●ぽんぽこ5-12 悪夢
「全滅した? 誰にやられたんです?」
「分からない」
「分からない? 何故分からないんです。物陰から矢でも銃弾でも飛んできたと言うおつもりですか」
マレーバクが静かな激しさでもって、ルーセットオオコウモリを詰問する。
「いや。見たさ。見たし、聞きもした。匂いすら感じたよ。けど分からないんだ」
「私と押し問答をしたいのですか?」
「違う。聞いてくれ。ウシぐらいの大きさはあった」
「ではウシでは?」
「違うんだ。オオカミみたいな顔つきで」
「ではオオカミですね?」
「違うんだってば。ちょっとは黙っててくれ」
マレーバクは不満げにスピーカーを静かにさせた。オオコウモリは、ふう、と息を吐いて、頭のなかを整理するようにしながら、起きたことを話しはじめた。
確かにヌーはいなかった。どこかに移動していた。敵は見当たらないし攻め時ってやつだった。ガウルが仲間を引き連れて、がら空きの平原を横切ろうとした時、そいつは現れた。さっきも言ったが、ウシぐらいの大きさはあって、オオカミみたいな顔つき。それにとてつもなくでかい牙が口から覗いていた。鉤爪も怖ろしい鋭さ。耳は尖がっていた。全身が剛毛に包まれていて、長い尻尾の先までけば立った毛が生えていた。そんな動物知ってるか? 俺は知らないね。とにかくガウルたちは正体不明の動物と一戦交えることにした。相手はたった一匹。獲物を取り合うように、襲い掛かっていった。しかし、しかしさ、覆いかぶさるように群がって来た奴らに対して、そいつは頭から齧りついたんだ。頭蓋骨が砕ける音がしたよ。俺はそんなことをする動物を見たことがなかった。あんただって見たことはないだろう。狩りには鉄則がある。まず狙うとしたら喉やら、足やらだ。そうして身動きを取れなくして仕留めるんだ。頭なんてものは硬いし、まず狙うところじゃあない。しかし一撃さ。頭に骨折の状態異常が発生したんだろう。即死。逃げようとする奴も襲われて、離れた木陰で一部始終を観察していた俺以外の全員がやられちまった。そいつはあらゆる恐怖をかき集めて獣の皮で包んだような奴だった。もう生き残りがいないことを確認したそいつは、ライオンの群れの本拠地方向へと走っていった。
「まるで、悪夢みたいだったよ」
と、オオコウモリは締めくくった。マレーバクがその話について、むっつりと黙り込んで思案を巡らせていると、ライオンの縄張りからトムソンガゼルが顔を出した。
「トラが捕まった」
「捕まった?」
あまりに予想外の報告に、マレーバクは素っ頓狂な声を上げる。
「ヌーの神聖スキルだ。カトブレパス。石化の邪眼を持っているらしい。今も無事かどうかは不明。それから……」
「それから?」
言い淀むトムソンガゼルをせかすように、マレーバクが次の言葉を促す。
「ライオンが現れた」
マレーバクは口をあんぐりと開けて、すうう、と息を吸うと、ひょろ長い鼻の先から勢いよく噴射した。
「ライオンは不在のはずでは? 事前にあなたがそう知らせたのですよ。トムソンガゼル」
「ああ。しかし、僕のスパイ行為はバレてたみたいなんだ。裏の裏をかかれた形だ。トラを助けようとしたが、ライオンに邪魔されてしまった」
「ふむん」
と、溜息をついたマレーバクは、背後から突き刺さりそうな視線を感じた。ゾウは非常に耳がいい動物。思わず口、もといスピーカーが滑った。
「アフリカゾウさん。行きましょうか」
ぱおーん、という嘶きがトラの群れの本陣に響く。ずしん、ずしん、と地響きと共に、アフリカゾウがマレーバクの元へと進み出た。
「まあ。お聞きになっていたでしょうが、ライオンがいるそうです。どうぞご存分にお戦いなって下さい。私は一切お止めしません。長も許して下さるでしょう。その代わりと言ってはなんですが、私を途中まで乗せて行って下さいませんか」
「承知」
アフリカゾウは長く強靭な鼻をマレーバクのくっきり白黒に分かれた胴体の下にくぐらせた。そうして軽々と持ち上げる。バクはウマ目であり、実際マレーバクは馬ほどの大きさで、体重も相応。しかし、ゾウはそんな巨漢をものともせずに、宙に浮かせると自身の背の上に、ひょい、と乗せた。
「ちょっと、あなたの毛はちくちくしますね」
マレーバクがほんの少し不満をこぼしながら、前足に四本、後ろ足に三本の蹄を、自分の体長の三倍ほどはあるゾウの分厚い皮膚にしっかり固定して、振り落とされないように掴まる。
「安全運転でお願いしますよ」
ライオンの縄張りの境界線をマレーバクを背に乗せたゾウが越える。そうするとゾウに比べたらだいぶん短い鼻を伸ばしたバクが振り返って、
「オオコウモリ」
「ああ」
「こちらに来れますか?」
縄張りの外に出ていたルーセットオオコウモリが羽ばたいて、境界線を越えようとしたが弾かれてしまった。
「流石に投入できる戦力限界のようですね。トムソンガゼル」
足を早めはじめたアフリカゾウと並走して、
「なんだい?」
と、トムソンガゼルが見上げる。
「あなた。もう向こうには戻れないのでしょう。こちらの偵察役としてオオコウモリの代わりに働いてください」
「分かったよ」
「まずは長の居場所に案内してもらえますか。もう死んでるかもしれませんが、万が一もあります。一応確認はしておかないと、後で何を言われるか分かったものではありませんからね」
「ああ。でもライオンと鉢合わせたら僕は逃げさせてもらうよ」
「それで結構。その時は敵本拠地近くの偵察に行ってください。報告は私の元へ」
「ああ」
トムソンガゼルがアフリカゾウの走る速度に合わせながら、四肢を軽やかに動かして先導する。
マレーバクはゾウの背で体を休ませながら、頭を働かせる。いささか気がかりなのは正体不明の獣だが、それも神聖スキルには違いない。正体不明の獣や、カトブレパスの他にも、敵数名が神聖スキルを使ったという報告があった。オオコウモリは悪夢だといっていたが、まさしく夢。神聖スキルというものは、すべからく過去、地球の人々が見た夢の欠片。おいしい、おいしい、ごちそうだ。それがたっぷりとこの戦場には盛り付けられている。
ゾウの背に揺られて、安楽椅子のような心地良い振動がバクの体を微かに弾ませる。サバンナの乾いた風が、子供を寝かしつかせる母親の大きな手のひらのように体を撫でていく。
舌なめずりして、バクは微笑んだ。
ああ、お腹が空いてきた。