●ぽんぽこ5-13 ブチ模様たちの語らい
「どこ行ってたんだよ」
きょろきょろと本拠地の周りを駆け回っていたリカオンが、西の方から戻って来たブチハイエナに咎めるような声を掛ける。
「総力戦ですからね。私も戦わないと」
「そんなにギリギリか?」
リカオンが耳と尻尾を垂らして聞くと「ええ」と少々疲れた声が返ってくる。ブチハイエナは少し息を切らしている風でもあった。
ふたりが向かい合う。いずれもブチ模様の獣。ふたりとも耳が丸っこくて大きく、遠目には似ているが、ブチハイエナはリカオンよりも一回り以上は大きく、肩をいからすような姿勢。それにブチハイエナは灰褐色の毛に黒のブチ模様、リカオンは黒黄白が荒々しく入り混じったようなブチ模様をしている。
疲れた様子のブチハイエナのブチ模様は、大風に煽られたように乱れ切っていた。そんな毛並みを気遣うように、リカオンは毛づくろいしてやる。そうすると二頭は親子のようにも、きょうだいのようにも見えた。
そうしながら、リカオンが副長が不在の間の出来事をスピーカーで語る。
「ハゲコウが拠点を通ろうとしていた敵の小動物を何体か排除したって言ってたぞ。東方向へ飛んでいくムササビを見かけたが、それは逃がしてしまったそうだ。それだけ知らせて、すぐに巡回に戻っていった。それからフラミンゴからも報告があった。北西のウマグマはイボイノシシが抑えてるが、敵の増援があって、今はアカシアの第二防衛ラインまで後退して戦っているらしい。副長がいなくて次の動きをどうしたらいいかって困ってたから、俺が代わりに南の偵察を頼んでおいた。現状、敵は途絶えているが、今は南側に目がない状態だからな」
「ありがとうございます。適切な判断です」
「それはどうも。それで、俺のパーティの戦況だが……」
リカオンは南西であったインドサイ、ユキヒョウ、ドールとの戦闘と、ブラックバックを逃してトムソンガゼルが追っていったことを語った。
「チーター、シマウマの二名は戦闘不能ですか」
「ああ。イチジクの実を運ぼうかって提案したんだが、そんな暇はないだろうから、ほっとけって感じだった。確かに考えてみれば、ふたりとも裂傷やら骨折やらの状態異常まみれだったし、体力だけ回復させても、戦が終わってリフレッシュされるまでは動けないかと、後で俺も冷静になって思ったよ」
帰還途中、リカオンはイチジクから果実を提供してもらって、減少していた体力を回復させていた。口にする瞬間、そういえば犬はイチジクを食べてはいけないのではなかったかと、ふと思い浮かんだが、仮想現実だから問題ないかと考え直した。結局、食べても状態異常にかかったりすることはなかった。
「トムソンガゼルのことですが……」
ブチハイエナはリカオンなら信頼できると考えて、このタイミングで裏切りの疑惑について話しておくことにした。
「彼はトラの群れのスパイだと私は考えているんです」
「ふうん」とリカオンは特に驚くでもなく「そんなことだろうと思った。それで副長も歯切れの悪い命令をしてたんだなあ」とあっさりと受け入れた。
「心当たりがおありだったんですか?」
「いいや。でも一緒に戦ってると変な感じがするんだよな。連携が取り難いような感じ。副長もたまにはパーティ組んで戦ってみると分かるよ」
「助言、ありがたく受け取っておきます。さて……」
ブチハイエナはリカオンをどこに配置させるか、戦況を分析しながら考える。戦力を遊ばせている余裕はない。東方向からはイリエワニとスイセン。ハゲコウの報告によるとムササビもそちらへ。ダチョウは消息、生死共に不明。南からの攻撃はリカオンたちが勝ってくれたおかげで一旦は落ち着いている。もし動きがあれば、フラミンゴからの報告があるはず。北ではイボイノシシがウマグマ他と戦闘中。西を守っていたヌーとオポッサムは、西南西のコナラの森にトムソンガゼルの様子を確認しに行ってもらってから連絡はない。戦闘になるやもしれないと思い、ヌーも行かせたが、実際に戦闘があったと考えた方が良さそうだ。リカオンの報告から類推すると、トムソンガゼルはブラックバックと示し合わせたように移動したようだから、敵と遭遇したとすれば、相手はブラックバックか。それとも別の連絡役が待っていた可能性もある。できれば敵を仕留めてくれていれば助かるが、そううまくいっているとも考え難い。オポッサムが帰ってこないのが不測の事態が発生した証拠。ヌーを移動させたことで空いた穴に攻め込んで来た軍勢は全て片付けたが、少しばかり神聖スキルを使い過ぎた。王の群れ全体の命力不足は自分にも当てはまる。これ以上は消費できない。無理すれば命力ゼロ、キャラクター消滅の危険性がある。リカオンに向かってもらうとしたら、イボイノシシへの加勢か、ヌーたちの安否確認。
太陽は天頂に昇り、少し傾きはじめている。月があの太陽の代わりに天に昇り切れば、群れ戦が終わる。それまで本拠地、王の玉座を守り切らなければ。敵も相当の戦力をくり出してきているが、仲間たちは奮起して、それをよく捌いてくれている。
しばし空を見上げて悩んだ末に、
「イボイノシシへの加勢に向かってもらえますか」
と、ブチハイエナはリカオンに鼻先を向ける。すると、くしゅん、とリカオンのくしゃみが返ってきた。ブチハイエナは、後でイボイノシシは怒るだろうな、と考える。助勢無用、と彼なら言うだろう。彼はいささかプライドが高すぎる。
「分かった。しかし、バオバブはどこに行ったんだ」
「それなら……」
ブチハイエナは東へと視線を向ける。その動作で全てを察して、バオバブが消えた謎が氷解したリカオンは、
「ああ。そういうことだったのか」
と、納得したように頷いた。