●ぽんぽこ15-39 空のサル狩り
マントの如き首周りの長毛をひるがえし、空を飛びまわるマントヒヒ。狒々のスキルを使った肉体の体格は倍近くにまで膨れあがり、体つきもがっしりしている。呼びだした激しい風雲を乗りまわしながら、ひひ、ひひひ、と気味の悪い笑い声。この笑い声こそ、狒々という名前の由来とされている。
空にいくつも立ち昇るおどろおどろしい火災の黒煙。墨のような煙に混ざる、ネコの顔とヒョウ柄の模様。肉体を煙状にしているマーゲイ、煙猫がテスカトリポカのスキルの効果で夜風を呼び寄せる。さらにはケツァールも、紀州犬の生首に空を運んでもらいながら、ケツァルコアトルのスキルで風を使った。
荒れ狂う風雲を、風と夜風が協力して押さえつける。この場から逃亡をはかろうとしている狒々を空の一角に足止め。狒々のスキルの風雲は、重たいサルの体を持ちあげられるほどに出力が高い。ふたつの風を合わせ、増幅させなければ、押し負けかねない。
サルは余裕の態度でもって、くちびるをめくりあげると、なにがそんなにおかしいのか、大笑いをし続けている。さらには空中で狒々からトートのスキルに切り替えて、サルを蘇らせては、墜落前に狒々に戻って空に舞いあがるという器用な動きまでしていた。
台風の如き風のうねりに、堪えきれずにイヌの頭が飛ばされそうになる。それを煙猫が受け止めて支えた。煙状の体は実体がなく、敵の攻撃などを一切受けつけないが、当たり判定は存在するという不可思議な状態。攻撃したいときにはマーゲイの意思で牙や爪だけを硬化できるという都合のいい肉体をしている。
吹きすさぶ風に、煙猫があんぐりと口を開けて、溜息で鼻先をゆらめかせる。
「風が激しくなりすぎて近づけなーい。というか風を起こすスキル多くない?」
「たしかにね」
と、ケツァール。イヌの口からはみだした長大な翡翠の尾羽が、風にひっぱられて鞭のように暴れている。
「トラの……、いまはヘラジカの群れか。あそこのユキヒョウなんかも尻尾を回転させて春風を起こすスキルを持ってる。探せばもっといるかもしれない」
「ついでに雨を降らせるスキルはないのか」
紀州犬が山火事を見下ろしながら言うと、ちいさなくちばしが、ぴょこぴょことふられて、
「それならヘラジカの群れにいるグリーンイグアナがイツァムナー・トルのスキルを持ってる。局地的な雨を降らせる効果だ」
「友達? なら呼んできてよ。山火事が一発で解決できるじゃん」と、マーゲイ。
「友人ではあるが、いまログインしているかは分からないし、俺の風がなくなったら、あのサルに逃げられないかい?」
話しているあいだにも、狒々は空中でスキルを解除し、トートのスキルを発動。風と夜風に勝手に乗って滞空時間を稼ぎながら、死者の名を記した書物のページをめくった。死亡しているサルの名が次々に指差される。
マンドリル、ドリル、ニホンザル、アカゲザルなどが、地上に復活。
ジャイアントイランド、ブチハイエナ、チワワ、それから紀州犬の胴体が、サルを再度冥府に送るべく戦う。
地上の戦闘は地上の仲間たちに任せ、空は空でサルの撃破に全力を尽くす。手元の書物を覗きこんでいるトートに向かって、ここぞとばかりに煙猫が突っこんだ。
煙の体を細く長く、槍のように研ぎ澄ませる。弱まっている風雲を貫いて、ドリルみたいな夜風が吹く。そこにケツァールの追い風が加わって、ロケット噴射の如くに加速。
急速接近。トートのスキルを使うマントヒヒの灰褐色の毛衣を切り裂こうと、煙猫が牙を剥いた。
衝突、したのだが、煙猫が突き刺さったのはマントヒヒではなく、黒褐色のサルの肩。すらりとした手足と、自在に動く長い尻尾。これはクモザル。さらに追加でホエザルまで降ってきた。トートによって空中で復活させられたサルたち。
「なんでもありだなコイツっ!」
無法なスキルに憤慨しながら、自らも無法な効果を使って、煙猫はサルをすり抜けた。ふわりと避けると、二頭のサルたちは遥か下の燃える山肌へと落っこちていく。ここは空の上。飛べないサルは墜落するだけ。放っておけば落下ダメージによって、サルの体力は勝手に尽きるはず。
そんなふうにマーゲイは考えたのだが、予想は裏切られる。
トートのスキルを使っていたマントヒヒが、狒々の姿になっていた。呼び寄せられた猛烈な風雲が、クモザルとホエザルを砲弾みたいにすっ飛ばす。
サル砲弾が狙うのは、イヌの頭と、咥えられているケツァール鳥。サルたちの長い尻尾が両側からみついてきて、イヌと鳥とが巻き取られる。口が鳥でいっぱいになっている紀州犬は牙を使うことができない。ケツァールが風で吹き飛ばそうとするが、そうする前にサルたちは、しっかりと手でふたりを捕まえてしまった。
イヌの毛がむしられ、目玉がほじくられそうになる。ケツァールは首を絞められて、尾羽をひっぱりまわされた。ついには、もぎ取られるみたいにして、イヌの口から鳥がこぼれる。片翼を撃ち抜かれて飛べない鳥。このままでは墜落はまぬがれない。紀州犬はなんとか助けられないかと鼻先を向けるが、サルの手と尻尾でがんじがらめになっていて、身動きがとれない。
サルの体におおいかぶさられて、目も耳も鼻も使えない。噛みつこうとするが、顎を長い尻尾で縛られる。このサルたちは地面に落ちて死ぬに違いないが、どうせすぐに生き返る。ここで、自分や、ケツァールが欠けることは、仲間たちを殺すことになりかねない。紀州犬はどうにもならない状況に、どうにかなれと祈るように暴れることしかできなかった。地上にある頭のないイヌの胴体が、ケツァールを受け止めようと走っているが、とても間に合いそうにはない。
ごん、と、硬い音がした。骨に響くような音。サルの拘束が緩む。続けざまに、ご、ご、ごん、と鳴る。そうすると、サルの手が完全にイヌの頭から離れた。
体勢を整える。犬神のスキルで空中浮遊。おおきな鳥の影が降ってきた。それと同時に石礫。天狗礫と呼ばれる現象。使われているのは天狗のスキル。
「おーい」という声と共に、ぴーひょろろろ、と特徴的な鳴き声。トンビが礫をさらに降らすと、乱打されたサルたちは地上へ呑みこまれていった。