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●ぽんぽこ14-56 獣を統べるもの

 フェンリルと林檎りんご植物族ドリュアスに上陸を許してしまった魔法のイヌ、ファリニシュは両側から押さえつけてくる裏切者のシェパードとドーベルマン、それらがスキルで変貌へんぼうした漆黒の子狼スコルとハティに、立たせた尻尾の先端を向けた。

 魔法の風を刃にして発射。拘束をふりほどく。ふたりが裏切者だといっても、システム上ではまだ味方同士。同士討ちはできないようになっているので、風によるダメージはない。

 衝撃で吹き飛んだ子狼たちが大地を爪で削る。ファリニシュは即座に風の刃を、今度はフェンリルへと放ったが、跳躍ちょうやくしたハティが射線に割りこんだ。風はハティに当たり、ダメージが打ち消される。子狼はフレンドリーファイア無効のシステムを悪用して、自らの肉体アバターを完全無敵の盾として使っている。

 牙をいたスコルがいどみかかってきた。噛まれたとしてもダメージは発生しないが、また押さえつけられるのは避けたい。真正面から風を当ててやると、子狼はくしゃみのような顔をしておおきくのけぞる。そうして、背中を海岸に打ちつけて派手に倒れた。

 すべてダメージはない。無為で不毛な戦い。そのあいだにも、フェンリルが動こうとしている。

 狙いはリコリスの植物族ドリュアスのはず。相手はどうやらライオンを海の向こうに置いてきている。先行したフェンリルがリコリスを倒すことで、海を排除してから悠々ゆうゆうとやってくる腹積もりのようだ。

 と、にわかに潮が引きはじめた。ワインの瓶底に穴でもあいたみたいに水かさが減っていく。地形のくぼみにたまっていた海水。ファリニシュのスキルによってワインに変じていた赤い海。海水をそそぎこんでいたのはリコリスの植物族ドリュアス。それがいるはずの丘をふり仰ぐ。丘の上に立っていたのは、樹木よりも小高いキリン。その全身はワインでもって、まるで血のごとき赤に染まっている。いましがた踏みつぶした植物族ドリュアスの返り血を浴びたとでもいうように。

「いつの間に……!」

 ファリニシュがうめく。自らの怠慢たいまんを突きつけられた形。フェンリルと林檎の相手に夢中になりすぎた。それに、見通しのいい海を大胆にも横切るなど、想像だにしていなかった。敵はワインで毛衣もういを深紅に染めて、夜と海とに溶けこむようにカモフラージュしたのだ。マンチニールの毒がワインにそそがれる可能性をおそれない度胸。そういえばこの重要な局面でマンチニールはどこにいったのか。ファリニシュは知らない。

 海の女神リュコリアスのスキルを使っていたリコリスが撃破されたことで、海が消滅していく。とはいえ、もはや海などあってもなくても変わらない。キリンの背にはライオン。それから紀州犬。パーティ全員が海を越えたのだ。いずれもワインを頭からかぶった姿。それによって、においも消されている。毛皮に触れた水をワインにする効果など、飾り程度にしか思っていなかったが、ことごとく敵に利用され、ファリニシュはこれ以上にない苦い顔をする。これはとんでもないデメリット効果。

 百獣の上に君臨するとされる魔法のイヌが、百獣の王を見上げる。丘の上、それよりもさらに高いキリンの背に横たわる勇猛なたてがみ。王の称号を求めて、風の刃を発射。だが、丘のほうにもすでに林檎の植物族ドリュアスが樹木を生やしている。こずえの陰に身を隠し、キリンは風を回避。林檎は防風林を形成して、ファリニシュを中心に輪を狭めてきた。フェンリルやキリンは林檎と共に接近して、こちらを仕留めようとしている。

 林檎が邪魔だ。まとわりつこうとしてくるスコルも邪魔。そして、身をていしてフェンリルを守るハティも邪魔。

 敵も味方も邪魔だらけ。

 だが、敵が増えるのなら、ファリニシュとしてもやりようがあった。

 腹立たしさをつのらせながらも、利敵行為をやめようとしない漆黒の子狼たちに最終確認をおこなう。

「シェパード。ドーベルマン。どうしても、そちらにつくというのだな?」

 スコルとハティは重々しくうなずいて、

「もちろん」「もう決めた」

 魔法のイヌが尻尾を立てる。風を発射する予備動作。ふたりの子狼たちは身構える。そこへ、飛んでくる風。肉体アバターで受け止めて、フェンリルたちを守る盾になる。

 しかし、今回の風は先程までのような鋭さも、衝撃もなかった。どろりとへばりつくような風。毛衣もういをなでながら、くしのようにかしてくれるわけでなく、まるで灰を吹きかけられたみたいな感覚。

 スコルとハティが駆けだした。一斉にフェンリルの元へ。攻撃的に牙をいて、威嚇いかくの鳴き声すら発している。

 あわや噛みつかれるという寸前で、深紅に染まった大狼はとびのいて、

「どうしたっ!?」

「操作がきかない!」「勝手に動くんだ!」

 ふたりがわめく。スピーカーはかろうじて使えるが肉体アバターの喉は支配されている。吠えたり、うなったり、と騒がしい。

 大狼は子狼の動きを封じようとする。牙や爪をひっこめて、傷つけないように注意しながら。しかし、そんなフェンリルの鼻先にも、ファリニシュの放った怪しい魔法の風が吹きつけてきた。

 風をまともに浴びてしまった途端とたん肉体アバターが自動的に動きはじめる。フェンリルはピンとくる。これは、ユキヒョウが持っているオセのスキルのように、狂気の状態異常を付与する効果。ファリニシュには敵を魔法で同士討ちさせたという逸話いつわもあるにはある。風の刃ばかりを撃っていたので、そんな効果まで使えるとはまったくもって想定外だった。

 大狼と子狼たちはお互い肉体アバターを止めるすべを持たず、本気の殺しあいをはじめた。牙と牙、爪と爪。激しく絡まりあって、深紅と漆黒が混ざりあったオオカミ団子になる。鳴き声は荒々しい。だが、プレイヤーの声は悲痛。

「ごめんリーダー……」

「僕らこんなこと……」

 ふたりは謝り続けている。

「いいんだ。いいんだ」

 フェンリルはなだめるが、こちらもどうしようもなく体が暴れ続けている。スキルを解くことすらできない。なにもかもが自動で制御されている。あごが子狼を食い殺そうとしている。胴を噛みあい、毛衣もういが引き裂かれる。

「そこの小犬。いますぐにやめさせなさい」

 丘のほうからキリンが憤怒ふんどのこもった声をあげるが、ファリニシュは平然として干上がりつつある海辺に腰をえた。

「罰ですよ」細い月の浮かぶ夜空を見上げて朗々と「小賢しいことをした罰です。ワタクシの刃ではなく、従者の牙で、そして主の牙で果てるといいでしょう」

 そのとき、夜空から、突然月が消滅した。林檎の樹木のあたりでちいさな悲鳴。丘のほうでも軽い物音。

「ほう?」

 星は薄雲に隠れている。一条の光もない真の闇が夜を包みこむ。

「……ハティの仕業ですか」

 月を食らう者。夜の月食など理に反しているが、仮想世界のスキルの効果であれば起こりえる。とはいえ自分の意志ではないはず。いま、大狼と子狼たちの操作はプレイヤーの手にない。スキルさえも勝手に発動する。全力で殺しあうようになっているのだ。

「どうですライオン」

 闇のなかに語りかける。耳を澄ませる。鼻を使うにはワインの香りが強すぎる。ゆっくりと腰をあげて、いつ、どの方向へも尻尾を向けられるようにしながら、

「あなたの部下、それに部下の部下もひどく辛そうじゃありませんか。百獣の王であるなら、助けてあげればどうです? フェンリルとその子供たち。親子で殺しあうなんて、かわいそうでしょう?」

「差し向けているのはあなただろう!」

 返事をしたのはキリン。かなり怒っているようだ。それならそれで結構。ライオンはキリンの背中にいた。そこから降りるような重い着地音は聞こえていない。位置を把握しておかねば。会話を続ける。

「キリンさん。誤解ですよ。あらゆる物事はなるようになると定められている。ワタクシが王であるのもそれが運命だから。逆らえないものなのです。彼らが争うのも……」

「責任逃れは結構!」

 高いところからぴしゃりと言われる。近づいてきている。声へと風を向ける。しかし、当たらなかったようだ。また林檎に妨害されているのだろうか。こずえがざわめくような音がした。

「やはり、植物というのは目障りだな」

 林檎に魔法をかけたとして、同士討ちは期待できない。動けやしないし、攻撃の手段を持っていない。

 子狼の悲鳴。スコルか、ハティか、いずれか。

「どうです? せっかくだからけでもしますか。戦況はどうやらフェンリル優勢らしい。やはり自分の群れクランのフェンリルに賭けますか? ワタクシは……、こう見えてギャンブラーなところがありましてね。自身の運命を試してみたくなる。大穴狙い。子が親を超える感動的な場面を見たくもありますから……」

「そういうのは気に入らないな」

 吐き捨てるように言ってキリンがまた近づいている。風は……、当たらない。ハティ。ドーベルマン。余計なことをしてくれたものだ。こんなときに限って雲が星を隠している。ワインの香りもうとましい。かなりの風を吹かせているのに、海いっぱいにがれた香りはちょっとやそっとでは消えやしない。しかし、もうすこし、キリンがこちらに寄ってくれれば、そのうち命中するだろう。一発でも当てれば、キリンを魔法にかけて、いまは黙りこんでいるライオンにぶつけることもできる。

 間合いをはかっていると、オオカミたちの息遣いが弱々しく、かと思えば力強くなった。

「ほれ。そこだっ! いけっ!」

 退屈まぎれに声援を加えると、

「気に入らないと言っているんだ」

 鋭いキリンの声。

「ははは。余興ですよ。一緒に楽しみしょう」

 言いながら、敵の声がするほうへ目を凝らす。すると、ふいに雲の切れ間から、星の光がこぼれおちてきた。

 思ったよりも接近していたキリンの姿があらわになる。瞳はけわしくとがっており、皮膚に包まれた角が、張り詰めたように天を指している。

「非道に喜びを見出す者に獣の身でいる資格はない!」

 厳格な声。その鳴き声は整然としており、正確な音階でつむがれる調しらべ。耳にしたファリニシュはしばしほうける。

「こんな試合はもうたくさんだ!」

 激情の叫び。

 ファリニシュは動けなかった。ただひれすことしかできなかった。なぜなら、相手は獣をべる者。麒麟きりんなのだから。

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