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▽こんこん14-1 ごめんなさい

「老人って、もっと目覚めがいいものかと思ってた。朝一番にきても、食物フード店が開いてるんだもの。いつ起きてるのか私が聞いたとき、おばあちゃん言ってたよね。第一衛星アグライアが昇る前って。びっくり。私そんなに早起きしたことないよ。どうしてなのかな。夜どんなに早く寝ても、朝は同じ時間に起きちゃうんだ。そういうふうになっちゃってるんだね。知ってた? 植物も眠るんだって。人間の睡眠とはだいぶ違うけど。夜は光合成ができないから、いわゆる休眠状態になるんだ。だから、私も、偽物の太陽が空に浮かばないと起きないようになってるのかも。……ふふ、これは言い訳だね。

 その点、おばあちゃんは、本当にキリンだよね。ほんのちょっぴりしか寝ないんだから。働き者だ。立派立派。けど、もうすこし休んだほうがいいよ。このお店、亡くなった旦那さんのお店なんだってね。頑張りたいのは分かる気もするけど。ゆっくり、休まなきゃ。ゆっくり、ゆっくり……

 ……あら。おばあちゃんしわだらけだ。いやね。ほんとうに。年を取るっていうのは。こんなふうに、なっちゃって、感覚も、鈍くなるんでしょう? でも、なんだか木肌みたいだね。そう思うと愛おしい気もする。もしかしたら、人間は年を取ると樹木になるのかしら。そうだったらいいな。おばあちゃんはなんの樹になりたい? それとも草花がいい? 

 ギンドロはだめよ。ギンドロは私なんだから。おばあちゃんに似合うのは……やっぱりキリンに似た樹がいい? だったらフェバリウムなんてどう? フェバリウムはね。キリンの木って呼ばれてたんだって。樹皮にキリンそっくりの模様があるの。不思議でしょう? しゅっとした背筋のいい枝が伸びて、かわいらしい花が咲くんだから。でも、キリンよりはずっと背が低いかな。低木だもの。キリンのひざに届くかどうか。それだと、だめかな。キリンみたいに、高いところから、遠くを見渡したかったりする?

 名前だけならハナキリンっていうのもあるけど、棘がいっぱいで、サボテンっぽいから、おばあちゃんの印象とは違うかな。それかキリンソウ……うーん、やっぱりフェバリウムだね。それがいいよ。

 喉が渇いた……ちょっと待っててね。水を取ってくる。食物フードは……別にいいか。お腹すいてないし。ついでに店先をのぞいてこようかな。どうせお客さんはいないと思うけど……

 ……

 ……

 ……

 ……

 ……

 ……

 ……

 ……お待たせ。やっぱりお客さんきてなかったよ。こんな日だから当然だよね。でも外が騒がしいのなんのって。そういえばおばあちゃんに話したっけ。変な連中が、うちの倉庫をこじ開けてたんだよ。それで、食物フードと水を盗んでいっちゃった。泥棒だけど……警察は、まあ、いいでしょ。だって、警察って人間を捕まえるものでしょ。トラとか、アイビーまで逮捕する? 地球の警察はそういうこともしてたのかな。トラが泥棒ですって言ったら、捕まえてくれるのかしら。ちゃんと手錠をかけて、代金を請求して……

 あのひと、きれいだったな。ポイズンアイビー。もっとお話をしたかったけど、すぐに出ていっちゃった。また会えるかな。会えたらいいな。そのときには、私もきれいな葉っぱを、銀色の葉っぱを見せてあげたいな。

 おばあちゃん。私いかなきゃ。試合があるの。試合っていってもおばあちゃんが好きだったスポーツの試合じゃないのよ……思い出した。前にスポーツドームでの売り子してたとき、おばあちゃんサボってたでしょ。あんまりにも堂々とお客さんに紛れてるから笑っちゃったよ。観戦してるときのおばあちゃんて、すごく若く見えた。あのときだけは、嫌いじゃないよ。あなたがよぼよぼのおばあちゃんでも。写真なんか部屋に飾っちゃってさ。若いねほんと。でもあのひとのファンになるのはやめてよね。若手ならほかにいくらでもいるでしょ。

 壁にあるあの写真。右から三番目。あれ。あのひと、私の元彼なんだ。昔、相談したの、覚えてる? 名前も言ってたと思うけどなあ。クァフって。覚えてなかった? ……なんだか、こうやって見ると、彼ってオオカミみたいな顔してる。口が特徴的なのよね。それから目つきが鋭くて。でも愛嬌がある。人懐っこい感じ。植物って感じじゃないなあ。残念。

 うわ。最悪な記憶がよみがえってきちゃった。前にさ、うちに警察がきてたじゃない。だれか探してるとか。二人組の、上司っぽいほう分かるでしょ。ビゲド警部って名乗ってた。警部だって。警部。えらいんだね。太り気味で、老けて見えたけど、一応、私の先輩。通ってた学校でのね。いやな奴なんだよあいつは。部下の子かわいそー……はあ。まあおばあちゃんには話したよね。彼とのこと。だいぶ昔だし、覚えてるか分かんないけど。よく考えたら、あいつもイヌ顔だなあ。私ってイヌっぽい顔に縁があるのかな。自分の好みなんて考えたことなかったけど。オオカミ顔に、イヌ顔……いやんなっちゃうね。枯れ木顔のひとのほうがいいのに。ササマおじさんみたいな。失礼って思った? 誉め言葉よ。でもあのひとは、あの子のお気に入りだから、怒られちゃうか。

 警察だったら、あいつにトラの逮捕を頼もうかな。なんちゃって……あんな奴はトラに嚙まれればいいんだ。返り討ちにあっちゃえ……はあ。だめだね。こんなこと考えちゃ。

 ああ、だめ。こんなことしてちゃだめ。戻らなきゃ。あの子が待ってる。怒ってるだろうな。遅いって。

 ……ほんとにおばあちゃんって植物みたい。すごくうらやましくなってきちゃった……外がうるさいなあ。なにをそんなに騒いでるんだか。クラウンは通信障害だって。でもピュシスにはつながりそう。他とは違う通信方法なのかな。これを作ったひとってすごいよね。私を植物にしてくれるんだもの。

 ライオンってどんなひとなの? おばあちゃんは仲いいの? やっぱり、植物のことは、背景だって思ってる?

 きっとそうだよね。そんなやつには勝たなきゃ。そうしとかないと、こっちでも舐められちゃうからね。植物は偉大だって、仮想世界から、現実に知らしめる。動物より優れてることを証明するの。それが私たちの戦いの第一歩になる。

 いっそ、ピュシスをクリアしたら、動物を全部消してもらおうかな。そういうお願いをするの。開発者? その、最深部にいるひとに。そういう話だったよね。どんな願いでも、魔法みたいに……おばあちゃんはオアシスの会議には出席してなかったっけ。どうだったかな……

 動物を全部、植物にしてください。

 そうしたらウサギはウサギゴケになって……イヌはイヌタデになって……ネコはネコヤナギ……ネズミはネズミサシ、だとちょっとかわいそうかな……トラはトラノオ、これだと尻尾だけか……ライオンはライオンノミミ、こっちは耳だけだ……ヘビはジャノメエリカ、目だけ……カンガルーはカンガルーポー、足だけ……やっぱりライオンはダンデライオン、ヘビはヘビイチゴとかのほうがいいのかな。おばあちゃんはどう思う……?

 ……はやくいかなきゃ。おばあちゃんとのお話は楽しいけれど、私、いかなきゃいけないのよ。

 おばあちゃん。私、おばあちゃんみたいになる前に植物になりたい。ずっとずっと、花を咲かせては、枯らすのよ。枯らしても、また咲くの。幹を、枝を、根を、のびのびと伸ばすの。葉でたくさんのことを知るの。そんなふうな、植物の一生を過ごすのよ。

 動物たちも、そうなれればいいのにね。やっぱり、絶対に頼もう。動物を植物にしてもらえるように。

 ……ああ、もどらなきゃ。もどらなきゃ。あの子を待たせてるから。

 年を取るってどんな気分なの? 私はすごくいやな気分。おばあちゃんはそうでもない? でも、やっぱり、いやね。年を取るのは。こんなに、簡単に……すぐに起きてくれていれば……そんなに夢中でピュシスに入りこんでたの? 心だけは、ほんとに若いんだから……

 私、いかなきゃ。戻らなきゃいけないの。

 じゃあね、さようなら……おばあちゃん……ごめんなさい……

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