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●ぽんぽこ14-61 ゆく手を阻む者はなし

 チワワが見上げた月のない夜。森の天井の向こう側。こずえを越えた先で、すさまじい存在感を放つ獣が空を駆けて迫っていた。

 バロメッツのヒツジたちが一頭残らず動きを止める。そして、接近するものに対してうやうやしくひれ伏すと、地に茂る草のなかに鼻をうずめて畏怖いふを示した。

麒麟きりん

 ヤドリギの植物族ドリュアスが敵の正体を察知して言う。チワワはぴくりと耳を立てると、あらがえない衝動によって、ヒツジたちと同じようにこうべを垂れる。

 植物ヒツジの綿毛に寄生しているヤドリギは、あらゆる獣の長に向かって、不敬にも弓を引く構え。獣をべる者だとしても、植物までもを支配しているわけではない。動物的な性質もあるバロメッツはともかく、ヤドリギは麒麟のスキルの影響下にはなかった。

 ミストルティンの矢が風切り音も高らかに、麒麟へと飛翔。鋭利な切っ先は二股に分かれている。チワワが使ったショロトルのスキルの効果で攻撃力は二倍。

 しかし、狙われている麒麟は矢を避けようともしなかった。ただひたすらに空を駆ける。鱗の肌に追突した矢は、ふたつに折れて、森に散った。

「僕はみんなに知らせてくる」

 ヤドリギは即座に別の矢を本拠地方向へと飛ばす。高速の矢が麒麟よりも速く森を通り抜けていく。

 はるか頭上をゆく麒麟を、チワワは間近に感じてうめいた。肉体アバターは動かない。戦うことも、逃げることもできない。絶対的な服従以外に、とるべき行動はなかった。

 やっと離れていってなお、肉体アバターの制御は万全とは言えない。深い深い息をつく。植物ヒツジたちは太陽を追うヒマワリのごとくに、暗闇のなか、麒麟が過ぎ去った方向へと鼻先を向け続けている。

 思わず顔をそらしたチワワは、森の奥で輝くものを見た。その輝きは、集団からはぐれていた一頭のバロメッツへ……。


 ――ゾウよりヤバいやつがくるなんて予想できるかよ!

 カホクザンショウの植物族ドリュアスが心のなかでわめき散らしながら森を移動していた。赤ちゃんシロサイにほとんどの肉体アバターを破壊されはしたが、一本だけ、本拠地付近に残機が残っていた。それを使って山魈さんしょうの姿になると、ゾウ並みの体格と、サイ並みの長大な角をたずさえた、草食属性の空飛ぶ瑞獣ずいじゅう、麒麟の対処をするべくひた走る。

 空を進まれては普通の植物族ドリュアスには手出しができない。ヤドリギの植物族ドリュアスが自らを矢文にして各所に迅速じんそくな伝達をおこなったが、そのミストルティンの矢でも敵には傷ひとつつけられなかったという。

 一本腕、一本足の植物の怪物は、小高い樹木の枝をつかんで力ずくでよじのぼる。強靭きょうじんな足でもって幹を蹴り、身をよじって跳ねるようにこずえからこずえへと移っていく。

 モミの植物族ドリュアスの樹上を借りて、そのてっぺんへ。

「きたよ……!」

 おびえた声でモミが言う。山魈さんしょうの瓜のような顔が敵を正面にとらえる。音もなく空を駆ける巨獣。まるで夢を見ているような光景。夜を寝かしつける静けさ。優しく、厳しい瞳。

 キリン。麒麟。

 山魈さんしょうはこの試合の序盤にキリンと戦った。敗走したものの、おしいところまでいったと感じていた。だが、それはとんだ思いあがり。こんなスキルを隠し持っていたなんて。本気ではなかった、本気になるまでもなかったということ。

 敵は植物の海を泳ぐように、けれど波を荒立てたりすることはなくやってくる。

 山魈さんしょうはモミの樹の先端をにぎる。一本腕に力をこめ、体をちぢめ、いつでもとびだせるように。間合いをはかる。闇のなか、獲物を狙う肉食動物のように。

 交差。山魈さんしょう跳躍ちょうやく。麒麟に向かって剛腕をふりあげる。鋭い枝で形成されたこぶしでもって、空飛ぶ獣をたたき伏せるべく、渾身こんしんの力を集中させる。

 次の瞬間、森に降り注ぐの雨。

 麒麟は進む。ゴールへと向かって。


「だれか麒麟あれをとめなさいっ!」

 渓谷の縄張りの本拠地。ゴール地点。立ち昇る光柱の足元。

 リーダーであるギンドロの植物族ドリュアスの金切り声に、植物たちは沈黙する。

 スナバコノキ、ジャイアント・ホグウィード、ギンピ・ギンピ、オオオナモミやチヂミザサ、ヌスビトハギ、それからシロバナワタもいる。

「無理だよ。どうやって?」

 スミミザクラが投げやりに問い返すと、ギンドロは口ごもる。

「どう、って……、それは……」

「あれは冥界エリュシオン送りにはできないんだよね?」と、スミミザクラ。

「……できないわけではありません。しかし、あれはキリンですもの。わたくしの園が荒らされてしまう。わたくし自身が破壊され、スキルを無理やり突破される」

「やっぱだめか。そうならないように倒しとこうって話だったもんね。イヌを番犬にしようにも、冥界のなかだとスキル禁止だからなあ。例え肉食動物がいたとしても、スキルなしでキリンに勝てるプレイヤーがどれだけいるか……」

「キリン……、麒麟……、キリン……、麒麟……」

 ギンドロはぶつぶつとつぶやきながら対抗策を考え続ける。けれども、キリンの長い首と麒麟の長い角が頭のなかでぐるぐると巡るばかり。いい案は浮かばない。

 隣ではスミミザクラが思いついたことを片っ端から口にしていく。

「ハンノキが生きていればアールキングのスキルが効いたかもね。シロバナワタはまだバロメッツを作れる?」

「ええ。ひと軍団ぐらいなら。でも、先程ヤドリギが言っていましたが、バロメッツたちは麒麟に対して無力なようです」

「壁にはなるけど。あんまり意味ないか。……ホグウィードやギンピの毒はどうだろう」

「相手には長い角があるんだろう。直接触れずに角で刈られるだけだ」

 ホグウィードが答える。

「じゃあ、スナバコノキは? 毒の実をばーんって破裂させてさ。浴びせかければなんとかならない?」

 トゲトゲした幹のスナバコノキが、カボチャに似た果実を震わせる。

「だめだめ。だめですよ。お相手はゾウみたいにバカでかいんでしょ。図体が大きいほど毒の効きが悪くなるんですから。果実の破片で攻撃しようにも、矢を跳ね返して、サンショウ先輩をコッパのミジンコにするような怪物ですし……、絶対効果ないですよ……」

「一番可能性ありそうなんだけどなあ……、あーあ、じゃあ、あとはみんなで集まって生垣になって邪魔するぐらいか。試合終了まで……、月がないからちゃんとは分かんないけど、まだまだ時間はいっぱい! 太陽が昇る気配なし!」

 ほとんどやけくそな言いぐさ。

「麒麟、キリン……」ギンドロはまだくり返している。

「序盤に倒せてればなあ。でも、結局、相手はいつでもあのスキルを使えたわけだし……、ズルくないあれ。なんなの。弱点はないのかな。麒麟って獣のリーダーなんだよね。獣は戦えない。草食属性だから植物族ドリュアスじゃかなわない。……鳥はどうだろ。鳥は戦えるとかないかな。でもケツァールは死んじゃってるし、ニシツノメドリは報告がないけど負けたのかな、そっちの方向から麒麟がきてるから。あとはタゲリだけど、タゲリに戦闘は難しいだろうなあ。肉食属性の猛禽類が山ほどいればなんとかなったのかもしれないけど……、それともピトフーイがいてくれればワンチャンあったとか……」

 もはや負けた後の反省会めいてきたスミミザクラ。仲間たち全員で意気消沈しているなか、

「麒麟、キリン、キリン、キリン……」ギンドロの声に突然はずみがついたみたいに確信が宿やどりはじめた。

「そうか……、あれはキリン……、キリンなんだ……」

 薄笑いするギンドロに、スミミザクラは不気味なものを感じながら、

「どうしたの」

 すると、ギンドロはしゃっきりと幹を伸ばして、こずえに茂る片銀の葉をひるがえすようにしながら、

「いい解決法を思いつきました。スミミザクラ。ここは任せます」

「はあ!?」とびあがりそうな声。「意味わかんない。意味わかんない」風で激しく枝がゆれる。「任されても困る。わたしにはどうにもできない。どこいくの? いかないで」

 懇願こんがんをふり払うみたいに、ギンドロはログアウトの操作をしはじめる。

「どういうことなのリーダー?」シロバナワタも怪訝けげんな様子。他の植物族ドリュアスたちもめいめい疑問を投げかけるが、ギンドロはわれかんせず。ログアウトの操作完了から処理開始までのやや長いタイムラグのあいだ、厳粛げんしゅくな静寂でもって騒ぎを強引に治めた。

 そんななか、スミミザクラだけはまだすがりついていく。

「待ってよ。わたしたちを見捨てる気? こんな大変なときにリーダーが不在になるなんて……」

「すぐに戻ってきますから」

 一方的に宣言すると、引き留めようとする声も聞かず、ギンドロのグラフィックは薄まっていき、それからぷつんと消えて、ピュシスの外へ、現実世界へとログアウトしてしまった。

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