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●ぽんぽこ15-28 燃える血

 酒臭い可燃性の血を垂れ流す緋色ひいろのサル、猩々しょうじょう。オランウータンがスキルで変貌へんぼうした姿。杖のような松明たいまつをふりまわし、まき散らした血を燃料として、巨大なほむらを生み出していく。

 海水で毛衣もういらし、燃える花畑に突っこんだリカオンは、体で火を消し止めると、焼け残っていたリコリスの植物族ドリュアスを救出。球根を掘り返してくわえると、猩々がいる樹木の足元から急いで離脱。

 岩の陰に入ってリコリスを隠すと、ざらついた岩肌に頬をこすりつけるようにして、敵の様子をうかがう。猩々の周辺は緋色の液体とほむらで赤一色に染まっている。海水の流れは止まりつつあるが、すでに広がってしまっているよどんだ緋色の液体が山肌にへばりつき、火を運ぶ導火線と化している。

 放っておけば、火はふもとどころか、その向こう側にある草原にまで届いてしまう。ひいてはどこまでも延焼して、ピュシスそのものを焼きかねない。

「あれを倒せば、この血みたいな酒も消えるはずだ」と、リカオン。

「やめておきなさい。スキルのないあなたじゃ、あのおおきなサルの相手は無理」

 リコリスがあっさりと言って、

「だれかが助けにくるのを待ったほうがいいんじゃない」

「だれかって、だれだ?」

「それは……、ブチハイエナとか、シマウマとかが、そろそろ追いついてくるはずでしょ」

「待てない」

 ブチハイエナたちのいまの状況が分からない。いつくるか、そもそもこないかもしれない。猩々は緋色の液体をしたたらせながら、樹上を移動しはじめている。火災は刻一刻と、勢いを増して広がっている。このままでは見失ってしまう。

「無茶よ」

「無茶は承知だ」

 リカオンは落ち葉や小枝を払いのけると、リコリスの周囲に軽く土を積んで防火壁を作った。岩陰から身を乗りだすと、敵がいる方角へと足を踏みだす。

「ちょっと!」

「なんだ?」

 呼び止められて、黒ずんだ鼻先と、丸耳とがふり返る。

「助けてくれてありがとう。もう言えないかもしれないから、言っておく」

「いまは海水は使うなよ」

「使いたくても使えないよ。ちょっと燃えただけで命力(LP)がほとんどなくなっちゃった。あなたは燃えないようにね」

 リカオンは、くしゅん、と、くしゃみで返事してから、うなずいて、

「ああ。注意するよ。いってくる」

「いってらっしゃい」

 送りだされたリカオンが、地を蹴って猛然と山肌を走る。猩々の影が落ちる場所に立つと、激しくこずえに吠えたてた。緋色のサルは樹下にちらと視線を向けて、すぐに興味を失う。杖のような松明たいまつを口にくわえると、長い腕で枝を渡って移動してしまう。

 大地には点々と可燃性の血の跡。緋色のサルは枝の上から長い杖を差しだして、松明たいまつの火で血だまりに着火。そして、移動。それをくり返して、火の手を際限なく広げていく。そうしながら、自分自身は燃えないように、細心の注意を払っているようであった。

 まずは地上に敵をひきずりおろさないと戦いにならない。リカオンはあたりに視線を走らせて、こぶのように土が盛りあがっている場所へと向かう。フサオマキザルと戦った地点。そこに、敵からうばって放り投げていた松明たいまつが転がっていた。

 土の上に転がった棒からは火が消えている。気乗りしないが、えり好みしている場合でもない。道具を使えるのはサルだけの特権ではない。カラスにだって道具は使える。ならイヌにだって、それもヒトが操作しているならなおさら。

 棒切れをくわえて拾いあげると、先っぽで緋色の液体をすくって、燃えるやぶで火を灯した。松明たいまつの完成。それを持って、すぐに猩々の元へと戻る。

 緋色のサルは相も変わらず、せっせと火災を広げている。通り過ぎた樹木も燃やして、もはやあたりかまわずといったところ。

 血だまりを燃やすべく、枝の上から地面に伸ばされた緋色の長腕に向かって、リカオンが松明たいまつを突きつけた。猩々の全身は可燃性の液体でずぶれ。もし火に触れれば豪快に燃えること間違いなし。血酒は武器であり、弱点にもなっている。

 猩々は火を向けられても冷静な対応。杖でいなして、はねのける。樹上に腕をひっこめると、火の灯った棒をくわえているリカオンの様子を観察しはじめた。

 しばしのにらみあい。その後、リカオンは猩々がいる樹木の幹に火を近づけるそぶり。それを見た猩々は眉をしかめて、すぐさま隣の樹木へと逃げていく。

 樹上と地上で追いかけっこがはじまった。逃げるサルと追うイヌ。堂々巡りをしばらく続けると、サルは足を止めて、一本の樹木にどっしりと腰をおろした。地面のリカオンをぐっと見下ろす。火をつけようとするそぶりにも、動かない。

 リカオンはたじろぐ。樹木に火を近づけるのはあくまでもおどしで、本当に燃やす気はない。それを、このサルは見破っている。

 植物を燃やすなんて、考えるだけで心が震える。罪悪感がきあがる。放火サルを倒すための放火だとしても、悪を倒すために悪をなすことに抵抗感を覚える。だが、こちらができないとみるや、猩々は大胆な態度になって、体をゆすって、これ見よがしに緋色の液体をまき散らしはじめた。

 降り注ぐ緋色の雨に、リカオンは逃げ惑う。きれいごとばかりは言っていられない、と自分自身を説得する。いまリカオンがこの樹を燃やすことによってせき止められるかもしれない火災、その規模を意識する。

 耳が痛くなるほどに、火が轟々と叫びをあげて、樹々や草花がはぜ散っていた。

 やる、と決めてから、行動に移すまでは一瞬であった。

 横にくわえた松明たいまつの先端を、木肌に押しつける。樹上にいる猩々は驚いたみたいに燃える根本をのぞきこんで、憎々しげに歯をきだした。

 枝を渡って樹を移る。リカオンがついていく。そちらの樹も燃やそうとすると、こずえのなかから杖がとびだしてきた。リカオンをしとめる気になったらしい。

 サルの杖と、イヌの棒とが打ちあって、ついにはつばりあいになる。しばらく押し引きがあって、勝ったのはサル。イヌがくわえていた棒は、はじきとばされ、足元に落ちた。

 山にくさびを打ちこむみたいに、燃える杖の切っ先が樹上からふりおろされる。猩々は血を口から吐きだして、リカオンの頭から浴びせかけた。血と酒が混ざった悪臭にリカオンは顔をしかめる。松明たいまつが迫る。杖のに触れれば発火は必至。しかし、逃げたりはしない。リカオンの頭には、正面から立ち向うことしかなかった。

 リカオンは杖を見据えると、ほむらに対して噛みついた。

 口のなかで火を消し止める。喉が焼かれ、牙が折れた。それでも、負けじと杖をひっぱった。さんざん自然や仲間を燃したサルに対する憤怒が、リカオンを突き動かす燃料となって、その血を、心を激しく燃えあがらせていた。

 枝の上でぐらりと体勢を崩した緋色のサルが、杖を両手でにぎりなおす。綱引きみたいに腰を入れて耐える猩々を、リカオンは渾身の力でひっぱった。

 敵はリカオンの倍ほどの体重。本来ならば、力負けする体格差だが、枝の上から腕を伸ばす体勢のサルは十分に踏ん張りがきかず、重力の助力もあった。互角以上に渡りあう。

 緋色の液体が冷や汗みたいに滝になる。枝にしたたり、血まみれにして、サルの足を滑らした。

 サルが樹から落ちる。地上戦ともなれば、俊敏さでサルを圧倒できる自信がリカオンにはあった。

 だが、サルもただではやられてくれない。落下と同時に杖に全体重を乗せる。リカオンは咄嗟とっさに顔をそむけて、のどを突かれるのを避けた。杖は地面に深々と突き刺さる。はずみで横倒しになったリカオンの体を、着地した猩々の短い後ろ足が踏みつけた。長い腕を伸ばし、リカオンが取り落とした、まだ火が灯っている松明たいまつを拾うと、即座にふりおろしてくる。

 煌々こうこうとゆらめくほむらがやってくる。

 押さえつけられ、避けることができないとリカオンは悟る。

 自分が運んできた松明たいまつが、己を焼こうとしている。樹々を燃やしたむくいかもしれない。

 時間が異常に引き延ばされているように感じた。そして、ゲームのエンディングとはこういうものだろうかと思った。死んで終わり。バッドエンド。しかし、そんなことを考えるならば、あらゆる人生がバッドエンドということになってしまう。必ず死によって終結するのだから。かと言って、永遠の命がグッドエンドかと問われれば、そうでもない気がする。そもそも永遠ならエンドがないではないか。

 終わりとはどのように訪れるべきなのだろうか。死に様。良い死に様と、悪い死に様があるのか。分からない。分からないが、燃やされて、この世界、ピュシスでの死を迎えるのなら、せめてこいつを道連れにしてやろうと思った。

 リカオンは四肢ししを暴れさせて、わざと猩々の緋色の液体を自分の毛衣もういに広げた。

 ――盛大に燃えてやる。

 この緋色のサルすら巻きこむほどに。

 鼻先に焦げたにおいがやってきて、ほむらが視界をおおい尽くした。

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