●ぽんぽこ13-39 ランキング二位
夜に沈み、澄んだ空気に緑の香りが鮮明になってきた渓谷の縄張り。中心地点から立ち昇るのはゴールを示す光柱のグラフィック。それをかすめるように流れている渓流。リカオンたちはゴールから見た渓流の上流方面、ライオンたちがいるのとは逆方向から進攻中。
進むルートは川から離れた位置。ハンノキの植物族のように川付近に陣取っている敵を避けて道を切り開く。
先頭をゆくのはシロサイ。鼻先から伸びる長大な二本角をふるっての猛突進。貫かれた樹々は瞬時に耐久力が尽きて消滅。
重機のように突き進むシロサイの頭の上には白黄黒の粗いブチ模様の獣がいた。へばりつくリカオンは敵の気配がないかと耳鼻目すべての感覚を集中させている。リカオンはイエイヌではないがイヌ科。サイズはイエイヌで言うところの大型犬だが、シロサイの体長はその四倍近く。リカオンは背中を丸めて、シロサイの頭にすっぽりと帽子のようにおさまっている。
ふたりの後方。シロサイが森に引いた直線をなぞるようにして進んでいるのがブチハイエナ、オオアナコンダ、クルミの植物族。ブチハイエナたちが通ったあとの道の幅は細筆から太筆に切り替わったみたいに広くなっている。
植物オブジェクトを破壊して道幅を広げているのはクルミ。クルミはアレロパシーを持っている。アレロパシーとは植物が化学物質を放出して、他者に影響を与える効果。クルミが放つ化学物質は他植物の成長を阻害し、除草する。これによって植物族でありながら、スキルも使わず、ただ佇んでいるだけで、他の植物にダメージを与えることが可能。
クルミは種を落とし、根を張って、芽吹き、幹や枝を伸ばして、葉を茂らせる。一本、一本、自らの分身を前方へと置いていく。クルミの樹木を中心とした円のなかに生える植物オブジェクトはゆっくりとしおれ、破壊されていく。
鋭く細いシロサイの道。ゆったりと太いクルミの道。二段構えの布陣でゴールを目指す一行。
順調かと思われる道筋。だが、敵の種子は地中に潜み、待ち構えていた。
後方にいるブチハイエナは、夜の木陰で塗りつぶされた道のずっと先から響いてくるリカオンの鳴き声を聞き取った。接敵を知らせるサインだが、途中で喉を絞めらたかのようにはたりと途絶える。それとは別の、針のような叫び声。こちらは敵のもの。かすかな残響を聞いただけでも肉体が麻痺。しかし、余韻と共に状態異常は消え去った。
危惧していた相手と出会ったらしい。ブチハイエナはじりりとさがって耳を伏せる。あとに聞こえた叫び声はマンドラゴラのスキルによるもの。聞いたプレイヤーを麻痺させる効果を持つ。人型をした伝説の植物。使っているのは同じ名を持つ植物マンドラゴラの植物族。ナス科であり、マンドレイクとも呼ばれる。
マンドラゴラは妨害能力に秀でているが攻撃能力は持たないと聞く。仲間と一緒のはず。自由を奪った相手を倒す役割を担う者が。それを探して、ブチハイエナは闇をかき分けるようにして瞳を光らせた。
いやだなあ、いやだなあ、とカホクザンショウは心のなかで愚痴をこぼし続けていた。
戦いたくない敵ランキング。そんなアンケートを植物族プレイヤーにとったとしたら、一位は断トツでゾウ、二位がサイ、三位がキリンになるだろう。
太陽がまだ昇っていた頃にキリンと戦った。
強かった。山魈のスキルで生やした一本腕でライオンゴロシの果実を投げまくってやったが、結果は合成獣アンズーの妨害もあって返り討ち。邪魔がなければ勝てたかもしれない。しかし、ライオンゴロシはライオンを目の敵にしていたから、あの場にライオンがいなかったら一緒に戦ってはくれなかっただろう。こんなもしもを考えてもしかたがない。確実なのは名実ともにライオンに勝ってやると息巻いていたライオンゴロシが今頃がっかりしているであろうことだけ。
それで今度の相手はサイときている。ランキング三位の次は二位の登場。冗談じゃない。この後、華麗に一位参上なんて展開になったとしたら絶対にバックレてやる。
サイと戦わなければならない。しかもシロサイだ。サイ科のなかで一番でっかい体の持ち主。樹皮よりよっぽど分厚い皮膚の装甲。相性差でダメージが軽減されるので、山魈の剛力を駆使しても体力が削れるかどうか。
「損な役回りだよなあ」
一本足でぴょーん、ぴょーん、と森を走りながらひとりごちる。ギンドロの群れには大量の植物族が所属しており、多くがスキルを有しているが、それだけいても自分の意志で自由に動きまわれる植物族は希少。
ヤドリギの植物族は自身の肉体を矢に変えて放つミストルティンのスキルを持っているが、直線移動しかできず、刺さることができる足場が必要なので、どこにでも移動できるわけではない。シロバナワタの植物族がスキルで生成するバロメッツのヒツジたちは自由に動くが、これはプレイヤーではない。しかも、思った通りの場所に移動させたり、行動させたりという指示はなかなかに大変。ある程度ランダムに動くよう設定してあるらしく、言うことを聞かないこともしばしば。
完全な自由を得て動くには、やはり足が必要。動物のような。植物に足が生えるスキルを持つのは、すくなくともギンドロの群れにはふたりだけ。カホクザンショウとマンドラゴラ。そんななかで求められているのは攻撃能力。マンドラゴラは動けるが、スキルの性質的に役割は待ち伏せの妨害。これは他の植物族にも可能なこと。あちこちに出張して、敵を遊撃するという普通の植物族にできないことができると、重宝されてしまうというわけであった。
自然ななりゆきでもって、カホクザンショウの仕事は他よりも忙しくなりがち。個人的にはイヌたちの群れと合併したことで負担が減るのではと期待していたが、残念ながらそんなことはなかった。ついさっきになってやっと協力しようという話が持ちあがったらしいが、遅すぎるというのが感想。
――仲良くすればいいのに。
様々な理由でこの群れの植物族は獣を嫌っている。好きだったらそもそもこんな辺鄙なところにある縄張りに所属したりなんかしない。獣をというより、獣のプレイヤーを、と言ったほうがいいかもしれない。動けない身だといろいろあるのだ。それはよく分かる。
そんななか、カホクザンショウは獣に対してこだわりを持たない。まわりに調子を合わせたりすることはあるが、本心ではどっちでもいいと思っている。好きでも嫌いでもないといったところ。
この群れに所属するきっかけは獣なんて関係なく、マンドラゴラだった。マンドラゴラに誘われたからきたというだけであって、植物族が集まっているからとか、植物族に強い愛着があるわけでもなかった。こんな調子だからこそ、半分だけの人体、一本足、一本腕の中途半端な体を備えたスキルを使えるのかもしれない。
とはいえ、カホクザンショウはこの群れにおいて、そろそろ結構な古参。月日というものは好む好まざるに関わらずに一定の速度で流れゆく。長く所属していると蔓植物のようにからむしがらみもできる。サイの相手は憂鬱だが、やるだけのことはやっておかなければならない。
マンドラゴラが待っている。敵を倒さないと。
幅跳びみたいにおおきく跳躍。たれ落ちる枝に、山魈の肉体の瓜に似た顔をくすぐられながら藪をとび越える。夜にうずくまる灰色の大岩みたいなシロサイの体はもうすぐそこ。