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●ぽんぽこ14-38 顔

 異様なぐらいに肉体アバターが弱っている理由を聞かれたライオンは、たてがみでふわりと顔を隠すようにして、

「俺様もやられるときはやられるさ」

「だれにやられたかと聞いたんだが」

 ハイイロオオカミに重ねてたずねられるが、ヒグマの不意打ちに一発殴られただけで、ここまで満身創痍になっているなどとは言えない。

「もう倒したよ」ヒグマは倒したので嘘ではない。

植物族ドリュアスのだれかか? お前がそこまでやられるなんてな」

「過大評価だよ」

「なぜそんなに弱気になってるんだ? お前の実力はちゃんと知ってるつもりだ。長い付き合いだろ」

 向けられた鼻先から目をそらして、ライオンはゆっくりと歩きだす。キリンが追い抜いて、前方をふさぐ植物オブジェクトを伐採すると、王に道を開かせた。紀州犬は後ろのほうで、遅れて樹列を伸ばしている林檎りんご植物族ドリュアスのそばにつく。

 房のある尻尾が振り子のようにゆれた。

「思い込みが目をくもらせる。そういうやつがだまされる」

 ぽつんと立っていたハイイロオオカミは、大股な走りでライオンの横に尻尾を並べると、

「俺をだましているのか?」

「さあな。それよりハスキーのことを聞かせろ」

 突然、話題に上った名前にハイイロオオカミは、うっ、と息をみこんで、

「なんでハスキーのことを?」

「さっきの戦闘で唯一生き残ってる敵だ。その情報をよこせと言っているんだ。黄金の果実(アムブロシア)を持ち逃げした張本人でもある」

「そういうことか」

 妙に安心した声に、ライオンは怪訝けげんな表情。

「なんだと思った?」

「いや、別に……」

 気まずそうにそらされた視線の先には紀州犬。弱ったライオンの足があまりに遅いので、林檎に追いつかれてしまっている。もの言いたげな紀州犬に、また顔をそらしたハイイロオオカミは前方をゆくキリンの網目模様をじっと見つめる。

「イヌとしての話なら持久戦タイプだ。かなり長時間走り続けられるスタミナがある。だが知りたいのはスキルについてだろ。それなら俺より、実際戦った紀州犬に聞けよ」

「それもそうだ」と、ライオン。

 耳を立てて話を聞いていた紀州犬がふたりのそばまでやってきて、

「あれはライラプスのスキルだと思う。獲物を必ず捕まえられるって運命づけられた猟犬だ。効果としてはたぶんだけど、狙いを定めた相手に接触するまでぶっとんでいく、って感じかな」

「その猟犬の話なら俺も知っている」ハイイロオオカミが話を引き継いで「絶対に捕まらない運命にあるテウメッソスの狐の対極の存在だろ」

 キツネと聞いて、ライオンがはなじろむ。ハイイロオオカミはそれに気がつかずに、

「悪さをするテウメッソスの狐を退治するため、ライラプスが使われたって話だ」

「……それで、どうなったんだそのキツネは」

「どっちが勝っても運命に反するっていうんで神ゼウスが両者を石にしてしまったんだとさ」

「第三者の介入か。ふん。興醒きょうざめだな。神がつくった運命を、運命に反するからと神が邪魔するだなんて……。石化か……、そういえばヌーは? イランドもいないな」

「聞いてないのか? ……ふうむ。フラミンゴのやつ、伝達前にやられたか」

 ハイイロオオカミが自分のパーティの状況を説明する。オジロヌーとジャイアントイランドは撃破されて、ダチョウと合流。ただし、ダチョウはヒグマに倒されてしまった。ライオンのパーティのほうはクロハゲワシが生死不明の状態。

 激しい戦い続きでキリンは肉体アバターに裂傷などの状態異常を多く抱えている。ライオンも弱っており、林檎に戦闘能力はない。現状で比較的元気なのはハイイロオオカミと紀州犬のみ。

「石化といえば、ヌーのスキルが効果的かと思ったんだが」と、ライオン。

「ハスキー対策か」紀州犬が鼻っ面にしわを浮かべる。「捕まえようとしても、次は用心してくるかもしれないな。こっちが複数だと、さっきみたいに次々に標的を変えて、あっちこっちに移動される。完全に一対一の戦いに持ちこめれば俺だけでも勝てると思うけど……」

 渋い顔がみっつ並ぶ。 会話に入れない林檎が、うーん、とか、そうねえ、と、ちいさくこぼしている。キリンは耳を後ろに向けながらも、黙々と道を作る作業に没頭している。

「それで、パーティはどうする。合同で進むってことでいいのか」

 ハイイロオオカミがたてがみを横目に見ると、うん、と、うなずき。

「そうすれば連絡役がいなくてもよくなるからな。そろそろ戦力を集中させる頃合いでもある」

「上流方面の様子が分からないのはもうしょうがないね」紀州犬。

 ハイイロオオカミは現在の踏破状況を考える。広々とした渓谷の縄張り。四分の三、もしくは五分の四ぐらいの進行度のはず。そろそろ敵本拠地の光柱が見えてきてもいいあたり。敵の植物族ドリュアスの配置の癖は大体把握できた。分布傾向から見て、守りが薄そうなところを選んで突っ切り、勝負を仕掛ける。

「林檎ちゃんもそれでいいか?」頭上の枝をふり仰ぐ。

「ええ。みんなについていく」

「よし。じゃあそうしよう」

 決定。紀州犬はキリンの手伝いをと前にでる。イエイヌは草食属性ではないが、有利不利のない雑食なので、肉食のハイイロオオカミよりは植物を除去する助けになる。

 ハイイロオオカミとしては戦略云々よりも、死にかけのライオンを放って別行動をするのが心配であった。

「肩を貸そうか?」

 申し出てみるが、断られる。

「不要だ。歩けている。いざとなったら走りもするさ」

「本当にいいのか」

「いらん。自分のことだけを考えろ」

「かわいくないやつめ」

 さっ、と尻尾をなたびかせると、キリンたちの元へと向かう。そうして、前方に広がる未開の地の索敵にあたっていると、紀州犬がそっと身を寄せてきた。

「ハスキーとなにかあったのか?」

「なにかって?」ハイイロオオカミはうんざりしたような鼻息。

「ウルフハウンドの群れクランに残ってるなんて聞いてなかった」

「あいつが言ってない以上は聞くも聞かないもない」

 次に会ったら問いただそうと考えていたが、その暇はなかった。

黄金の果実(アムブロシア)の効果をはじめから知ってて盗んだんだろうか」

「知らなくてもあれだけ目立つ見た目をしてれば察しもつくさ」

「それもそうか」

 紀州犬がまた離れて、やぶや低木に攻撃を加える。ハイイロオオカミはせた姿勢で鼻先を地面に近づけた。ハスキーのにおいと共に、甘い果実の香りがそこかしこにこびりついている。本拠地方向。避けて通ることはできなさそうだ。

 肩越しにふり返って、林檎の植物族ドリュアスと同じ歩幅で進むライオンを見やる。

 ――あいつ。あんな顔だっただろうか。

 心の水面みなもに小石が落っこちたみたいな疑問。ベルセルクのスキルにりつかれたヒグマを見たときにも同じようなことを思った。スキルによってプレイヤーが切り替わった肉体アバター

 ふいに月がかげり、ヤナギのようにゆれるライオンのたてがみの輪郭りんかくだけが闇に浮かびあがった。

「ハイイロオオカミ」

 頭上高くからキリンが呼んでいる。

「あたりの警戒はお願いね」

「ああ。任せておけ」

 前方を中心に、左右にも感覚を広げる。後方の注意もおこたらない。

 いまはイヌの遠吠えは聞こえない。見知った顔をしたイエイヌたちをたくさん倒した。植物の支配が一層強まったように感じる森。その奥へ、深く深く切りこんでいく。

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