた手を、頭をひっこめ、体をゆらして、紙一重で避けた。
狒々は身もだえしていたが、鬱陶しいネコをひき剥がすのを後回しにして、風雲を圧縮させはじめた。テスカトリポカのスキルが解かれたことで、いまは夜風が消えている。ケツァルコアトルの風だけでは止められない。一時離脱して、ゆっくりとトートのスキルを使えば、再生したサル軍団で攻めなおせる。
そんな敵の狙いを察したケツァールが慌てる。ここまできて逃がすわけにはいかない。
「もっと重たい石を飛ばせないのか!?」
トンビに詰め寄るが、
「あんまりおっきいのは無理。そもそもこの山、手頃な石がすくないよ。ちっさいのとおっきいのが極端なんだよな。どういう地形なんだか」
緩やかな曲線を描く低山を見下ろす。樹々はまばら。森とは言えない林。傾斜はそれほどでもないのだが、ところどころに地面が跳ねあがったみたいな急な段差。崖のような場所もある。隆起した岩も見えるが、その表面は無骨。丸みがなくて、ごつごつしている。そして、いまはそれらすべてをひっくるめて、火災が包みこんでいた。
狒々が逃げようとしている。
「いいから最大出力で飛ばしてくれ!」
「それはもうやってる!」
天狗礫にケツァールの風をまとわせて、勢いを増して射出する。最後の望みが託されて、土砂降りの小石が一気に狒々へとのしかかっていった。
見上げた狒々が小石の流れに風雲で穴をあける。雨のなか、傘をさしているみたいに、サルの周囲だけを小石が避けて通っていく。だが、そんななか、傘の表面を貫くような、おおぶりな影が落っこちてきた。
それは、犬神のスキルで胴体から切り離された紀州犬の頭。小石を咥え、天狗礫のスキルで一緒にひっぱりあげてもらい、石礫の雨にまぎれていたのだ。イヌの頭の重みの分、風に抵抗する力も強まっている。さらには大量の礫が風よけになり、狒々の元へと導いてくれたのだった。
サルが腕をふりかぶる。牙を剥いたイヌの横っ面を殴って、吹っとばした。が、イヌの頭の後ろに、もうひとつイヌの頭があらわれたではないか。さらには正面に意識が集中した隙に、背中にしがみついているマーゲイが這いあがってきた。サルの頭を後ろから抱きかかえるみたいにして、両前足の爪で顔面をひっかく。
紀州犬が狒々に噛みついた。犬神のスキルの効果はただ頭を分離させるだけではない。攻撃を加えた相手に、呪いの状態異常を付与して、能力を低下させる。
狒々は両目をネコに傷つけられて、呪いに侵されながら、まだまだ力強く動く気配。そこに、第三、第四の紀州犬の頭が飛んできた。次々にかみついて、二重三重の呪いを付与する。
三つの頭のイヌの牙と、獰猛なネコの爪に体力を削り取られたマントヒヒは狒々のスキルを解いた。そして、トートのスキルを発動させると、死者の名を記した書物を取りだす。震える指で、ページに触れる。だが、もはやなにも呼び出されることはなく、蘇生したサルは見当たらない。呪詛にまみれたマントヒヒは衰弱し、天狗礫を全身に浴びて、とうとう墜落。
地面に激突する寸前に、イヌの頭が寄り集まって、マーゲイを乗せて脱出。サルに殴られた頭も戻ってきて、合計四つの頭が空飛ぶ足場になる。
「気持ち悪い魔法の絨毯」
というのがマーゲイの感想。
「俺もそう思う」
紀州犬が同意しながら、苦しそうに眉間にしわを寄せる。
「チワワに無理を言って首を増やしてもらったんだが、本当にやばい。めちゃくちゃにこんがらがる。はやく、解いてもらわないと……」
蛇行しながら、地上へ。
そこでは、復活したサル軍団とジャイアントイランドたちとの戦闘がくり広げられている。
ニホンザル、アカゲザルが変じた猿神とカク猿を、妖怪退治の最終兵器である白沢が長大な角を使って次々に撃破。バイコーンの二本角も合わさって、四本の角が敵を寄せつけない。
地面にたたきつけられたマントヒヒを、ジェヴォーダンの獣が念入りに食い千切った。完全に体力が尽きたサルのグラフィックが火炎のなかに消えていく。
マントヒヒが倒されたのを嗅ぎ取って、チワワが遠吠え。遠方にいるリカオンに合図を送った。
「解除してくれ!」
紀州犬の要請にすぐにチワワが応える。ショロトルの強化効果が解除されると、四つに分離していたイヌの頭が一つに戻った。マーゲイが地面に降りる。
「はぁ……」
溜息をこぼしながら、頭と胴体が合体。そんな紀州犬の背中に乗っているチワワが感嘆の声。
「いやはや、よく動かせましたね。さすがはハイイロオオカミの腹心です。普段から頭と胴の同時操作をしていると、やはり慣れるんですかね」
「腹心? 変な言い方はよしてくれ。トモダチだ。まあ、慣れってのがおおきいと思う…、それにしても、疲れた……」
へとへとになってうずくまりかけるが、なんとか肉体を奮い立たせる。まだ、生き返ったサルが残っている。インドリ、テナガザル、ワオキツネザルなど。それから二度目の再生を果たしているオランウータン、アヌビスヒヒ。
マーゲイがジェヴォーダンの獣に駆け寄る。
「もう一個、心臓ちょーだいっ」
「しょうがないですね。あと一個だけですよ。私もそれほど命力に余裕があるわけではないですから」
巨大な闇色の獣はブチハイエナの姿に戻る。マラウイ・テラー・ビーストのスキルを発動。
「どうぞ」と、いうやいなや、心臓を奪い取られる。死亡して、すぐに復活。
煙猫の肉体に変じたマーゲイが地上のサル相手に暴れまわる。空からはトンビの天狗礫による支援。ケツァールの風が礫の威力を倍加させる。
地と空に分かれていたプレイヤーたちが合流しての総力戦。サルたちが薙ぎ倒されていく。ややあって、おおきな犠牲を出すこともなく、すべて撃破。周囲に生き残りがないことを確認して、集合。火災の焔と煙を避けて岩陰へ。
「次は銃を持つサルですね」
銃声が聞こえる方角へと、ブチハイエナが丸耳を向ける。
「それから、ラブラドールレトリバーのところにも」
と、紀州犬。ひとりでゴリラの相手をしてくれている。
「ではそちらへはシマウマと紀州犬が向かってください。他のものは銃の対処を」
「分かった」
さっそく白黒の縞模様と、真っ白なイヌが駆けていく。紀州犬が喉をふり絞って遠吠えをあげると、すぐに返事が返ってきた。それほど遠くない場所。しかし、その声はいまにも力尽きそうなほどに弱々しい。
まだゴリラと戦っているようだ。助力するべく、蹄と爪が山肌を急ぎ、赤々とした焔の影を猛然ととびこえていった。