●ぽんぽこ14-50 林檎の話
「……さっきも言ったけれど、あたしたちは双子なの。一緒に生まれて、一緒に育った……、その……、どんなふうに話せばいいかな……、あたしたちは、いつも同じことをしてた。なにをしても、それぞれ同じぐらいの上手さで……、でも……、あるとき、あたしたちふたりともが一番得意だと思えることを見つけたとき、……それだけは、同じじゃなかった。そもそも、比較なんてくだらなかった……、どうやっても数値化できない部分があるから。……優劣もなく。けど……、好き嫌いっていうのかな、そういうのはあって……、人からの評価っていうのは、どうしようもない……、あたしのほうに、人が集まるように、なって……、好かれる方法はあったはずだけど、彼は知ってたのに、そういうのを嫌ってた……、あたしはそんなことしてないだろうって、だからやらない。……あたしのせいだったのかな。……あたしはね、逆のことをしたの。嫌われようって、そしたら、彼が好かれるんじゃないかって……、変な気づかいだったのかもね……、実際、変なことになっちゃったし……、それまでの音を全部、全部、彼にあげて、それも気に入らなかったんだろうな……、分かってたけど……、でも、そうでもしないと、お母さんと、お父さんが……」
要領を得ず、支離滅裂になっていく林檎の話に、じっくりと耳を傾けていた紀州犬が、
「ちょっといいか?」
「……なに」いつもの明るい調子とは正反対の湿っぽい声。
「林檎ちゃんの、現実のほうの話な。友達にさ。運動好きのやつがいないか」
「えっ……?」しばらく考えて「分からない。あたし、友達いないから……」
「いや。いるだろ。……多分。……いないのか? なら違うのかなあ……」
「いないよ。友達は。あの子は行方不明だし。あの子は最近話せてないし」言葉にしながら顔を思い出しているように声を上下させて「勝手に、好きな人ならいるけど。その人は、運動が好きだな……」
「あ? ん?」紀州犬は言葉に詰まって「……好き、なのか?」
「いつも公園にあるコートでスポーツしてるから、運動が好きなんだと思う」
「……えーっと。俺が言いたかったのはな……」すっかり伐採作業の手を止めた紀州犬は、尻尾を夜空にぴんと立たせたかと思えば、しおれさせて、それから弱ったように耳を伏せた。
「……林檎ちゃんはもっと運動をしたほうがいい。植物族でいると体がカチコチになるだろ。人間は動くのが自然な状態なんだ。体を動かせば、頭も働く。そういうふうになってるんだ。そうしたら悩みも吹っ飛ぶ。悩みっていうのは停滞のなかから生まれるものだからな。動くんだ。とにかく動く。それしかない。マンチニールも、その現実の、双子も誘え。さっき言ってた運動好きのやつに頼めば、うまくやってくれる、はず、だと、推測するぞ、俺は」
「同感だな」ハイイロオオカミがふっさりとした尻尾をふって、林檎の幹を軽くたたいた。「バスケなら三人制のものがあるし、相手が必要だが、ちょうどいいんじゃないか」
「ただ走るだけでもいいんだ」と、紀州犬。「一緒に走るんだ。その双子と。一緒に走ったことあるか?」
「ちいさい頃なら……」
「なら走れ。走るんだ。横に並んでお互いにペースを合わせて走る。公園を一周でも二周でも三周でもするんだ。不安だったら、さっきのやつを誘え。そうしろ。それがいい」
「ワンパクだねえ」
キリンが紫色の長い舌を伸ばして目の前の枝から葉っぱを引きはがす。首で道を開いて、蹄で地面をならしていく。
「私にできる助言は、年を取ると動きたくっても動けなくなるから、動けるうちに動いとけ、ってぐらいかな。若い子の頑張りはいつだって応援してるよ」
「そんなおばあちゃんみたいなこと言うなよ」
紀州犬が舌を垂らすと、キリンは背筋と首筋を伸ばして、
「だれがババアだ。失礼な!」
「そこまでは言ってないけど……。ライオンもなんか林檎ちゃんにアドバイスしてやりなよ」
輿に乗せられているみたいに、キリンの背中で貫録を発散させている王様に矛先を向ける。
「俺様は……、そんなに悩んでるなら、いますぐログアウトして、現実の、マンチニールのプレイヤーと話したほうがいいと思うが」
すると、ハイイロオオカミが網目模様に垂れるライオンのたてがみを仰いで、
「乙女心が分からん奴だなあ。それとも、この試合からそうやってマンチニールを排除するつもりか? 現実で起こして」
「前はオオカミちゃんも現実で話せって言ってたけどね……」
林檎が力なく笑うと、ハイイロオオカミは決まりが悪そうに鼻をひっこめる。
「……ごめんね。急に不安になって。こんな話をして。……もうすぐ会うかもしれないって考えたからかな。……おかしいよね。現実では毎日会ってるんだよ。いまだって……、一緒にいる。……けれど、ろくに話ができないなんて……」
「……おかしくはないさ。俺様にも分かる……、いや、分かる気がする、かな」
ライオンはキリンの背中にうずめていた頭をもたげて、かすかに首を傾けると、林檎の梢に視線だけを向ける。
「必要なのは捨てることだ。動かなくていい。動かないのが植物だ。それでいい。望むな。あるがまま、花開くといい。すべては外からもたらされる。手を伸ばすのは植物じゃない。向こうから手を伸ばしてくる。相手も植物なら、ただ待つだけでいい。そうすれば、いつか風に乗って、葉が触れ合うことぐらいはあるかもしれない」
「おいおい。これまでの話をひっくり返すなよ」
紀州犬が耳をとがらせると、ライオンは深く息をついて、
「アドバイスを求められたから答えたまでだ」
怪訝そうにハイイロオオカミがにおいを探りながら、
「お前。そんなことを言う奴だったか? だいぶ、変わったな」
「変わった、か。……なにもかも。変化からは逃れられない。動物、植物、……人間も。大いなる変化の終着点で口を開けている暗く深い穴にとびこまなければならない……」
彼方の惑星の資源採掘現場を、ライオンは、キツネは、リヒュは想像する。それに嫌悪と恐怖を湧きあがらせる。
「なんの話だ?」
「……戯言だ。聞き流してくれ」
と、ライオンがキリンの背中で震えるように身じろぎしたとき、ハイイロオオカミの肉球が水を踏んづけた。紀州犬がとびのく。
「キリン。高台へ。できるだけ、高い位置に」
すぐさまライオンが指示をする。
ライオンたちが現在地点は、渓流から離れた位置。この水は川とは関係ない。
リコリス、もしくは彼岸花、もしくは曼殊沙華、いくつもの名を持つ植物族の仕業に違いない。海水を生成する海の女神リュコリアスのスキル。
キリンが森の天井から頭を突き抜けさせて地形を確認。夜にはっきりと浮かびあがっているゴールの光柱。敵本拠地は大量の植物が巨大な塊となって、濃緑の稜線がブロッコリーのように膨らんでいる。周囲にはすこし背を低くなった森。そのさらに外側の森はもっと沈みこんでいる。それぞれの場所に生える樹木の樹高の差ではなく、地形自体が落ちこんで、くぼみになっているのだろう。
そのくぼみに、水が流れこんで、溢れたものがここにまで届いているらしい。
「こっち」
キリンが森の形からすこしでも高くなっている場所を探して案内する。
「林檎ちゃん。急げよ」
紀州犬が付き添って、微力ながら地面に溝を掘ると、わずかでも水の流れを遠ざける。これはただの水ではなく、海水、塩水。林檎は水生植物ではない。塩分濃度が高い水は毒になる。
上り坂を進むたびに、これまでの道が水没していく。道と共にあたりの植物オブジェクトも海水に沈む。塩害によって樹木や草花は枯れ落ちて、破壊されていく。
なんとか上り切った先には、海が広がっていた。星を映してつやめく海を越えた先に敵本拠地へと続く森が見える。ゴール付近は完全に囲まれており、遠回りで海を避けるということはできそうにない。
もはや浮島になってしまった場所で身を寄せ合う動物たちと、いくつかの林檎の植物族の肉体が集まって作られたちいさな林。まるで方舟に乗り遅れてしまったかのように、動物たちが暗さを増していく海を眺めた。