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●ぽんぽこ15-27 火に包まれた山の頂で

 ブチハイエナたちが、テナガザルやアヌビスヒヒと戦っている頃。リカオンは一足先に山頂へとたどり着いた。

 葉も枝も燃え尽きて、炭化した釘のようになった樹木が山稜さんりょうには並んでいる。その内部にはまだ熱が巣食っているようで、木肌の表面に赤いまだら模様が明滅していた。

 白黄黒のあら毛衣もういのリカオンが、こぶのような土のでっぱりに乗って息をつく。おおきな丸耳と尻尾を立てて、鼻をとがらせ周囲を警戒。

 空で旋回するフラミンゴが合図を待っている。

 安全が確保されるまでは、リコリスを植えることはできない。

 まだ生焼けのこずえから、さっそく敵がとびだしてきた。なんだか威厳のあるサル。エンペラータマリン。口元にたっぷりとたくわえられた白ヒゲがくるんとカールしている。チワワほどのサイズの小型サル。リカオンの体長と比較すると四分の一ほど。

 敵は木切れのような松明たいまつを手に持っている。火に触れないように前足でたたき伏せて、牙で体力(HP)を削り取る。

 ちいさなサルを撃破した途端とたんにやってきたのはフサオマキザル。エンペラータマリンの倍ほどの体長。頭の側面にあるリーゼントのような黒い房毛が特徴的な中型のサル。太い尻尾を枝にからませて、四肢ししを使わずに樹の枝にぶらさがっている。

 こちらのサルの手にも松明たいまつ。尻尾だけで体を支えて、樹下にいるリカオンに向けて、棍棒こんぼうか、バットのごときスイングを放つ。

 打撃は避けたが、かすめた火が毛衣もういを焼き、わずかに焦げたあとがついた。二撃目に対して、横にまわりこんだリカオンが松明たいまつかじりつく。樹の上のサルと、樹の下のイヌとで棒の取り合い。力強くリカオンがひっぱると、フサオマキザルは枝から落下。リカオンはうばった松明たいまつを土の上に放り投げ、敵を地面におさえるつけると、牙を突き立て撃破する。

 二頭のサルを倒すと、敵の襲撃が途切れた。つゆはらいの役割を果たしたリカオンはしばらく様子を探っていたが、安全とみて空のフラミンゴを呼んだ。

「おーい。もう降りてきても大丈夫そうだ」

 山のてっぺんで燃えずに残っていた一際ひときわおおきな樹のそばで駆け回って誘導。紅色の翼が高度をさげて、無事に着陸。くちばしにくわえていたリコリスの植物族ドリュアスの球根を一番高い場所へと置く。

 ぐっ、と球根が沈みこみ、ぱっ、と火花のような花が咲いた。彼岸花ひがんばな曼殊沙華まんじゅしゃげなどとも呼ばれる花。

「運んでくれてありがとう」

 どこか照れたみたいに言うと、リコリスは分球で花畑を作った。分球とは球根植物の基本的な増殖方法。球根を分裂させて、自らのクローンを増やす。

 海の女神リュコリアスのスキルを発動。滾々こんこんきだした塩の水が、山肌を伝って流れ落ちていく。草花を侵食していた火は払われて、塩害によって枯れていく。海による豪快な除草。呑まれた樹々が腐り折れ、倒木すると、赤に染まったこずえが水にひたって、洗われる。

 山に茂る植物ごと、火を海で上書きしていく。なだらかな勾配こうばい遅々ちちとして進む流れが幾筋にも分岐して、広大な山の火災をゆっくりと鎮火ちんかしていく。

 ほむらが苦しげに身をよじって、煙と水蒸気とが入り混じる。そんな光景をリカオンは物憂ものうげに眺めていたが、水が跳ねる音がして、そちらへと目を向けた。

 大地に薄く張られた海水のまくを踏み抜くようにやってくるサル。カニクイザル。先程倒したフサオマキザルと同等の体格をした中型サル。ややせた体形で、毛衣もういは灰褐色。頭のてっぺんの毛がピンと棘のように立っているのが特徴。カニクイと名にあるが、カニだけを食べるわけではなく雑食。日常的に道具を利用するサルであり、カニや貝をたたき割るために石を器用に使いこなすという。

 投石。カニクイザルが石礫いしつぶてを放ってきた。運悪く頭部にクリーンヒットしてしまったフラミンゴが昏倒こんとう。しぶきをあげながら、海水の水たまりに倒れる。

 距離をあけて立ち止まったカニクイザルは次弾の小石を浅瀬のなかから拾いあげる。にぎりしめて、再び投げる。リカオンが回避すると、石はリコリスの花畑に突き刺さった。

 海水をはねさせながらリカオンが一直線に駆けだした。しなやかな四肢しし躍動やくどう。数発の石を食らったが、ものともせずに一気に距離を詰めて敵を引き裂く。

 このぐらいの相手であればリカオンの敵ではない。より大柄で姿が似通っているブチハイエナと一緒にいる機会が多いので、あなどられることもあるが、リカオンはイヌ科のなかでかなり上位の体格を持つ。オオカミにはかなわないものの、イエイヌの超大型犬やジャッカル、ドールなどと比較してもまったく遜色そんしょくはない。

「フラミンゴ、大丈夫か」

 声をかけると、ちょうど水たまりから紅色の鳥が長い首を持ちあげた。少々よろめきながら、おおきなくちばしを左右にふる。

「びっくりした。銃を持ってる敵もいるから、距離があっても気をつけないといけないね」

「ああ。奇襲には十分に……」

 リカオンが言いながら山肌に視線を向けて、それから戻すと、一瞬前にいたはずのフラミンゴが消えていた。水に沈んだのかと視線を下げる。透明な海水の水たまりには、おおきな水鳥を隠せるほどの深さはない。

「上!」

 リコリスの植物族ドリュアスが叫んだ。リカオンの瞳が海面に映る赤い影をとらえる。その影は、フラミンゴよりも、リコリスよりも、ほむらよりも赤々とした緋色ひいろ

 フラミンゴがいた場所の上に枝が張られている。その枝に腰かけているサル。オランウータン。非常に大柄なサル。顔にはフランジと呼ばれるでっぱりがあり、まるでお面をかぶっているよう。足は短く、腕が長い。その長い腕に、くびり殺されたフラミンゴがつかまれていた。サルは水鳥を投げ捨てて、にっ、とリカオンに笑いかける。

 オランウータンの全身は、目が覚めるような鮮烈せんれつな緋色に染まっていた。緋色の毛衣もういからにじみ出すようにして、ねばり気のある緋色の液体がしたたりはじめる。

 腐ったような血と酒のにおい。海水と混じりあい、山肌に緋色が広がっていく。

 緋色のサルの片手には杖のような長い松明たいまつ。枝の上から身を乗りだして、海面に浮かぶ液体に松明たいまつの先っぽが近づけられると、火が燃えあがった。川を伝って緋色の液体とほむらとが運ばれていく。しずまるかと思われた火災が、勢いを取り戻すきざし。

「リコリス! 海水を止めろ!」

 リカオンが叫ぶ。リコリスはすぐにスキルを解除したが、海水が完全に消えるにはタイムラグがある。このサルの狙いは水の流れを利用して火災を広げること。樹上のこずえに身を隠し、リコリスがスキルを使うのをじっと待っていたのだ。なんという狡猾なサル。

 オランウータンが使うスキルは猩々しょうじょう。酒好きのサルの化け物。その血は非常に強い赤で、染料にして染めた緋色ひいろは、猩々(しょうじょうと呼ばれる。

 緋色の液体は、血と酒の混合液のようなものらしく、可燃性。

 渓谷の縄張りで、魔法のイヌ、ファリニシュが海をワインに変えたときと似たような状況。ただし、あれが偶然だったのに対して、こちらは故意。松明たいまつにぎる緋色のサルからは、火災を起こそうというほの暗い悪意を感じる。

 枝を渡った猩々が、リコリスの花畑の上から緋色の液体を吐きかけた。松明たいまつが差しだされて着火。ほむらと花とが同化する。そうして燃え尽きようとする花畑に、リカオンが頭からとびこんでいった。

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