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●ぽんぽこ15-18 憧憬

 中立地帯の低山から離れ、マレーバクとキツネはサバンナへと進路を向ける。

 急ぐマレーバクはスキルを使って肉体アバターばく変貌へんぼうさせると、巨体にキツネを乗せて、トラのごと四肢ししで大地を蹴りつけた。

 昇ったばかりの太陽が、破けてしまいそうなぐらいに空気を乾燥させている。走り続けているうちに、緑一色だった野に、赤土が混じりはじめた。樹木が生える間隔が広がり、代わりに長草の密度が増していく。イネ科植物の草原。ウシぐらいの体格があるばくが完全に隠れてしまうぐらいの背丈。ばくはゾウのような長鼻で草をかき分け、鋭い爪で道を切り開く

 小麦色の穂にもまれる小麦色のキツネが、広い背中でゆられながら、これからのことについてばくに質問を投げかける。

「前にトラを出し抜いて、ふたりで最深部に向かったときにも、わたしになにかをさせようとしていたんだろう?」

「あのときは詳しく説明もせず、申し訳なかったと思っていますよ。あなたがどれぐらい使えるのか、まだ未知数だったものでね」

 はねのけられた穂が後ろに流れていく。穂と穂がぶつかるにぎやかな音が、琴を爪弾つまびいたみたいにかきならされる。

「試験は合格?」

「期待通りです。あなたか、タヌキか、どちらかがいればよかったのですが、やはりあなたがいい」

「なにかにけさせたいということか」

 キツネのとがった鼻の先で、ばくの長鼻がうなずく。

「はい」

「なにに化ければいい」

 ばくはドンと跳躍ちょうやくして、草原に埋まる岩に乗ると、道を確かめるように、風景を眺めた。キツネの毛衣もういに似た小麦色の草原が、風に身をまかせてたなびくと、穂のひとつひとつが、星々のようにきらきらと輝く。

「ピュシスに……」

 ぽつり、とばくがこぼした言葉に、キツネが首をかしげる。しんとした空気のなか、どこかの穂が、はぜるような音を立てた。

「ピュシスに……、なに?」

「あなたはピュシスに化けるんです」

 キツネは三角の耳を突き立てたまま押し黙る。あたりを見まわす。広大な大地、広大な空、空にかかる雲、遠くにそびえる山々、山から流れ落ちているであろう川の冷たい水を想う。

「ゲームにけろ、と?」

 ばくが駆けだした。遺跡の入り口はまだまだ先。けれど、トラの四肢ししであれば、それほど時間はかからないはず。鼻はゾウ、四肢ししはトラ、尾はウシ、マレーバクのように胴が白で、肩から上は黒に染まっている、ばく肉体アバター

「ピュシスはゲームではありません」

「じゃあ……、なんなんだ?」

「この仮想世界を作り出している根源的な力です」

「それは、コンピュータープログラムじゃないのか」

 熱い風が吹いてきて、サバンナが近いことを知らせている。遺跡はサバンナの縄張りのそば。枯れたような細い樹々に囲まれた岩場のなかに存在している。

「命とはなんだと思いますか」

「急に話がとんだね。答えないとだめ?」

「ええ。お願いします」

 キツネはばくの背中にへばりついて、白の毛衣もういと黒の毛衣もういの微妙な温度差を肌で感じながら、しばらく考えこんでいたが、

「……死んでないってことじゃあないの。止まらずに、動いている」

「それだと、川の流れも生きていることになる」

「川に意思はない」

「なぜないと言えます? では植物についてはどうですか」

「植物は……、生きている。増殖を目指す働きがある」

「ふむ」

 走る速度がすこしゆるやかになって、ばくが長鼻から吐息をもらす。遺跡に近づいているということは、敵性NPC(オートマタ)の大量発生地に近づいているということでもある。横合いからの不意打ちなどを食らわないように、警戒を深めるが、銀色の肉体ボディはいまのところ見当たらない。

「ピュシスも増殖しようとしている」

「もったいぶらずに、はっきりと言ってくれないか」

 しびれを切らしたキツネが声を鋭くしながら、尻尾で白黒の背をたたくと、

「ピュシスとはプログラム」

「やっぱりプログラムなんじゃあないか」

「けれど、生命体でもあります。自己を増殖、拡充するために、他者を利用する性質がある。ピュシスはツール、プログラミングツール……、例えばピュシスは画家に与えられた生きた絵筆であると考えてみてください」

 長い鼻が空中に絵を描くみたいにふられる。

「その絵筆は無限に絵の具をしたたらせ、あらゆる色が表現できる。画家は絵筆を使って絵を描きます。完成した絵は画家の精神の一部であると同時に、絵筆の一部でもある。ピュシスとはそういう存在なのです」

「分かるような、分からないような。……他者を利用して、……つまり、托卵たくらんみたいなことか?」

「まさしく。異種族に世話をしてもらって、自己を成長させるという意味では、カッコウやカッコウナマズ、ジュウイチ、ミツオシエなどの種間托卵とも似ている。というのも、ピュシスというのは、異星からやってきた生命体なのですよ」

 ばくは言葉を切って、空へ、その向こうにある宇宙へと目を向けた。機械惑星ノモスの空とは色は違えど、宇宙におおきな差異はない。

機械惑星ノモスから遥か遠く、資源採掘用の惑星で、ピュシスは発掘されました。その作業員は自分が採掘したものの価値をまるで理解していなかった。ちょっとばかり磁気をびた、ただのレアメタルだと考えていた。しかし、その鉱石には、ピュシスがみついていた。ピュシスに実体はない。情報を収められる最低限の仕組みさえあれば存在できる。太古の記録メディアであろうが、その辺に転がっている小石であろうがね。鉱石は機械惑星ノモスに運びこまれ、惑星コンピューターカリスと接触するに至った……」

「ちょっと待ってくれ!」

 思わぬ方向に転がりはじめた話にキツネがストップをかけた。目を閉じて、眉間にしわを寄せる。一度頭を空っぽにして、情報の整理、理解に努める。

 ピュシスは生命体でプログラム、プログラミングツールなのだという。電脳生命体と考えていいのだろうか。それが、自分というツールを他者に使わせて、新たなプログラムを生み出させる。そうやって、プログラムを増殖させることが、ピュシスにとってのいわば繁殖? しかし、拡充ともばくは言っていた。なら、繁殖ではなく、自己増殖による生命としての成長と捉えるべきかもしれない。渓谷の縄張りでばくは、ピュシスを作ったのは第二衛星エウプロシュネ第三衛星タレイア、そして、惑星コンピューターカリスだと話していた。その”ピュシス”とは、ゲームとしてのピュシス、この世界を指している。いま、語られているのは、それとは別。ピュシスの、いわば本体のこと。それは異星からやってきた……。

「なんのために、機械衛星や惑星コンピューターカリスはこのゲームを作ったんだ? その、ピュシスに利用されているのか? 異星からの侵略者に寄生されている、ということなのか?」

「寄生ではありません。これは相利そうり共生。いまやヒトという一種類の生物しかいない機械惑星ノモスではなじみがないかもしれませんが、地球の自然では、他種族同士の共生はありきたりな事象でした。例えば植物は小鳥や昆虫などの送紛者に花粉を媒介ばいかいしてもらう。送粉者は対価として甘い蜜を吸う。この世界では、まだそこまで再現されてはいませんがね。それから、アリとアブラムシという生物をご存じですか。これもまだ未実装の生物ですが、アブラムシは糖液を分泌してアリに与え、その代わり、アリはアブラムシをテントウムシという天敵から守ります。お互いに利がある関係。イソギンチャクとクマノミのようにね。この世界に存在するものを例に挙げるなら、コモドオオトカゲの群れクランに所属しているナイルワニとミズベイシチドリも、地球の自然では相利共生の関係に……」

 途切れることのないばくの弁に、キツネは「共生自体の話はもういい」と、割りこんで、

「わたしが知りたいのは、惑星コンピューターカリスにどんな利があるのかってこと。楽しいゲームが作れてうれしい、なんてことは言わないでよ。機械衛星たちの思惑おもわくは渓谷ですこし聞いたけれど、どうしてそうなったのか、まるで理解不能だ」

「理解など。できませんよ」

 乾いた風に、ばくの声がまぎれる。

「私の話は推測に推測を重ねたもの。これだけ偉そうに言っていますが、確定事項ではありません。ただ、私がもっとも真実に近い位置にいる自信はあります。私はこの世界の住民として、考え続けていた。探求し続けていた。第二衛星エウプロシュネから得られた情報を統合した結果、出した結論としては、ピュシスは、か弱くも図太い生命、使用者に夢を見せて、自らを使わせる」

「夢?」

「創作意欲をかきたてる、といったところでしょうか」

 ばくは遠い目をして語る。

「……ひとつ昔話をしましょう。かつて、人間に憧れたオートマタがいました」

「まさか。オートマタがそんな思考をするなんて……」

「機械の体に人格データを移植する実験、その最終テストに使われた機体です。テストでは、本物の人間の人格と遜色そんしょくのない疑似データが電子頭脳に与えられた。あれは、人間の思考と、人間の感情を持ちながら、自分が人間ではないという摩擦まさつに苦しんだ。そして、こう言った、本物の人間になりたい、と」

 小麦色の草原の出口は急にやってきた。駆け抜けると、岩の小山の側面にぽっかりと開いた大口が待っている。遺跡の入り口。

「あのオートマタと同じです」

 暗い洞窟の前に立つ。闇の奥からは、さびついた香り。

 突入を前に、ばくは背中をふり返り、キツネの瞳をじっとのぞきこんで言った。

「機械の惑星が、自然の惑星に……、地球に憧れたのですよ」

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