●ぽんぽこ14-43 若返り
夜空でケツァールとマーゲイが風と風とを激しくぶつけ合っていた頃、地上での戦闘は次の局面へと突入していた。
リカオンの肉体がシロサイの頭からずり落ちたのを地中から察知したマンドラゴラの植物族は、いつでも麻痺の叫び声を浴びせかけられるように、地上を目指して動きだす。
しかし、やけに土が重い。いくら押しても芽がでない。くり返し土を押しのけようとしたマンドラゴラは、土が重いのではなく、自分の芽吹く力が弱っているのだということに気がついた。
クルミのアレロパシーによる成長阻害。いや、違う。根から伸びようとしている芽は枯れたりはせず、元気そのもの。これでは成長逆行だ。時を巻き戻すように。芽が若返っている。自然な現象ではない。
マンドラゴラと同じことが、リュウゼツランの植物族の身にも起きていた。花茎がどんどん短くなり、マヤウェルのスキルによる香りが放出が困難になっていく。さらには山魈も、成木の体が縮み、すっかり若木の姿。
異常が発生しているのは植物族だけではない。動物たちもだ。敵味方関係なく、無差別に及んでいる。シロサイ、オオアナコンダ、ブチハイエナ。全員が若返りの影響を受け、いまもそれが進行している。
地面に倒れているリカオンには変化がない。なぜか絶命しているリカオン。死亡原因は不明。元々体力が限界だったのだろうか。おそらく死亡状態にあるから別の効果の干渉を受けていない。つまり、この若返りは、プレイヤーを対象としたスキル。
若木の山魈はリカオン以外にも、若返っていないものを見つけた。それは、クルミの植物族。こいつがなにかをしているのだと勘づく。
短くなった一本足で跳ねると、しなやかになったぶん柔らかい一本腕でクルミを殴る。頑強な幹には若木の攻撃がまるで通じていない。わずかに枝がゆれて、硬い殻の実がぱらぱらと落ちてきただけ。
植物族の相手は面倒。植物族がそう感じるのだから間違いない。アレロパシーを使われながら放置していたのも、倒すには時間がかかるという一点につきる。
もはや幼木になりかけの若木。瓜みたいな山魈の頭がしぼむ。どこまで変化するのか。あまりに想定外の事態に混乱し、足が止まる。
軽くなった肉体が大地の振動をとらえた。幼くなってもなお巨体のシロサイの赤ちゃんが突撃してくる。幼い頭に角はまだなく、こぶのようなものが見えるだけ。それが、赤ちゃんとは思えない強い力で山魈を押しつぶした。
敵の残骸を踏みつけた赤ちゃんシロサイは大型犬を超えるサイズ。体重は人間の大人以上にある。子供のくせにパワーはすでに一級品。若木を粉砕するぐらいはわけない仕事。
カホクザンショウは別の肉体を使うが、そちらも若木になっている。けれども、めげずに山魈のスキルを使って戦おうとする足元に、這い寄ってきたオオアナコンダの赤ちゃん。こちらも幼いながらにすでに大蛇。オオアナコンダは卵生が多いヘビのなかで、卵胎生という性質を持つ。母親の胎内で卵が孵化し、それから産み落とされるのだ。卵生はもっとも未熟な状態で子供が誕生する。胎生は母親の負担がおおきいものの、十分に成長した状態で子供が生まれる。卵胎生はその中間。卵生のヘビに比べれば、赤ちゃんの状態でもずいぶんと成長した姿。子ヘビであってもマムシやサイドワインダーの成体と遜色のない体長。
オオアナコンダはマンドラゴラが芽をだせないと見て、ブチハイエナの耳を守る鎧の役割を放棄。スキルを発動させ、赤ちゃんニーズヘッグの肉体に変貌した。本来の超巨体からすると、おおきさは子供らしいプチサイズ。しかし、荒縄ぐらいはある。ヘビの牙は植物族特効を持つ平たい歯に変質。幼さが目立つすきっ歯気味だが、立派に効果は発揮されており、山魈の若木の足を簡単に食い散らした。
ブチハイエナはというと、赤ちゃんのうちはトレードマークのブチ模様がなく、真っ黒な毛衣。未熟な耳はぺたんと後ろに倒れ、頭にひっついているような状態。尻尾は短くてひょろひょろ。シロサイやオオアナコンダに比べるとかなり貧弱になってしまっている。ジェヴォーダンの獣のスキルを使ってみるも、変貌した肉体は微塵もおそろしさを感じさせないころころとした姿。
こりずにやってきた若木の山魈が、闇色の幼獣を踏んづけようとしたが、横からシロサイの赤ちゃんに突きとばされた。角を使うまでもなく、体重だけでつぶされてしまう。
他の場所では、リュウゼツランの植物族を赤ちゃんニーズヘッグが襲っていた。花茎が引っこんで、ひどくちいさくなった若芽をむしゃむしゃと食い千切り、貪欲に舌で風を舐めまわしてにおいを探ると、近くの残機も次々に餌食にしていく。
赤ちゃんシロサイと赤ちゃんニーズヘッグによって蹂躙される若植物たち。地中に身を潜めているマンドラゴラの植物族は戦々恐々。しかし、じっとしていると、クルミの植物族のアレロパシーによって、体力が一方的に削られていく。
クルミ。それが使っているらしい珍奇なスキル。
――きっと、イズンだ。
マンドラゴラは考える。若さを司る美貌の女神。若さを与える黄金の林檎の管理者。悪神ロキが原因で攫われるが、それを取り戻したのもロキであったという。救出の際、ロキがとった手段というのが、イズンをクルミに変身させるというもの。イズンが攫われているあいだに神々は老いてしまったが、帰ってきたことで再び若さを取り戻した。
種まで逆行してしまいそうになりながら、マンドラゴラはスキルを使って胎児のような人型植物になる。じっとしてはいられない。地中に根を広げ、手足を使って土をかく。
イズンのスキルによる若返りには即効性はないようだ。じわじわと体に浸透するように若返っていく。遅れて戦闘に参加したケツァールは無事だとは思うが、他の要因で足止めされているのか助けにきてはくれない。
地中でもがく。土におぼれる。死に物狂いの滑稽な踊りを踊り続ける。体中にへばりつく湿った土を押しのけながら、大地の天井をたたく。何度も何度もノックする。頭で、手で、芽で。開けて。開けて。
もしも地上にでれたら、一目散に走って逃げる。それしかない。イズンのスキルの効果範囲外へ。アレロパシーの影響が及ばない場所へ。この戦闘はこちらの負けだ。だが、一本でも肉体が残っていれば、植物族はしぶとく戦い抜いてみせる。
すこしずつ、天井が破けてきた。崩れる。地中の闇から、夜の闇へ。
冷えた空気に体をさらす。
そこには、幼獣の爪が待ち構えていた。
闇色の幼獣が土を掘り返していたのだ。
悲鳴。かぼそい叫び声。幼獣は麻痺したが、胎児となったマンドラゴラの声は長くは続かない。すぐに動きだしたブチハイエナの赤ちゃんが、マンドラゴラを牙の檻の奥深くへと、そっと閉じこめた。