●ぽんぽこ14-27 螺旋と角と矢
荒れ狂う巨大蛇ニーズヘッグ。大樹の幹に匹敵するようなその太い胴体に、バロメッツのヒツジたちが群がって、なりふりかまわぬ攻撃を加える。綿毛の大群は、後方で待機している一頭の植物ヒツジに寄生するヤドリギの植物族によって指揮がなされていた。
ヒツジ一頭ぐらいなら丸呑みにできる大口でもって暴れる巨大蛇。森の大地を埋め尽くす白い綿毛が刈られていく。けれども非力なヒツジは寄り集まって抵抗し、ほんの少しずつであっても、ニーズヘッグの体力を削っていた。
尻尾のひとふり、大口のひと噛み、蹴散らされたバロメッツが、タンポポの綿毛が如くに儚く散って、グラフィックの塵となってゆく。あまりにも軽い命。けれど一輪ならまだしも、数十ものタンポポを吹き消すとなると、さすがのニーズヘッグでも息切れをしはじめていた。
巨大蛇の体中に刻まれたヒツジの噛み痕、蹄の痕。長引く戦闘によって確実にダメージ、打撲、裂傷が蓄積されている。
樹々の隙間にうねる蛇体の堤防の裏で守られているクルミの植物族が、硬い殻の実をばらまきはじめた。食べると体力が回復できるおいしい木の実。ニーズヘッグが顔を向けたが、回復させるものかと、ヒツジが大挙してやってくる。
大口に自ら身を投じる綿毛たち。口をふさいで食事をさせない。回復の阻止と同時に、あわよくば窒息をも狙ってくる。大食漢への大盤振る舞い。息苦しさを感じた巨大蛇は首をふりまわして、ヒツジを吐きだす。そうしながら長大な体を森の大地に這いまわらせて、おおきなおおきなとぐろを巻きはじめた。
ぐるぐる、ぐるぐる、横一直線だった堤防が曲線へ。螺旋を形成し、内と外の曲線のあいだにヒツジを挟みこんでいく。
蛇体の壁の一筆書きで作られた簡易的な迷宮。ヤドリギの植物族も渦のなかに取りこまれる。
出口はひとつ。入り口もひとつ。それらは同じ場所にある。頭が終点、尻尾が始点。ヘビの迷宮がヒツジの綿毛でごったがえした。弾力のある綿毛と綿毛が反発しあって、沸騰した水面ではじける泡の如く、ヒツジの頭が浮かんでは沈む。ニーズヘッグが締めつける力を強めると、梢を仰いだヒツジたちは、おぼれたような鳴き声をあげた。
大量のバロメッツのヒツジを抱えこんだニーズヘッグは、そのまま敵を一網打尽にしようと力をふり絞る。しかし、束ねた紙を折るように、一筋縄ではいかない作業。手こずっているあいだ、ヒツジたちがおとなしくしていてくれるわけもない。
ヤドリギは迷宮の最奥でニーズヘッグと睨みあう。ヘビの全身を使った締め技。スリーパーホールド。コブラクラッチ。ヤドリギはバロメッツたちを出口でなく、ヘビの頭がある一番内側へ呼び寄せる。迷宮の奥にヒツジをどんどん詰めこんで、力を集約させていく。
羊雲が積乱雲へ。そうやってヘビの拘束をふりほどこうとしたそのとき、遠方から伝わってくる振動をヤドリギは感知した。
螺旋の入り口方向からヒツジの悲鳴。悲鳴は迷宮の道をたどって回転し、最奥にある行き止まりへと近づいてくる。
ヤドリギの植物族は、バロメッツの背中で根を落ち着かせながら、感覚を広げて接近するものの正体を探る。
迫りくるのは砲弾ぐらいの勢いがあるなにか。螺旋の迷宮に突入したなにかが、一本道に並んでいるヒツジたちを撃破しながら突き進んでいる。
早い。もうすぐそこ。曲面の向こうで綿毛が破裂した。長く鋭い切っ先が姿をあらわす。角、鼻先、そして顔。頑丈な皮膚でおおわれたその姿はシロサイ。
ハンノキが倒したはずでは、とヤドリギの頭を疑問がかすめる。だが思考している余裕などなく、角がこちらへ向けられる。ヘビの体と体のあいだに挟まれながら駆けるシロサイ。ハンノキはもうすこしで仕留められると言っていた。それがたしかなら、シロサイの体力の残量はあとわずかなはず。
最後のひと刺しを加えるべく、ヤドリギはミストルティンのスキルを使って、自らの体を矢に変えた。シロサイの角より鋭利な先端が、すぐさま撃ちだされて、敵の眉間を狙う。一本道の狭い通路。シロサイの巨体では、巨大蛇の体を乗り越えることは不可能。逃げ場はどこにもない。
森を抜き抜ける風に背中を押されて、矢じりが綿毛をかすめて飛んだ。狙い通りの場所に届き、貫く、その寸前、ヘビの体の上に差す影。
あらわれたのはジェヴォーダンの獣。首がのばされ、横から矢が咥え取られる。前回の戦闘でも見せていた優れた反射神経。足を負傷させたはずだが、関係ないと言わんばかりの精密な操作。
凶悪な顎に力が加わると、細い矢の軸がぽっきりと折れ、バラバラになって地に落ちた。