●ぽんぽこ15-23 犬猿大乱闘
チンパンジーの猟銃で足を撃ち抜かれたフェンリルに、すぐさまゴリラがのしかかった。鬼の棍棒の如き太い松明で、大狼の体を打ち据える。灰色の毛衣に焔が乗り移ると、蹴りつけられて、斜面を転がり落ちた。坂の下にいたギンドロもろとも火炎に呑まれて、ふたりとも消滅。あっという間の出来事だった。
プレイヤーたちはしばし茫然。だが、次の瞬間にはそれぞれがなすべきことを自覚し、動きだしていた。
だれも逃げたりはしない。もし、逃げても咎める者はいなかっただろう。おそろしい火。おそろしい銃。しかし、それよりも、非道なおこないを見せつけるサルを放置して、親しいプレイヤーや自然が失われることのほうが、よほどおそろしく感じた。
身ひとつの獣たちはもとより、この場にいる植物族たちも全員、肉体に余裕がない。というのも、直前の試合で全滅、撃破させられていたので、予備の肉体が渓谷の縄張りに残されていない。複数の肉体間で操作を切り変えて、移動しようにも、移る先の肉体がないのだ。急ピッチで種をまいたり、分球で、山に植物族の陣を敷く。
迷いなく先陣を切ったのは、ハイイロオオカミの遠吠えから情報を受け取ったイエイヌたち。
チベタンマスティフが阿形の獅子、スタンダードプードルが吽形の狛犬の肉体に変貌。スキルの効果によって、ふたりを結ぶ線上に見えない障壁、結界が形成されて、そそり立つ。絶対的不可侵の結界を前に運び、チンパンジーとボノボの射撃から仲間たちを守った。
空中で跳ね返されて、ぽとりと草に落ちた銃弾に、サルたちは見えない壁の存在に感づく、そして、それを発生させているのが、獅子と狛犬のふたりだということをすぐさま理解。優先して撃破すべき標的として定める。サルがキィキィと鳴き声をあげながら左右に散ると、両翼を広げるみたいにして火災が左右へと延長されていく。
小型のサルたちが獅子と狛犬に群がる。
メガネザル。マーモセット。リスザル。
メガネザルは爛々としたおおきな瞳が特徴。自身の脳と同等の重さの目玉が、顔の大部分を占めている。マーモセットは耳元に長く白い毛が生えており、霊長類には珍しく鉤爪を持つサル。リスザルは名前の通り、リスぐらいの体格に、リスみたいな毛色。
ヒトの手のひらに乗るぐらいの小型サルたち。樹上から跳躍して、手にした松明で、イヌを焼こうとしている。
だが、子猿たちはすぐに超大型犬グレートデーンと、獰猛なピットブルに蹴散らされた。さらには、ラブラドールレトリバーとゴールデンレトリバーが、ウシほどの体格で全身緑の妖精犬クー・シーと、一つ目、三つ尾のイヌの妖怪、讙の肉体になって、獅子と狛犬を護衛。子猿は瞬く間に撃破されて、そのグラフィックは消え去る。
結界がこの戦闘での守りの要。その能力を主軸に戦えというのが、ハイイロオオカミが遠吠えで残した指示。
「イライラするぜ」
ピットブルが嫌悪感を露わにする。他のイエイヌたちも、同じようにイラついている。どうにもこのサルというやつ、イヌたちの癇に障る。本能的ななにかが刺激される。だれひとりとして犬猿の仲という言葉を知っていたわけではなかったが、まさしくそのような関係。
もしくは、皆、意識してはいなかったが、ハイイロオオカミが撃ち殺されたことに対する憤慨が、爆発しそうになっているのかもしれなかった。
山に火の輪が描かれて、結界の側面をまわりこんでくる。火の手が広がり、山が明々とした輝きに包まれていく。火災と共にやってきた中型のサルたち。ほっそりとして灰褐色のボンネットモンキーと、ずんぐりとして黒い体のムーアモンキー。それをシロサイが一瞬で撃破した。
突進による大角の攻撃は、当たれば一撃必殺の威力。敵が斜面の上にいるので、やや勢いが殺されてしまうが、それでもサルを討つぐらいであれば十分。敵性NPCと比べれば、遥かに脆い。
樹上でホエザルが不快な叫びをあげる。赤黒い褐色のもこもことした毛衣の大型のサル。おおきな喉とのど袋によって発せられる大音響が、山中に轟いた。
聴覚に優れるシロサイが思わず頭を伏せる。ホエザルがいる樹木の幹にジャイアントイランド、オジロヌーが次々と角を突き立てて、植物オブジェクトを破壊。倒木と共に地面におりてきたホエザルにペッカリーが体当たり。さらに、ダチョウが蹴りつけようとしたが、かわされて、そのまま再び別の樹上へ。枝を渡って逃げられてしまう。
近くで銃弾が飛び交っている。けれど、シロサイたちに当たることはない。獅子と狛犬が戦場の様子を把握して、全員を守ろうと、結界の角度や幅を適時変えてくれている。
頼りになる強力な防壁。しかし、チンパンジーとボノボは壁を撃ち貫けないと見るや、銃弾を囮と割り切って、獅子と狛犬をひきつけ、他のサルたちを結界の向こうへと側面から進軍させることに注力しはじめた。
トウモロコシの植物族がサルたちに貪り食われている。
大柄なテングザルに率いられた、小型のサルのワオキツネザル、スローロリス、アイアイ。
テングザルは瓜みたいな長く太い鼻、指のあいだに水かきがある変わった風貌。ワオキツネザルは、キツネのように鼻先がとんがった顔に、白黒の縞模様の尻尾。ゆったりとした動きのスローロリス。細くて器用な指をしているアイアイはユビザルという異名を持つ。
ほじくられたトウモロコシは、穴ぼこだらけの無残な見た目。仕上げとばかりにアイアイが、マッチ棒のような松明を投げ入れると、トウモロコシの長いひげに着火。
火付けをした腹いっぱいのサルたちはすぐ退散しようとしたが、その鼻先に甘い香りが漂ってきた。ふらついて千鳥足。強風が渦巻き、火が燃え広がる前にぼやを消し止める。
飛来してきたケツァール鳥が、翡翠と紅玉色の羽衣を閃かせ、ケツァルコアトルのスキルで強化された怪力でもってスローロリスとアイアイを連続撃破。風を起こしたのもこのスキルによるもの。運んできた香りはリュウゼツランの植物族が使うスキル、マヤウェルの効果による酩酊を催す酒のにおい。
続いてテングザルとワオキツネザルを仕留めるべく、くちばしを向ける。二頭は早くも酩酊状態から回復していた。鼻先に燃えた草を持って嗅いでいる。それで香りを中和しているらしい。
低い鳴き声。テングザルのおおきな鼻は、鳴き声を反響させて、拡大させる役割を持つ。声に反応して、ワオキツネザルがトウモロコシ畑に身を隠した。
「こっちに隠れてる」
トウモロコシの植物族が敵の位置を仲間に伝えると、翡翠の翼が向けられる。地面をすくいあげるような角度での急降下。長大な尾羽がたなびく。棘のような黄色いくちばしが、サルの命を奪うべく、突きだされたそのとき、横合いから石礫。
向かい風を起こして急ブレーキ。石を投げたのはテングザル。そちらに気を取られていると、足元でワオキツネザルが跳躍した。
ワオキツネザルは優れたジャンプ力を持つサル。前肢に比べて後肢が五割ほど長く、体重も軽い。ケツァールが起こした向かい風に乗って、鳥を捕まえるべく、手を伸ばした。
側面からの投石と、正面のサル。対応に迷ったケツァールの翼の動きが鈍る。そんな背中からも、石礫。雨のように、空からとんできた石に、ケツァールは驚いて翼をひるがえした。
だが、その石礫は煌びやかな鳥を狙ったものではなかった。ワオキツネザルの顔面に一打。さらにはテングザルの鼻にも。容赦のない礫の連打がサルたちを蹂躙、撃破。
「生意気なんだよ」
飛んできたトンビが、倒したテングザルに向けた言葉。
「おれさまより天狗っぽい顔しやがって」
トンビが使ったのは天狗のスキル。天から石が降ってくる天狗礫という怪現象。天狗というのは山伏と結び付けられる前には、鳶、つまりトンビと深い関係がある存在であった。
「トンビ。なかなかやるじゃないか」
ケツァールが関心しながら、
「リュウゼツランを守ってやってくれ。ついでにトウモロコシも。俺は敵の本陣をたたいてくる」
「任せとけ」
「頼んだぞ」
言って、翡翠の翼が、銃声が鳴り響く方角へと飛んでいった。
火を避けて後方支援に徹していた植物族の元にも、続々とサルがやってくる。フクロウのようなおおきな瞳から、フクロウザルの異名があるヨザル。真っ黒な毛衣と肌のクロザル。ライオンのようなたてがみと、房のある尻尾を持つシシオザル。
マンドラゴラの絶叫がサルたちを麻痺させる。サルたちが足を踏み入れているのは笹薮。クマザサがスキルで生成した巨大なイノシシの化け物、猪笹王のテリトリー。反り返った牙が、クロザルとヨザルを貫く。
シシオザルだけは反射的に耳を塞いで逃れたが、その背中にライオンゴロシの果実がぶつけられる。多数の鉤をからませたような凶悪な果実。果実を投げたのはカホウザンショウ。一本腕、一本足の化け物、山魈の肉体。シシオザルを的にして鋭い鉤のある果実の剛速球。ライオンに似たサルは倒れ、ライオンゴロシの果実に埋もれて撃破された。ライオンゴロシの植物族はご満悦。
サルの数はみるみる減り、火の手が広がる勢いも衰える。
そのまま、プレイヤー連合軍が、サル軍団を圧倒するかに思われた、のだが。
「プードル!」
阿形の獅子が、狛犬に向かって叫んだ。
相棒は、驚愕の表情を浮かべ、次の瞬間に破裂。
吽形の狛犬がいたその場所に、超巨大サルが出現した。
「こいつ……! スキルが使えるのか……!」
灰褐色の長毛に包まれたサル、ハヌマンラングール。背丈よりも長い尻尾を持つサル。使っているのは、名前の由来となったサルの神、ハヌマーンのスキル。その効果により、自身の肉体のおおきさを変幻自在に変えることができる。
毛の一本ぐらいにまで縮小すると、口を固く閉じていた吽形の狛犬の鼻の孔から体内に侵入。今度はゾウぐらいに巨大化し、狛犬を破裂させたというわけだった。
獅子と狛犬のスキルは、ふたりそろっていなければ効果を発揮しない。
結界が消え、皆を守っていた盾がなくなる。
銃弾の雨が降り注いだ。




