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●ぽんぽこ14-42 生贄

「新鮮な心臓っ!」

 鬱蒼うっそうとした暗いこずえでマーゲイがうっとりとほほ笑む。死亡したリカオンを遠目に眺めると、ヒョウ柄のしなやかな毛衣もういをぐぐっと伸ばし、高い樹の上からするりととび降りた。

 生い茂る葉っぱを通り抜ける。枝をかわしてさらに落ちる。落ちる。けれども、ネコの肉球が大地に触れることはなかった。マーゲイの姿は空中でゆらいだかと思うと、まるで煙のようにぼやける。そのまま不定形になってしまった肉体アバターは宙をしばらくただよっていたが、ビュッと鋭く吹いてきた夜風に乗って、空高くへと飛びあがっていった。


 狼煙のろしごとくに立ち昇ってくるなにかを、上空で滑空していたケツァールは厳しい瞳で見据える。

「……邪悪な者がやってくる」

 ケツァルコアトルのスキルを使って風を巻き起こす。しかし、同じぐらいの強さの風が押し返すように吹いてきた。

 近づいてくるのはがしたようにどす黒い煙。目をらすと、煙はネコの姿をしている。おぼろな表面にはうっすらとした模様も見えた。斑点ではなく、花が咲いたような形の輪っかが連なる模様。

「子ジャガーか?」ケツァールがこぼした疑問にすぐさま答えが跳ね返ってくる。

「ぼくはマーゲイだよ。ヒョウ属ですらないんだけどね」

 煙ネコが夜風をみこみふくらんでいく。それを阻止するように、ケツァールがスキルで得た怪力のくちばしで煙ネコを貫いた。だが、とらえどころのない煙の体はすこしゆらいだだけで、すぐに元に戻ってしまう。

煙を吐く鏡(テスカトリポカ)め!」ケツァールが嫌悪の怒声をあげる。

 風と怪力に目を丸くした煙ネコは、

「君は羽毛ある蛇(ケツァルコアトル)か。奇遇だねえ」

 ジャガーに似た形状の煙が渦を巻いて夜風に舞い、ケツァールの体にからみついてきた。長い尾羽が苦し気にゆれて、鳥の体は空中に固定されてしまう。

 驚嘆きょうたんすべき形状変化。重力などまるきり無視した煙の体。

 マーゲイの肉体アバター生贄いけにえを得ることによって飛躍的に強化されていた。テスカトリポカのスキル。夜空の神。夜風の神。その他多くの属性を併せ持つ戦争の神。ナワルと呼ばれる変身能力を有しており、ジャガーに変身することができるとされる。

 そして、テスカトリポカは生贄いけにえを求める神であった。五番目の月トシュカトルには、一年のあいだ準備していた若者の心臓をえぐりとって殺し、首は切断してツォンパントリと呼ばれる棒に刺されたのだという。

 スキルの発動条件は仲間の命。マーゲイはリカオンの心臓を奪って、自らの力に変えた。

 ケツァールが強風を呼び寄せる。煙をぎ払っていましめから脱出。ケツァールの風に乗った煙ネコは、自らの夜風に乗り換えて空中で反転。煙の牙と爪で翡翠ヒスイの翼を切り刻む。

おぞましい生贄いけにえの神の力を使うなど!」

「君も似たようなものでしょ」

「俺をけがれたものと一緒にするな!」

 憤慨ふんがいしながら夜空高くに舞いあがる。魔訶まか不思議な煙ネコは鳥を追って、雲にまぎれて風にける。

「ケツァルコアトルは人身御供ひとみごくうなどという悪しき習慣を望まなかった!」

「ふうん」煙ネコの鼻先がゆれる。伝承には微塵みじんも興味がなさそうに「その結果追い出されたんでしょ。テスカトリポカに。つまり、ぼくのほうが強い」

卑劣ひれつ策謀さくぼうあってのことだ!」

 紅の羽衣ういが烈火のごとくにひるがえり、翡翠ヒスイの翼が羽ばたくと、猛々たけだけしい風が吹き荒れはじめた。あまりの激しさに、煙ネコの輪郭りんかくが乱れて、危うく引き千切ちぎられそうになる。

「うぐぐ」雲にしがみつくみたいにしてこらえた煙ネコは、対抗して強い夜風を吹かせはじめた。

 強烈なふたつの風がぶつかって、上昇気流が発生する。上空に運ばれて冷えた空気が積乱雲を形成するきざし。しかし、その前に雲は風になで斬りにされて木っ端みじんに霧散むさん

「どこにいった?」

 雲と一緒に消えた煙ネコを、長い尾羽をなびかせながらケツァールが探す。すると、細いヒョウ柄のロープみたいなものがはためいているのを発見。強風をぶつける。だが、ロープは吹き飛ぶどころか、ピンと伸びると、投げ放たれた槍のごとくに風のなかを突っ切ってきた。

 煙の槍がケツァールの翼を射る。触れた瞬間にほどけて今度は鎖になると、鳥の体をがっしりと捕縛。さらに煙の鎖は網になって鳥を包みこむ。ケツァルコアトルのスキルで強化された怪力でもってふりほどこうとするが、煙を千切ちぎることはできない。そして、複雑にからみあった煙は風で散らすこともできなかった。

「急いでるんだぼく」

 マーゲイが言って、締めあげる力を強める。煙の一部がジャガーの顔に変化。牙をとがらせ鳥に噛みついた。

 変幻自在な脅威きょういの煙ネコに翻弄ほんろうされるままのケツァールの体力(HP)は雀の涙。ついにはぐったりと羽根一枚すら動かなくなる。

「あーあ。しぶとかった」

 戦いを終えたマーゲイはフウと溜息。煙の体がふわりとゆれる。と、そのとき、肉体アバターにじんわりと重みがよみがえってきた。

「うわっ! やば……」

 実体が戻ってくる。煙ネコからただのネコへ。マーゲイの肉体アバターへ。仲間の命という重い代償を支払ってはいるが、好き放題に戦えるのは短い時間のみ。制限時間が切れる前に地上に戻ろうと思っていたが、風の応酬があったせいで思ったよりも手間取った。

 翡翠ヒスイ紅玉ルビーの鳥の体を放り投げて宙を泳ぐ。四肢ししをばたつかせ、尻尾をちぢめたり、伸ばしたり。けれど重力に対してそんな抵抗はまったくの無駄。夜の森へと真っ逆さま。遠い地上が急速に近づいてくる。高く飛びすぎた。空気抵抗が全身をけば立たせる。尻尾が空に引っ張られる。墜落ついらくすれば、即死級の落下ダメージを受けるのは必至の高さ。

 体を丸める。今度はうーんと広げてみる。どうにもならない。眼下の森が視界をおおいつくしていく。闇がどんどん深まる。味方だった夜が、いまは攻撃的に、マーゲイを押しつぶそうとしていた。

「おいっ!」

 夜闇のなかから影が話しかけてきた。影がしゅを差している。翼の音。影のように黒々としたミナミジサイチョウ。

「ジサイチョウ! 助けて!」

「あんまり期待するなよ!」

 漆黒の大翼がマーゲイの体の下に滑りこむ。衝撃を受け止めて、体勢を崩しながらも懸命けんめいに羽ばたく。持ちこたえるかと思えたが、その一瞬後、

「……やっぱ無理」

 頑張りはしたのだが、結局ふたり一緒に団子になって落っこちていく。

「そんなあ」マーゲイの落胆の声。

「だってなあ。鳥ってのは基本的に我が身ひとつ浮かすのが精いっぱいなんだぞ」

「そりゃそうかもしれないけどさ。いけるかもって思っちゃったじゃない」

「期待するなと言っただろうが」

 尻尾と翼をばたつかせながら、ネコと鳥はなかあきらめムード。

「だいたいな。重たいんだよお前は」

「ネコとしては軽いほうのはずなんだけどなあ、ぼく。オセロット姐さんの半分ぐらいしか体重がないんだよ」

「比較対象がでかすぎるだろ。おれの体重なんて、たぶんだが、お前のさらに半分ぐらいだぞ」

「ええ? ぼくより体がおっきいのに」

「鳥ってのはそんなもんなんだよ」

「へー」

 ミナミジサイチョウは翼を広げた姿勢を保とうとする。空気抵抗を増やして重力にあらがう。ほんのわずかに減速してはいるが、落下し続けている事実はゆるがない。

「巻き添え食らう前にぼくを捨てたほうがいいよ」マーゲイ。

「それだったらもう一回スキルを使え。生き残るんだったらお前のほうがいい。おれの命をやる」

「じゃあそうしようかな」

 あっさりと態度を変えたマーゲイに、ミナミジサイチョウが慌てた声を出す。

「待て待て待て。まだ地面につくまて時間があるだろ」

「だって、無理って言ってたじゃない。善は急げだよ」

「いやいや」と、ミナミジサイチョウはくちばしを震わせながら、向けた視線の先に白いものを見つけた。

「……いま無理じゃなくなった」

 もう一羽鳥が飛んできた。漆黒のミナミジサイチョウとは対照的な純白の羽衣うい。翼の先だけが黒く染まり、目元はメイクをほどしたようなオレンジ。王冠のような飾り羽。輝かんばかりに美しい鳥。ヘビクイワシが仲間の元を目指して羽ばたく。

「こっちこっち!」

 夜の暗さに目を細めている仲間をマーゲイが呼ぶ。

「じっとしていてください」

 滑空してきたヘビクイワシは細かな調整を加えつつ、空中ドッキングを試みる。落下スピードに合わせて軌道を交差。長い脚を慎重に伸ばして、マーゲイの体を上から爪でつかむことに成功。思いっきり羽ばたく。

 マーゲイはかすかな浮遊感を覚える。負担が軽くなった下のミナミジサチョウも力を振りしぼった。さらに強い浮遊感。

 三者が一体となって重力に立ち向かう。だが、それでもなお大地の束縛は強力。

「落としますよ」

 ヘビクイワシが言うと、マーゲイが目を見開いて、

「ぼくを!?」

 困惑の声を気にもとめずにミナミジサイチョウが応じる。

「よしきた」

「あの樹へ」

「いくぞっ!」

 掛け声と共に上下の鳥に投げ捨てられると、ヒョウ柄の毛衣もういが宙におどった。

「あとは自分でなんとかしろ」

「あなたなら大丈夫」

 ミナミジサイチョウとヘビクイワシは見放しと励ましが入り混じった言葉をかけながら、森の天井に衝突するすんでのところで空へと舞い戻っていく。

 風景がゆっくりと流れている。鳥たちのおかげで落下の勢いはかなりがれた。これならなんとかなりそう、とマーゲイはネコらしい柔軟性で体勢を変える。全身をしなやかに使って樹木ひとつに爪を伸ばす。密集する枝葉をクッションにして、懐かしさを感じるこずえのなかへ。

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