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●ぽんぽこ15-33 百鬼夜行

 ハンノキの植物族ドリュアスが発動させたアールキングのスキルによる幻覚が、一帯を支配していた。

 燃える山肌。渦巻く煙。薄雲に溶かされた太陽の光。炎に輝くこずえやぶ塗炭とたんの苦しみにもだえる花々。風に運ばれる焦げたにおい。火の雄叫び。

 それらすべてが幻におおい隠され、かき消える。

 敵も、味方も、獣も、植物も、区別なく、恐怖の感情を刺激するためだけの幻覚が、それぞれの疑似感覚に形成される。

 ゲームプレイのために装着しているクラウンが、脳内活動の状況と、機械惑星ノモスの住民記録を参照。そこから恐怖が算出される。その人物にとっての一番の恐怖が、システムによって与えられる。

 NPCであるらしいサルたちに効果がおよぼせるのか、ハンノキは心配していたが、どうやら杞憂きゆうだったようだ。

 ニホンザルとアカゲザル。猿神とカクえん。二頭の大猿は、林檎りんごやハンノキの枝から転げ落ち、地面をのたうちまわった。焦点の定まらない視線でもって、闇雲にうろつき、恐怖に追い立てられるみたいに、頭をかかえ、苦しげにうめく。

 このままスキルを使い続ければ倒せるに違いない。ハンノキはサルたちを撃破できるまでスキルを解かないことに決める。仲間たちには悪いが、それまで耐えてもらうしかない。

 林檎やマンチニールが悪夢にうなされる寝言のようなうわごとを発している。紀州犬の胴体が足をくじいたみたいにうずくまり、頭は体の位置を見失ったらしく、林檎の枝の上をいずった。ハンノキの枝から墜落ついらくしたクロハゲワシは、死んでしまったかのように倒れたまま。本当に死んでいるかもしれない。

 仲間たちを苦しませることになろうとも、ハンノキにとっては敵を討つことが最優先。動けない植物族ドリュアス肉体アバターでは、自分の身を守るのがせいいっぱい。その他のことに、気をつかっている余裕はなかった。

 錯乱さくらんしたカクえんがマンチニールに駆け寄った。散らばる猛毒の果実をむさぼり食う。猛毒によってみるみる顔が土気色になっていくが、それでも暴食をやめはしない。果実と一緒に手のひらですくいとった土すら食べる勢い。飢餓きがこそ恐怖であるかのように、空腹から逃れるために、ひたすらに腹を満たすことだけを求める。

 しばらくすると、毒まみれになったカクえんは倒れ、無残むざんに変色した体は体力(HP)が尽きて消えていった。

 あとは猿神。猿神は一切止まることがなく、走り続けている。無軌道むきどうとも思える動きだったが、どうやらこのサルの化け物は、影を避けているらしい。闇をこわがっている。山の斜面に落ちる影。樹々の幹の格子模様。こずえが落とす淡い影。草や小石の細かな影。それらをおおい尽くす、一面の山火事。ほむらのゆらめきが見せる影法師。

 散々に影や闇を避けて、光を求めて暴走した果てに、サルはほむらへと身を投げた。燃え盛るやぶに頭からつっこんだのだ。

 火だるまになったサルは恐慌きょうこう状態におちいる。自らが光源となったことで、光に満たされるどころか、影がばらまかれることになってしまった。

 逃げても逃げても影が追いかけてくる。

 サルはおびえ、狂乱した。ハンノキはサルの体力(HP)が尽きるのを、いまかいまかと待ち焦がれるが、なかなかにしぶとい。猿神のスキルを使って変貌へんぼうした体は頑丈。炎上しながらも駆けまわり、火災をふりまき、山を燃やす。さらには、こともあろうにハンノキの元へとやってこようとしているではないか。

「くるなああ!」

 ハンノキの植物族ドリュアスが叫ぶ。しかし、火だるまの猿神は、焦げた足跡を草に刻み、火炎の道をきながら、猛然と向かってくる。

「くるんじゃない! 向こうへいけ! しっ! しっ! はやく死になさい!」

 阿鼻叫喚あびきょうかんの騒ぎっぷり。だが、サルの耳に、もはや声は届かず、届いたとしても止まるわけはなかった。

 ――燃やされる。

 ハンノキは激しい恐怖におそわれた。

 燃やされたくない。けれど、もはやどうにもできない。

 あがくことすらできない、樹木の体。

 その足元で、むくりと影が起きあがった。

 クロハゲワシが倒れていた場所。

 サルにばかり注目していて、意識の埒外らちがいであったが、いつの間にかクロハゲワシの翼がなくなっている。なんだか丸っこくなっている。ごわごわとした毛に包まれている。耳がある。くちばしがない。尾羽ではなく尻尾がある。

 これは、鳥じゃない。クロハゲワシじゃない。

 いつか戦った動物をハンノキは思い出す。

 トーナメントの第二回戦。エチゴモグラの群れクランとの試合。そこで出会ったアナグマ。むじな。あれに似ている。

 けれど、顔の模様がすこし違う。アナグマは目の周りの黒いくまが縦長だったが、こちらは横長。それに、アナグマよりもふっくらとしていて、ふてぶてしい感じ。

 こんな特徴の動物のことを知っている。

 なんて名前の動物だったか。

 どこかで聞いた覚えがある。

 そう、フクロウに教わった。

 たしかタヌキとかいう……。

 ぽん、と、ちいさな破裂音。丸い獣が白煙に隠れた。

 風でもやが押しのけられると、タヌキの姿は消え、そこにいたのは、にょろにょろとしたヘビ。反り返った鼻を持つシシバナヘビ。名前にあるシシ鼻のシシとは、獅子ではなく猪のシシ。

 燃える猿神が足を止めて、かすかに後ずさった。恐怖の幻覚のなかに、幻覚のような不可思議な現象がまぎれこむ。

 シシバナヘビが、ぽん、と変身。

 今度はオポッサム。キタオポッサム。灰色の毛衣もういにまん丸い黒耳。ネズミにも似た有袋類ゆうたいるい

 お次はコマドリ。オレンジ色の羽衣ういの小鳥。聞きほれるような美しいさえずりを高らかに響かせる。

 変身は止まらない。

 カバ、プレーリードッグ、ブチハイエナ、リカオン、ダチョウ、ハイイロオオカミ、紀州犬、トムソンガゼル、フェネック、オオカワウソ……、めまぐるしく姿が変わる。

 まるで百獣の大行列を、スライド写真で見せられているかのようであった。

 その締めくくりとして登場したのが、獣たちの王。

 輝かんばかりの黄金色の毛衣もうい。濃褐色の勇ましいたてがみ。がっしりとした体躯たいくに張り詰めた筋肉。吊り上がった鋭い瞳はきりり。四肢しし鉤爪かぎづめ強靭きょうじんあごの牙は、ほむらにも劣らぬおそろしさ。

 ライオンが威厳たっぷりに、ごおお、と嵐のごと咆哮ほうこうをあげる。

 猿神はすぐさま背を向け、逃げだした。

 獣の身であれば恐怖せずにはいられない存在。

 命の終着点で待つ者。

 猿神は増大した恐怖により体力(HP)が削り取られ、炭となって、灰となって、消えていく。

 敵の撃破を確認したハンノキはアールキングのスキルを解除。

「あれ……?」

 ライオンがきょとんとしてあたりを見回す。

「どうなった!?」

 胴体と頭をつなげた紀州犬が周囲を警戒。林檎の果実をほおばり、減った体力(HP)を緊急回復。ライオンの姿に驚きながらも、ハンノキのこずえにらみつけた。

「なに考えてるんだ! この状況で無差別攻撃するなんて……!」

 紀州犬が憤慨ふんがいするが、ハンノキは開き直った態度。

「サルたちを倒したのですから、問題ないでしょう?」

「問題大ありだっ! 俺なんか自分で火につっこむところだったんだぞ!」

 純白のイヌの尻尾がほんのりと焦げている。幻覚のなかを彷徨さまよっているうちに火に近づいてしまったらしい。

 言い争うふたりをよそに、幻覚から解放されたマンチニールが、

「なんでライオンがここに? というかあんた、リーダーなのにどこにいってたの?」

「……ライオンちゃん?」林檎りんごも気がついた。

「それがさっぱり、よく分からないんですよ」と、ハンノキ。

 ライオンは魂が抜けたみたいに茫然ぼうぜんとしている。皆の言葉が聞こえていない様子に、紀州犬が駆け寄って、なにかを耳打ちした。ハッとして、たてがみや、前足の鉤爪かぎづめを見下ろし、そうして顔を上げる。

「俺様は……」

 言いかけて、言葉に詰まる。

「俺様……? ぼく……? 私……?」

「大丈夫? なんだか混乱しているみたいだけど……」

 あまりにも妙な具合に、マンチニールが気づかいの言葉をかけた瞬間、山の上のほうからとどろく銃声。身をすくませたライオンが地面に伏せる。

 鳴動めいどう。山がゆれている。絶え間ない銃声が、業火を切り裂くみたいにして、すこしずつ接近してくる。

 樹々を貫く巨大な角が火にひらいた。シロサイの太く重い四肢ししが地を打つたびに、林檎たちの元にまで振動が伝わってくる。灰色のおおきな背中には、翼を撃ち抜かれたケツァール鳥。

 山林を逃げ惑っているのはシロサイだけではない。ジャイアントイランド、オジロヌー、それからラブラドールレトリバー。

 動物たちを追い立てているのは猟銃を手にしたチンパンジーとボノボ。さらに、筋骨隆々のゴリラ。空では吹きすさぶ風に乗って、狒々ひひのスキルを使うマントヒヒが大笑いしながら飛びまわっている。

 魑魅魍魎ちみもうりょうどもが押し寄せてくる。

 ライオンは逃げだそうとする心と、立ち向かおうとする肉体アバター狭間はざまで身動きできなくなった。

 体が委縮いしゅくし、たてがみがしおれる。

 のどからこぼれた、いまにも消え入りそうな鳴き声が、ライオンをまるで子猫のように、か弱い存在に変えてしまっていた。

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