●ぽんぽこ15-30 植物族とサル軍団
林檎、マンチニール、ハンノキといった植物族たちが身を寄せ合う、山の奥まった場所にある林。それを取り囲むように迫りくる焔とサルたち。
敵の先頭に立つのはマンドリルとドリル。いずれもオナガザル科マンドリル属。オナガザルといっても、この二頭の尻尾は短い。大型のサルで、大型犬と同等ぐらいの体長。マンドリルのほうがドリルよりもおおきい。灰褐色の毛衣に、手足はほっそりとして長め。地面に四肢をつき、肩が筋肉質に盛りあがっている。そこまでは二種で共通しているが、顔を見れば一目瞭然の違い。マンドリルは鼻筋が真っ赤で、その左右が真っ青という派手な極彩色。一方、ドリルの顔面は真っ黒。
二頭の後ろに続くのはニホンザルとアカゲザル。これらもオナガザル科だが、マンドリルたちとは属が異なりマカク属。中型のサルたち。体毛は褐色で長め。顔と尻は真っ赤な皮膚が露出している。この二種も似た見た目だが、ニホンザルに比べて、アカゲザルのほうが尻尾が長い。
樹上にはクモザル、ホエザル、インドリの三頭。
クモザルとホエザルは共にクモザル科。クモザルの体長はニホンザルほどだが、ホエザルはその五割増しで、マンドリルに近い。いずれも濃褐色の毛衣。太く長くしなやかな尻尾は、ものが掴めるぐらいに自在に動かすことができ、五本目の手足として機能している。
インドリはキツネザルの近縁種だが、ワオキツネザルなどとは違って、尻尾が極端に短い。鼻づらが出っ張った顔は、どことなくキツネやクマに似ている。毛衣は黒と白。耳の毛はふっさり。体長はドリルよりもひとまわりちいさいぐらいで、ニホンザルやアカゲザルよりはおおきい。
合計七頭のサル軍団。そのなかで、クモザルだけが松明を手に、火をふりまき、火災を広げている。
立ち向かうのは戦闘可能な植物族たち。林檎たちの元から移動して、迎え撃つ態勢のカホクザンショウ、マンドラゴラ、クマザサ。
他に、植物族ではない紀州犬とクロハゲワシもいるが、こちらはそれぞれ林檎の根本あたりと枝で待機。敵の出方を窺いながら守備を固めている。このクロハゲワシはタヌキが化けた姿。
一本腕、一本足の山の精、山魈の肉体を使うカホクザンショウが、事前に積みあげておいた果実の山のそばに立った。こぶりな林檎に似た緑の果実。すべて毒樹マンチニールの猛毒の実。むんずと掴んで、敵に向かって投げつける。
顔面に食らったドリルが昏倒。そのまま二個、三個と浴びると、猛毒にまみれて体力が尽きた。
他のサルたちは、すぐに毒林檎だと察して、狙いを定めさせないよう散開。樹々を盾に、藪を隠れ蓑にしながら、間合いを詰めてくる。
いくつもの猛毒の果実が宙を乱れ飛ぶが、まったくあたらない。山魈はサルの身軽さにふりまわされるばかりで、ドリル以外をしとめることはできなかった。
散ったサルのうち、ニホンザルとアカゲザルが笹薮に足を踏み入れる。
マンドラゴラの叫び声。聞いたものに麻痺の状態異常を付与するおぞましい音。同時に笹薮から巨大な獣が身を起こす。クマザサの植物族がスキルによって生成した化け物イノシシ、猪笹王。クマほどの体格に、反り返った大牙。背中に密集する笹の葉が、クマザサの肉体と茎でつながっている。
笹を背負った化け物イノシシが、二頭のサルを討つべく疾駆。しかし、サルたちはなぜか麻痺しておらず、ひらりと攻撃をかわしたではないか。
ニホンザル、アカゲザルは両手を使って耳を塞いでいた。他の動物では難しい、両の手のひらをぴたりと耳に当てた聞かザルのポーズ。サルのみ可能な防御術。
攻撃を空振りした猪笹王。頭上に落ちる枝の影から、クモザルがぶらさがった。尻尾で体を支えて逆さづり。手に持っている松明で、化け物イノシシの背に生い茂る笹に点火しようと手を伸ばす。けれども、大牙が断固拒否。リードのような背中の笹で上体をひっぱって、無理矢理に体を起こすと、クモザルの胸を突いた。
クモザルを一撃で撃破。手にしていた松明が笹薮の外にとんでいく。これで危機をまぬがれた、かと思いきや、ニホンザルを踏み台にして高く跳躍したアカゲザルが、松明を掴み取って、すぐさま投げ戻してきた。
くるくると棒が回転し、火の軌道が円を描く。向かう先は猪笹王の顔面。避けることはできない。避けても一面に広がっているクマザサの肉体のどこかに燃え移るだけ。植物族にとっての火は、かすっただけで一撃必殺の威力を発揮する、理不尽すぎる暴力の権化。
回転する松明の火に触れないように、柄の部分に牙を当ててはじけば助かるかもしれない。が、そんな繊細な動作が可能とは、到底思えない。
炎上を覚悟しながらも、一縷の望みにかけて、牙をふりあげようとする。そんな化け物イノシシの鼻先を、白い毛玉が横切った。樹々の隙間をぬって飛んできたのはイヌの頭。犬神のスキルによって、胴体から切り離された、紀州犬の首。それが空中で松明を咥え取って、クマザサの窮地を救う。
火種を笹薮の外へ運ぶ。と、空飛ぶイヌの頭の、さらに頭上の梢から、腕がぬうっと伸びてきた。ホエザルの手が、松明を取り戻そうと開かれる。
紀州犬はするりと宙を滑って横にかわす。だが、その瞬間、ホエザルが叫んだ。至近距離で発せられた頭が割れるぐらいの大音響。ホエザルという名に恥じない、すさまじい吠え声。サルのように耳を塞げないイヌは、まともに音波攻撃を受けてしまって、前後を失う。
ぐらりとゆれた拍子に、松明をもぎ取られる。それは三度猪笹王に投げつけられた。化け物イノシシの背中に命中。背に密集する笹の葉に点火。すぐさま焔が燃えあがる。
猪笹王は走った。松明を背中から落っことさないようにしながら。すこしでも仲間たちから火を遠ざける。自らの燃える体を遠ざける。さらには一矢報いようと、いまだ笹薮のなかに残っていた、ニホンザルと、アカゲザルに向かって特攻をしかけた。
巨大なイノシシの右と左の巨大な牙が、二頭のサルそれぞれを貫かんとする、その直前、サルたちの姿が変貌。二本足で立ち上がり、筋肉が膨らんで、ゴリラのような大猿へと変化した。
両腕が前へ。正面から猪笹王の牙を受け止める。力を合わせ、足裏で土を激しく踏みしめながら、ふたりがかりで突進の勢いを殺しきった。
ニホンザルが使ったのは猿神のスキル。神と名にあるが、犬神と同じで、神聖なるものではなく妖怪のサル。ヒトに害をなし、女の生贄を求めるという化け物。
アカゲザルが使ったのはカク猿のスキル。カク猿とは雄しかおらず、ヒトの女をさらっては子供を産ませるというサルの怪物。
猿神とカク猿が、一本ずつ掴んだ大牙を怪力でもって押さえつける。猪笹王は暴れるが、そうしているうちにも背中から侵食した焔が全身を焼いていく。押すことはできず、引くことも許されない。口惜しさを抱えながら、クマザサの命力が急速に削られ、体力が尽きるより早くも消滅がやってきた。
クマザサが消えた野原にどっと焔が落っこちる。水しぶきがあがるみたいに火がとび散った。
たったひとつの火種によって、あっさりと燃やし尽くされた植物族の姿に紀州犬は愕然。風にあおられた火災が、周囲の草花や樹々に広がっていく。林檎やマンチニール、ハンノキは奥まったところにいるのでまだ大丈夫だが、いずれ火の手が届くことは、疑いの余地がない。
「助けて!」
声に目を向ける。延焼する大地を逃げるマンドラゴラ。遊歩する植物。二股のニンジンかダイコンの如き人型の肉体。足と同じような、ぽってりとした腕。洞か虫食いの如き三つの穴はそれぞれ目と口。頭の上では濃い紫のマンドラゴラの花がゆれている。
いまにも焔に食いつかれそうになっている植物族の元に、紀州犬の頭が馳せ参じようと空を飛ぶ。
その目の前に猿神とカク猿が立ちはだかった。
サルたちはおおきく跳ねながら、イヌの頭を追いまわす。紀州犬は伸ばされる手から逃れるのがやっと。マンドラゴラに近づけない。近づくどころか追い立てられるように、胴体を置いてきた方向へと、後退を余儀なくされてしまう。
いよいよ火の包囲網が狭まって、ちいさなマンドラゴラの体をぐるりと取り囲んだ。無慈悲にも焼き捨てられそうになったそのとき、大地を蹴りつける力強い音。山魈が跳躍して、カンガルーの如き幅跳びをすると、焔を跳び越えた。一本腕でマンドラゴラを拾いあげ、すぐ身を縮め、再び大ジャンプ。瓜に似た顔が煙を突っ切る。すんでのところでふたりとも燃えることなく脱出成功。
「ありがと……」
ほっと胸をなでおろすマンドラゴラ。そんな仲間の体をつまんで、山魈は心配げに眺めまわす。
「焦げたりしてないか?」
マンドラゴラはくすぐったそうにこぶのような手をばたつかせていたが、はっ、と身を硬くした。
「後ろっ!」
声に反応した山魈はマンドラゴラを地面に取り落とした。ふり向きざまに、怪力の一本腕での強烈な一撃を放つ。だが、背後にいた何者かに腕を掴まれ、攻撃は防がれてしまう。
一本腕を掴んだのも一本腕。
ふり返ったそこにいたのは、まぎれもなく山魈。
しかし、カホクザンショウが変貌した樹木の肉体とは異なり、その山魈は獣の毛におおわれていた。
一本腕、一本足、そしておそるべき怪力。
植物と獣。素材は違えど、鏡写しのような姿。
植物の山魈と獣の山魈が、火が迫る野にて相対した。