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●ぽんぽこ14-58 キツネとイヌとタヌキの集い

「……どういう意味だ」

 月はなく、星は雲に隠されて、隙間ひとつない夜闇におおわれた渓谷。ライオンの声が林檎の植物族ドリュアスに聞き返す。

「だってあなた……、おおきさとか、形が全然……、たてがみだってないし……」

「見えているのか? この暗さで?」

 夜行性の動物でも音をあげるような狭苦しい闇。

植物族ドリュアスだもの……、動物とは、感覚が……」

「そうか、違うか……、なるほどね」

 ライオンは装備品のスピーカーを調整すると、突然、声も口調も変えてみせて、

「いままで植物族ドリュアスける機会はほとんどなかったから、そこまで気がまわってなかったな」

「ひっ」林檎がお化けにでも出会ったみたいな声をもらす。

「驚かすつもりはないんです」

「……けるっていうのは、その、あれよね」

「うん。それだ」

 曖昧あいまいな質問。曖昧あいまいな答え。

「じゃあ……、この子も?」

 林檎の声が下を向く。闇と同化している木陰。幹の裏の根本あたりに、丸っこい獣がうごめいている。すこし高めの、ぬーん、というような、ちょっと困り気味に聞こえる鳴き声に、ライオンだったものは察して、

「そうなるね」

 すると、丸っこい獣が転がるようにでてきて、恥ずかしそうに地面にせると、やや間の抜けた声で、

「月が……」

「そうだね。なくなってしまった。月がないと、わたしたちはけれない」

 なぐさめるような声をかけて、あらためて林檎に自己紹介をする。

「わたしはキツネ。そっちはタヌキ」

「キツネ……、タヌキ……」

 なにか言いたげだが、なにを言ったらいいのか分からないという様子。困惑したまま、理解が追いつかずに黙りこむ。

 そんな林檎をよそに、紀州犬がキツネの背中をあごでたたきながら、口早に文句を並べた。

「そういうことははじめに説明しておいてくれよ。こっちはめちゃくちゃ慌てたんだぞ。キリンの背中から落っこちてきたのを受け止めて、隠して……」

「あんなスキルは想定外だよ。それに、新月ならともかく、月食でもだめだというのは本当に知らなかったんだ」

 キツネは痛めている肉体アバターをよろめかせて、ぺたりと座り込む。

「月の満ち欠けには、ちゃーんと注意してたもんね」

 タヌキが丸い体をふくれさせる。

 かつてタヌキとキツネのふたりがキングコブラの群れクランに所属していたとき、シシバナヘビとキュウカンチョウにけていた。クルマサカオウムに正体がバレてしまい、群れクランを出ることになったが、そのきっかけが新月。それ以来、細心の注意を払って、新月がやってくるというときには、絶対に見つからないような場所に身を隠している。

 月のない夜空をキツネが見上げる。

「……しかし、これはいささか困ったことになったな」

「そうだよキツネ。どうしよう。これじゃアンズーになれないよ」

「アンズー?」林檎が声をかしげさせる。「って、ライオンちゃんが頭のほうだったかしら」

「その通り」キツネがうなずいて「ライオンの頭、ワシの体の合成獣のスキル。アンズーになれば風や雷を呼び寄せるだけじゃなく、天命の書板(トゥプシマティ)が使えた。林檎ちゃんの黄金の果実(アムブロシア)と同じく、一試合に一回しか使えない強力な効果。相手の神聖スキルを使用不能にできる。それでギンドロが持っているという冥界エリュシオンのスキルを封じるつもりだったのだけれど……」

 タヌキが話を引き継いで「試合終了まで月がないんだったら、ぼくらはライオンにも、クロハゲワシにもなれない。冥界に放りこまれちゃうよ。第一、この肉体アバターのままでどうすればいいのか……」

「それが本来の姿だろ」

 紀州犬が鼻を突きだして、闇をかき分ける。

「そうなんだけどさ。スキルが実装されてからは、けてる時間のほうがずっと長いもん」

「太陽が昇れば月がない状況が上書きされて、スキルが使えるようになる可能性もある。普段昼間だったら月がなくても、わたしたちは問題なくけれているわけだし」

「それだとぎりぎりすぎる。太陽が昇ってから試合終了までほとんど時間がない。まだ、このままキリンとハイイロオオカミたちがゴールしてくれるほうが希望がありそうだ」

 嘆息たんそくしている紀州犬に、キツネが聞く。

「紀州犬はどう見ている? ゴールできるかどうか」

「さあな。キリンのスキルがどの程度かちゃんと分かってるわけじゃないし。ただライオン……、じゃなかった、キツネが言っていたみたいに獣を支配下に置く効果で、さらにあの肉体アバター自体が草食属性だったらかなりヤバいな。弱点の肉食動物、ついでに草食、雑食、全員無力化して、植物族ドリュアスは相性有利で蹂躙じゅうりんできる。空まで飛んでたし、図体もゾウぐらいでかかった」

「あれは四霊しれい瑞獣ずいじゅう麒麟きりんだろうね。麒麟というのは殺生を好まず、枯れ草だけを口にするという話。となると属性は草食」

「なら心配なのは搦手からめてぐらいか。死後の楽園(エリュシオン)がどうなるかってところだが」

「そこはなんとも。ただ、キリンならエリュシオンに送られて、スキルが使えない状態でもギンドロを倒せるはず。向こうでギンドロを倒せば、冥界から解放されてあっさりゴールできる、かもしれない。不確かだけれど」

「そうだったらいいな」やや能天気にタヌキが同意する。

「けど、わたしたちはそうじゃない可能性を考えておかなきゃならない」

 話をひっくり返すキツネに、紀州犬がれたふうに、

「じゃあどうするっていうんだ」

 ゴールのほうへ目を向ける。闇のなかで、あれだけがはっきりと見える。システムグラフィック。夜を暗く感じさせるためにあるみたいだ。まるで機械惑星モノスの夜を彩る第二衛星エウプロシュネのように。

「どうするかは……、いま考えてる」

「とりあえず、これでも食べて」

 林檎が枝から果実を落とす。

「いや」キツネは断ろうとしたが、やっぱりやめて「うん、もらうよ」

「タヌキちゃんもどうぞ」

「ありがとう」

「俺にはくれないのか」

「あげます。すねないで」

「すねてない」

 夜の片隅で、闇に身を沈めた獣たちが果実をかじる。キツネはつややかな果実を前足でかかえながら、つくづく怪我の具合が悪いことを意識する。ヒグマの不意打ちはこの上なく強力だった。たぶん、向こうにとっては様子見の一撃。ライオンがどう反応するか見定めるつもりだったに違いない。それがクリーンヒットして、むしろ困惑していたのではないだろうか。もし、様子見ではなく、全身全霊の力がこめられていたら、おそらくは死んでいた。

 現実でライオン(ロロシー)に噛まれて、手術後に目を覚ましたときのことを思い出す。あれよりはマシ。体が動く。気休めにもならない気休めで、自分をはげます。

「ブチハイエナとリカオンはどうなんだろう。順調だったらいいけど」

 食べ終わった紀州犬が、果実の芯を地面に埋めながらゴールの反対側から進んでいる仲間たちを気にかける。

「あのふたりのことだったら大丈夫だと思うけれど、こっちもこんなふうだから、断言はできないな」

 キツネもすこし不安に駆られる。

 敵のリーダーであるギンドロの植物族ドリュアスは、プレイヤーを冥界エリュシオンに閉じ込めるスキルを持っている。それをどうにかしなければ勝利はない。エリュシオンではプレイヤーの体力(HP)がゼロになって、疑似的な死体扱い。スキルが使えなくなる。脱出するには、広大な土地を決してふり返らずに踏破しなければならない。ふり返ったときに待っているのは本当の死。途中におおきな川があり、それを渡ってしばらく進めば出口があったらしいが、そこに待ち構えているのがマンチニール。マンチニールは不和の林檎のスキルを使って、プレイヤーを誘引することができる。スイセンの植物族ドリュアスが使うナルキッソスのスキルに似た効果。それで無理やりふり返らされてしまう。回避不能の死のコンボ。

 リコリスの海での戦いにマンチニールが参加していなかったのはエリュシオンでの決戦に向けて温存していたからかもしれない。対策としては、林檎に説明した通り、アンズーの天命の書板(トゥプシマティ)でギンドロにスキルを使わせないということ。それができなければ、エリュシオンのなかでキリンがギンドロを倒して、効果を解かせる。エリュシオンにはギンドロが列をなしているらしい。それを根こそぎ刈る。ギンドロを倒す役目は、キリンでなくシロサイでもいい。スキルが使用不能の状況で大樹を刈ることができるぐらいに強力な草食動物ならだれでも。スキルで植物族ドリュアス特効効果を持っているオオアナコンダではだめ。

 だが、やはり一番確実だったのはアンズーを使う方法。怪我によって合体してもろくに飛ぶことができない状態だったが、まさか合成獣を使うこと自体ができなくなるとは考えていなかった。

「そういえば」紀州犬がふと声をあげる。

「俺たちキツネ、イヌ、タヌキじゃないか」

「なにをいまさら」タヌキがくすりとする。

「いやいや。けてないふたりと会ったのはこれまで一瞬だけだったからな。気づいてなかったんだよ。けれないとアンズーにはなれないって話だったよな」

「姿が一致していなければシステム的な判定がされない。わたしとタヌキでタヌキツネになるんだったら別だけれどね」

「そんなのあるの?」

 真面目に受け取った林檎が驚くと、タヌキは空気が抜けたみたいに笑って、

「ないない。ないよ」

「タヌキツネはないが、イヌが加わったらどうだ」

 紀州犬が言うと、キツネは怪訝けげんそうな声。

「イヌって、わたしたちは全員イヌ科でしょう。イヌイヌイヌだ」

「そういうことじゃないんだよ。科の単位で考えるな」

「どうなるの?」

 林檎がたずねると、紀州犬は闇のなかでにやりと舌を垂らした。

「面白いことが起きるんだよ」

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