●ぽんぽこ15-14 たくさんの別れ
「森林火災、ですか」
ブチハイエナがクルミの梢に尋ねる。クルミの植物族へではなく、その枝でとぐろを巻いているオオアナコンダに向けた言葉。規格外の体長を持つ大蛇は、枝に乗り切らない体をだらりと垂れさげて、二つに分かれた舌の先を、焔のようにちろちろと躍らせる。
「俺がシロサイやマーゲイとゴールに向かっている途中、海が広がっていた。それを渡って小島についたところで、海が酒に変わった。で、そのあと海が炎上。森も燃えていた。たぶん、森が先に燃えていて、酒の海に引火したんだろうな。そこから先のことは知らない。マーゲイに心臓をくれてやって、死体になっていたから」
「火災……、こわい……」
クルミの枝から規則正しい葉脈の木の葉がはらはらと落ちる。
リカオンとシマウマが、ううむ、と唸って爪と蹄を踏みしめた。
周囲にはギンドロの群れのカホクザンショウ、マンドラゴラ、クマザサにライオンゴロシといった植物族もいて、真剣に話を聞いている。さらにその後ろに、林檎とマンチニール。
「放火したのはウルフハウンドだよ」マンチニールが話を継ぐ「頭が三つになってた。ケルベロスのスキルだ。タゲリとトリカブトが燃やされて、消滅した」
「ふたり以外は?」
つややかな緑の葉っぱに紫の花を腰掛けさせたマンドラゴラが質問すると、マンチニールは答えに窮する。代わりに林檎が、
「たくさん燃えてしまったみたい。ゴールの近くを中心として、すごく広い範囲にまで火の手がまわってた。本拠地に集まっていた植物族は、ギンドロちゃん以外全員消滅したんだと思う」
「ってことは、スミミザクラとか、シロバナワタ、スナバコノキ……」
ライオンゴロシが仲間の配置を思い出しながら並べると、カホクザンショウが、
「おれは火災が起きるたぶんちょっと前ぐらいに本拠地あたりにいたけど、モミ、オオオナモミ、チヂミザサ、ヌスビトハギ、ジャイアントホグウィード、ギンピ・ギンピ、それからヤドリギもいたはず」
「みんな消滅しちゃったの?」
あまりの数に衝撃を受けたマンドラゴラが悲鳴にも似た声をあげる。
「この中立地帯に転送されてもいないみたいだし」カホクザンショウが枝ぶりを伸ばして、「しかし、さっぱり分からない。おれを木っ端微塵にしてすっ飛んでいった麒麟がそのままゴールするのかと思っていたが、そうはならなかったのか」
「キリン?」
ブチハイエナの黒ずんだ鼻が左右にふられる。
「姿が見えませんね。火災に巻きこまれて消滅したということでしょうか」
「残念だが、そうなんだろうな」
リカオンが暗い声を落っことして、
「それで、放火犯のウルフハウンドはどうなったんだ」
油断のない視線をあたりに巡らせる。
「さっきオオカミちゃんとすれ違ったけど、消滅したって言ってたよ。それから、ギンドロちゃんとお話ししてくるって」と、林檎。
「なるほど。とりあえず、火の脅威に怯える必要はないってことか」
「私たちも長のところへいきましょう」
マンドラゴラが仲間たちに呼びかけると、マンチニールが、
「いまはひとりにしておいてあげたほうがいいと思う」
すると、クマザサが敵意も隠さずに白い隈取りのある刃のような葉を茂らせて、
「でも、ハイイロオオカミのやつがいったんだろ。それが心配だ」
「オオカミちゃんなら大丈夫よ。いい子だから」
「獣は好かん。信用できん」とがったままの声。
「おれはマンチニールに賛成だな」
カホクザンショウが言うと、クマザサは「うーん」と考えこむ。
「そういえば、そちらの長はどうしたんだ。ライオンは」
ライオンゴロシの植物族が鉤状の果実を鋭くして聞くと、オオアナコンダがクルミの樹上でにょろりと首をもたげた。
「そういえばいないな。消滅したのかな」
「ライオンともあろう者が消滅!?」
声を裏返らせるライオンゴロシ。
「それなら、平気だと思う」林檎がわずかに言葉を濁しながら、
「火災が起きたとき一緒にいたの。それで紀州犬ちゃんたちと、なんとかするって出火場所に走っていって、それからしばらくして鎮火したのよ」
「なら、ライオンがウルフハウンドを仕留めたってことか。さすがだな」
刺激的な赤い実をころころとゆらして、カホクザンショウの枝が頷くみたいにゆすられる。
「まあライオンならそれぐらいは造作もないだろうな」
と、ライオンゴロシ。
「……私は王を探してきます」
輪を抜けようとするブチハイエナに、シマウマが声をかける。
「僕も手伝おう」
けれど、すげなく、
「結構。リカオンは群れの者たちをまとめておいてください。すこし休憩したら遺跡に向かいます。度重なる勝利で潤沢な命力がたまりました。これなら最深部にあるという模造街を占拠するのも容易いでしょう」
くしゅん、とリカオンはくしゃみを返事代わりにして、
「承知した。戦力を集めておく」
すぐにブチハイエナが駆けていく。斜面をのぼって、低山の反対側を確認するらしい。藪の向こうに見えなくなると、オオアナコンダがクルミの枝から地面におりてきて、リカオンに首を伸ばした。
「俺は自分の群れに帰る。キングコブラの群れにな。なかなか楽しかったぞ」
「遺跡までついてくるのかと思ってたんだが、もういいのか?」
「これだけ戦闘させてもらえれば満足もするさ。それに、トーナメントの試合にだけって約束で、傭兵として雇われていたわけだからな。残っていると、ブチハイエナにどやされる。あの口やかましいのにはもうこりごりだ」
心底うんざりというように首をぶらんとふって、
「言っておいてくれ。堅苦しいのもほどほどにして、もうすこし丸くなれってな。あと笑顔がこわい」
「そういうことは自分で言ってくれよ」
リカオンが鼻を鳴らすと、オオアナコンダは長い背中を向けて、
「いやだよ。俺が言ってたって言えばいいだけだろ。じゃあな」
手をふる代わりに尻尾がふられる。
「いつでもサバンナに遊びにこいよ」
リカオンが別れの鳴き声をあげた。シマウマもヒヒンと鳴く。クルミや林檎が梢を風に震わせる。
「乾いた大地は肌に合わない。熱帯雨林が恋しいよ」
そんな言葉をこぼしながら、大蛇は鱗をぬめらせて、どろどろと傾斜をくだって去っていった。