●ぽんぽこ14-45 風と夜風の再戦
沈んでは昇る太陽のように夜空に復活したケツァール。煌びやかな翡翠色の翼。燃えあがるような紅玉色の胸元の羽衣。体長の二倍を超える長くしなやかな尾羽。星明かりを浴びながら羽ばたいて、ブチハイエナたちを見下ろす。
そばにはもう一羽小鳥の姿。苔色と朱が混じり合う雅な翼を持つタゲリ。くるんと反り返った冠羽を跳ねさせ、くちばしの向きを変えると、渓谷の縄張りの本拠地方向へと飛び去っていった。
ケツァールはマーゲイとの戦闘で瀕死の重症を負っていた。命からがら森に不時着したもの、もはや長くは持たない。危ういバランスで梢に肉体が引っかかった状態。たいした高さではないものの、その程度の落下ダメージでも尽きてしまうぐらいの体力しか残されていなかった。
そんなケツァールの元へ、小鳥のタゲリが飛んできた。木陰をぬうようにして枝にとまり、翼をたたむ。死にかけのケツァールにくちばしを向けると、うつろに光を失いつつある瞳をじっと覗きこんだ。タゲリの羽衣の彩が白の一色に染まる。神鳥カラドリウスのスキル。病を吸い取る神の使い。ケツァールは癒され、体力はみるみる回復。肉体の損傷以外の状態異常は除去され、戦う力を取り戻したのであった。
ケツァルコアトルのスキルで呼び寄せられた風が矢を運ぶ。疾風の加護を得たミストルティンの矢が枝の隙間をかいくぐり、クルミの植物族に襲いかかった。
矢が降りしきる。まるで雨のように、鋭利な切っ先を激しく突き立ててくる。矢に姿を変えているのはヤドリギの植物族。寄生植物。植物族に対しての攻撃力ボーナスを持つ。クルミの幹はキツツキに打たれたような穴が開けられ、体力が尽きた肉体は崩れ、枯れ落ちていく。残機に操作を切り替えるものの、風の力を借りる矢はすぐさま別のクルミの樹木を探しだして攻撃を加える。
ブチハイエナはシロサイの巨体の陰で耐え忍びながら、高速で飛来する矢を研ぎ澄まされた動体視力で捉えた。クルミ一本を撃破するまでの時間が早すぎると思っていたが、矢の形状を見て理解する。
ミストルティンの矢の先端、その矢尻が割れて、二股に分かれている。まるで、さくらんぼの果実の茎のようだ。一本の矢に二本の先端。それによって、ふたつの刺し傷を作っている。
飛び交う矢を操作しているプレイヤーはひとり。その割に矢の本数が妙に多く見えていたが、この倍化現象のせいであったらしい。形状変化による攻撃力の増強。ケツァールが風で補助していることで、飛行速度、命中率も高まっている。
暗い空からもたらされる風で押しつぶされる。矢の旋風に取り囲まれる。それを夜風が押し返した。矢雨が一斉に散って横殴りになると、藪や地面に突き刺さる。
ブチハイエナがふり返ると、矢によって飛び立つ機会を失っていたヘビクイワシが死亡していた。そのかたわらで渦を巻くどす黒い煙。ネコの形状をした煙に、ブチハイエナが指示を飛ばす。
「矢はいいのでケツァールを!」
「よしきた」
仲間の心臓を代償にテスカトリポカのスキルを発動させ、自らの肉体を煙ネコに変えたマーゲイがジェット噴射のように夜空へと向かう。煙突に吐きだされたみたいに立ち昇ってくる煙に気づいたケツァールが風を差し向けるが、煙ネコは細く鋭く体を変化させて突っ切ってくる。
「同じ手は食わんぞ!」
ケツァールは空中で反転。風に乗って全力逃亡。前回の戦闘でマーゲイの使うテスカトリポカのスキルには制限時間があるということが分かっている。効果が切れるまで、身を隠すつもり。
自分の推進力を高める風と、敵を妨害する風を操る。ヤドリギのサポートは一時中断せざるをえない。引き伸ばされたみたいにケツァールの尾羽が張り詰める。それを追って、煙ネコはドリルのような夜風を吹かせて正面からの風を砕く。
「逃げても無駄だよ」
夜風に乗って聞こえてきた声に、ケツァールはくちばしをとがらせて、
「強がりはよすんだな。俺に追いつくことは……」
かすかに首を傾けて、背後に目を向ける。
すると、「もう、追いついてる」声は真下にあった。ロープ状の煙の体。繊維がほどけるみたいにして、紅玉の腹にぶつかってきた煙は飛散。今度は顎のようになってケツァールの体を翼ごと咥えこんだ。
「いつの間に……!?」言葉を失う。
「よく見なきゃね」
ケツァールが夜空に視線を泳がせると、背後からも細い煙は追ってきている。けれど、その煙は尾を引いて、遥か遠い地上の森とつながっている。自身を捕縛している煙もまた森から伸びている。ふたつの煙は森でつながっている。信じがたいほど長い煙のロープ。そのふたつの先端。煙ネコは最初から相手が逃げることを予測し、長大に体を伸ばすと、片方をおとりにすることで獲物をもう一方の元へと誘導していたのだった。
捕縛されたケツァールは煙によって全身を包まれてしまう。竜巻を起こして引きはがそうとするが、逆向きの夜風に打ち消される。
「相変わらず巫山戯た力だ……」
じわじわと羽毛の隙間にまでしみついてきた煙は、ついには、くちばしをこじ開けてきた。口のなかに侵入される。
「ちゃーんと、とどめを刺さないとね」
腹のなかから声が聞こえる。必死でもがくが吐き出すことはできない。はらわたを切り裂かれ、体力《HP》を失いながらケツァールは、
「忌まわしき神など兄弟が……」
「兄弟? 君の? ウツクシキヌバネドリかな?」
返ってきたのは冷笑だけ。ケツァールは押し黙る。体力が尽きて、死亡した。煙ネコは煙の爪を巨大な鉤状にして、念のため無抵抗な鳥の肉体から心臓をえぐり取っておく。これで生きていたら、いよいよゾンビということになる。
死体を森に捨てて、制限時間と高度を確認。同じ轍を踏まないように、今回は速攻を心掛けたので、まだすこしなら時間がある。
ケツァールを回復させたらしい小鳥のタゲリを軽く探してみるが、完全に退却してしまったようだ。
眼下の森には雲海のようなものが充満し、漂っている。近づくと、やかましいヒツジの二重奏。バロメッツ。植物ヒツジ。その大軍団。
さらに高度を下げていくとすさまじい騒音ぶり。なにをそんなに騒いでいるのかと見れば、ヒツジの頭がやたらと多い。一頭につき、首がふたつ。それが原因で鳴き声が二重、騒がしさが二倍となっている。
マーゲイは双頭のヒツジと二股の矢を頭のなかで結びつける。
「……ああ、なるほど。兄弟ね」
すっかり得心がいった。ケツァルコアトルの兄弟というと、その双子とされるショロトル。奇形や双子を司るという奇妙な神。そして、この神はイヌの頭を持つとされている。まぶたと眼球がないイヌの顔。敵の肉体の変質はそのスキルによる影響に違いない。
「けど、君たちそんなに仲良かった? それに、忌まわしさに関してはどっこいどっこいじゃない? あんな言い方されるいわれはないのになあ……」
煙ネコは疑問と不満で体を膨らませる。そうしながら、夜風に乗って、ヒツジ雲をのあいだを駆け巡っていった。