●ぽんぽこ15-24 サルの猛攻
体長、体格を自在に変えられるハヌマーンのスキルを使うサル、ハヌマンラングールが、巨大サルの姿から目に見えないぐらいの極小サルに変化。狛犬に続いて、獅子の体内に口から侵入し、これも破裂させた。
阿形の獅子と吽形の狛犬が形成していた絶対不可侵不可視の障壁が消えたのを見計らって、チンパンジーとボノボがすぐさま猟銃を構える。グレートデーンとピットブルを射殺。体力ごと命力を削られて消滅。
死の弾丸から動物たちが逃げ惑う。山に茂る細い樹々は、銃弾除けとしては頼りない。ラングールが極小サルとなって、どこかを漂っている。じっと隠れているのも危険。いつ体内に入られて、獅子と狛犬、チベタンマスティフとスタンダードプードルのように破裂させられるかも分からない。
シロサイを狙う弾丸を、ダチョウが体で受け止める。消滅。
「もらうよっ!」
駆けてきたマーゲイがペッカリーの体にとびついた。
「なにをだっ!?」
「あれ? ペッカリーってぼくのスキル知らないんだっけ?」
言いながら、すでに心臓を奪っている。
ペッカリーは死亡。消滅さえしていなければ、群れ戦以外で戦闘不能になったプレイヤーは所属する縄張りへと転送される。ペッカリーはサバンナへデスワープ。
生贄を得て、テスカトリポカのスキルを発動。マーゲイの肉体が煙に変わる。火災の煙とまじりあって、ヒョウ柄をした煙ネコがどろどろと仲間たちを隠した。弾丸が突き刺さってくるが、煙を素通りするだけでダメージはない。煙の向こうに貫通した弾丸が、オジロヌーの片角を折った。
仲間の盾にはなれないが、狙いをつけさせないことはできる。煙の体を膨張させて攪乱しながら、感覚を広げて、極小サルの居所を探す。
見つからない。となれば、あぶりだすまで。
煙ネコは朝に夜風を呼びだして、ごうごうと吹かせた。見えないぐらいにちいさな体では、風に抗うことはできないはず。
「俺も手伝おう!」
翡翠の翼をはためかせ、紅玉の胸を張ったケツァールが飛翔してくる。
「空高くに吹っ飛ばしちゃおう!」
「ようし!」
風と夜風が合わさって、二重螺旋の暴風となった。山中に出現した竜巻が、火炎を呑みこみながら急速に成長。巻きこまれたラングールがたまらず巨大化。竜巻すらも、ものともしないビルと見まごうほどの超々巨大サルに変化した。
ビルが崩落するみたいに、壁のようなこぶしがふりおろされる。
ケツァールは風で加速して回避。煙ネコの体をすり抜けたこぶしは地面へ。山が割れるのではないかという一撃。それがふいごとなったのか、火山が噴火するかの如くに、火災が一気に広がった。
こぶしにつぶされそうになったラブラドールレトリバーをゴールデンレトリバーがかばって死亡。ラングールの長大な尻尾で山肌が薙ぎ払われると、状況把握に飛びまわっていたヘビクイワシがはたき落とされ、離れた場所にいたライオンゴロシとクルミの植物族が全滅した。
もうもうと立ち昇る砂煙、火災の煙、それから硝煙にまみれた山を、煙ネコが空から見下ろす。山頂から麓までの半分ぐらいが、火災に見舞われてしまっている。火災のただなかにいるラングールは、火を踏んづけて、尻尾が燃えても平気な顔。ハヌマーンというサルの神は、火の神アグニの加護により火に焼かれることがないのだという。その効果もスキルによって付与されており、ハヌマンラングールは火に対して無敵。
「こんな大怪獣をどうやって倒せばいいんだ!」
ケツァールがわめく。
「ワタクシが!」
藪のなかから小粒なイエイヌが遠吠えをあげた。キャバリア・キング・チャールズ・スパニエル。魔法のイヌ、ファリニシュのスキルによって、立たせた尻尾から烈風を発射。事前にチワワに頼んで、ショロトルのスキルの強化で尻尾を二股にしてもらっている。ネコマタならぬイヌマタ。二本の尻尾による二倍の風。
魔法を帯びた風が向かう先はラングールではなくチンパンジーとボノボ。
ファリニシュが使える風の魔法は二種類。殺傷能力のある風の刃。狂気状態に陥らせる惑わしの風。いま放ったのは後者。
猟銃を持ったサルたちは狂気の状態異常に侵され、同じサルのラングールに銃口を向けた。銃弾が、続けざまに発射される。引き金を引く指は止まらない。本来なら装填が必要な銃だが、特別な装備品なのか、いくら撃っても弾が尽きない。
射撃音が鎖のようにつながって、無数の銃弾を浴びた超々巨大サルは、はじけるみたいにして消え去った
「やった!」
喜びの声をあげたファリニシュだったが、大物退治の余韻に浸る間もなく、乱射された銃弾が垂れた耳元をかすめる。
「ヒエェェ……」
身をすくませる。狂気のチンパンジーとボノボはより激しさを増して、猟銃を撃ち続ける。どこを狙っているのかも分からない無軌道な射撃。
サルたちの凶行を止めるべく、煙ネコが風に乗る。ボノボの首にからみついて締めあげる。そうして、煙の爪で喉を掻っ切ろうとしたが、腕が伸ばせない。後ろにひっぱられる。
不定形の体を捕縛する、自然の風ではない空気の流れ。
ふり向けばゴリラ。シルバーバックの銀色の毛衣に包まれた立派なゴリラ。
手に持っているのは文明の利器。掃除機。しかもコードレス。プレイヤーが装備品を使うときと同じく、虚空から出現した道具。ゴミをためる円柱状のタンクから延びたホースのパイプ部分を、ゴリラのおおきな手ががっしりと握り、ノズルが煙をからめとる。
すさまじい吸引力。煙ネコはスキルで夜風を呼び寄せて、逃れようとするが、尻尾の先っぽがすでに掃除機に食いつかれている。
上空にいるケツァールが旋風を起こして煙ネコを助けようとした。が、天に向かって撃ちこまれた銃弾に片翼を貫かれる。飛行不能。真っ逆さまに墜落。地面に激突するというところを、シロサイのおおきな背中に受け止められた。銃弾が飛び交う危険地帯からすぐに運びだされる。
「すまない。ありがとう……」
「気にするな」
駆けるシロサイの尻の上を弾がかすめる。動物界で最も硬いとされる分厚い皮膚が、いともたやすくえぐられる。銃のおそろしさを身をもって味わいながら、イランドや片角の折れたオジロヌーがいる幹の陰へと逃げこんだ。足元ではラブラドールレトリバーが身を縮めている。
その頃、煙ネコはすっぽりタンクに納められてしまっていた。その肉体はもう煙ではない。吸いこまれまいと抗っているうちに時間を浪費して、ゴミのタンクに入った瞬間にスキルの効果が切れた。煙から、ただのネコの体に戻る。生贄に使える仲間は近くにおらず、脱出不可能な監獄。窓のないケージ。ゴリラは掃除機を山中に投棄。ごろんと転がり、藪のなか。
掃除機の外ではまだまだ銃声が鳴りやまない。
飛び道具には飛び道具を。銃弾を避けて、身を低くしたファリニシュが風の刃を発射。梢の葉を散らし、焔を躍らせ、風は直進。そのままチンパンジーを引き裂くかに思えたが、触れる直前で霧散。もう一度、二度、三度と発射するが、結果は同じ。
理由を求めて、ファリニシュが耳を持ちあげ、鼻を向ける。すると、チンパンジーとボノボのそばに、ゴリラとは別に、もう一頭のサルがいることに気がついた。
マントヒヒ。ふっさりとした灰色の長毛。頭の側面や、肩回りの毛が特に長く、マントを着ているようにも見える。顔や尻は無毛で皮膚は紅色。
大柄なサルだった。それがますます大柄に変貌する。ゴリラを超える体格。マントのような長毛をひるがえし、顔がひっくり返りそうなぐらいにくちびるをめくれあげると、大笑いをしはじめた。雲がざわめき、風がどよめく。
二股の尻尾を立てたファリニシュが再び風の刃をとばす。それは見る間にほどかれて、敵にまでは届かない。
マントヒヒが使っているスキルによる妨害。狒々のスキル。狒々とは大柄なサルの化け物。怪力を持ち、人語を操り、人の心を読み、さらには風雲を操って、宙をとびまわるという。
チンパンジーとボノボがお互いを撃ち合わないのを疑問に思っていたが、これもまた、狒々の仕業らしかった。猟銃を持ったサルたちの周囲には複雑な風の流れができている。風を使った猿回しで、同士討ちを防いでいるのだ。
諦めの悪いファリニシュが、まだ風の魔法を使おうと身を起こすと、ゴリラが投げた火のついた棍棒がすさまじい勢いでとんできた。狒々が起こした風に乗って、イヌの頭を打ち砕く。ファリニシュのスキルを使っていたスパニエルが撃破されたことで、チンパンジーとボノボの状態異常が解かれた。ふたつの銃口が狂気から殺意に上書きされ、燃える山のなかに隠れる獣を探す。
打ち捨てられた掃除機の胃のなかで、マーゲイが暴れる。けれど、どうやっても脱出できそうにない。フィルターは分厚く、グラスファイバーかなにからしい壁は頑丈で、爪が通らない。
「琥珀浄瓶や紫金紅葫蘆じゃあるまいし……、くそっ!」
悪態は胃のなかの蛙。業火と銃声にかき消され、だれの耳にも届かなかった。