●ぽんぽこ14-19 絶対追尾
ヒグマとオジロヌーは、クマの悪魔チミセットと、邪眼の魔獣カトブレパスの姿になって、見つめあったまま静止している。カトブレパスのスキル効果によって、チミセットは長腕でラリアットを放つ途中の動作のまま石像のようになっていた。
ふたりから離れた位置の斜面の下では、ジャイアントイランドが変貌した白沢とシベリアンハスキーの戦闘。幹を寄せ合う樹々の隙間をぬって藪に隠れたハスキーをあぶりだすために、イランドの巨体と長角を持った白沢は、周囲の植物オブジェクトを破壊し尽くす勢いで攻めていた。
上下左右どっちを向いても緑の世界。緑色の絵具のなかに落っこちてしまったかのよう。角をふって、突き刺して、緑を払いのけたとしても、裏にはまだまだ緑が待っている。
そんな緑地獄のなかの、緑の一部がとびだしてきた。緑色の妖精犬クー・シーがウシほどの図体でもって襲ってくる。反射的に角を向けると、クー・シーは切っ先を見据え、間合いをはかってとびのいた。
ぬう、ぬう、と背後からヌーの鳴き声。ヌーは、ぬう、と鳴くのでヌーと名付けられた動物。耳になじんだ仲間の声に意識がわずかにそれたとき、高速で走るハスキーが足元をかすめていった。
すれ違いざまにひっかかれる。足のひとつに深い傷。胴の左右に三つずつある白沢の目が敵を追う。正面と左右、ついでに後ろも、すべての方向を見通している。三百六十度をカバーしているというウサギよりも広い視界。
たしかに声がしたのだが、後ろにヌーの姿はない。代わりに別の獣が見えた。一つ目に三つの尻尾。その正体をすぐさま看破。讙というイヌの化け物。特技は他の動物の鳴き真似。
クー・シーと讙には、ラブラドールレトリバーとゴールデンレトリバーの面影がある。ふたりがスキルを使った肉体だと白沢は予想する。
一対三の苦境。イランドがなる白沢と比べれば、クー・シーはひとまわり小さいものの、イヌとは思えない巨体ではあるし、力も強そうだ。しかも妖精には魔に対する有利補正が働かない。イヌの化け物である讙には有利をとれそうだが、角が届く範囲には近づいてこない。
ハスキーもなにかスキルを使っている気配。あまりにも足が速すぎる。元々スタミナが高く、長距離を走るのが得意な犬種だが、短距離の速度は他の犬種に譲る程度だったはず。それが目にもとまらぬ速さで森を駆け回っている。
クー・シーが挑みかかってきた。応じざるをえない。前足ではたくような爪での攻撃を、角で牽制。そうしていると、背後からゴールデンレトリバー。讙のスキルは不要と判断し、解いて攻撃を仕掛けてきた。斜め後ろ方向から臀部を狙った牙。白沢は胴にある目で敵の動きを察知して、蹄で蹴って追い払う。そこにハスキーが駆けこんできた。
三頭を同時に相手しなければならない状況に肉体操作はてんてこまい。九つの目を駆使して活路を探す。体を回転させながら、クー・シーに向けていた角を袈裟斬りにふりおろす。斜めに払って、足元に迫るハスキーを串刺しにすべく、角の切っ先を突きだした。
縄跳びみたいにジャンプで避けたハスキーに対して、角をふりあげ追撃を狙う。空中では自由に動けず、逃げることはできない、かと思えたが、ハスキーは不自然に軌道を変化させた。まるでホーミングミサイルのように白沢に向かって突っこんでくる。磁石が引き合うみたいに衝突。肩口にイヌの牙が食いこむ。
ハスキーは即座に白沢の白い毛衣を蹴りつけて離脱。続けざまにクー・シーの強襲。懐に入られて、首の内側に組み付かれてしまう。角からのがれながら、両前足でのしかかるような体勢。後ろからはゴールデンレトリバー。足の付け根あたりを噛んできた。またハスキーもやってくる。
力任せに肉体を震わせて、クー・シーとゴールデンレトリバーをふりほどく。ハスキーを蹄で踏みつぶそうとしたが、急カーブで方向転換、ありえない高速スピンをして、ふりおろした足に噛みついてきた。
ここにきて白沢はハスキーが使っているスキルにあたりをつける。おそらくはライラプスのスキル。狙った獲物を絶対に逃さない運命を持つ猟犬。自動追尾効果が発動しているらしい。どんな体勢、位置からでも攻撃を当ててくる。こういう敵には避けたり、待ったりせずに、こちらから攻める積極性が必要になる。
標的を絞って白沢が走る。まず倒すべきはちくちくと体力を奪ってくる厄介なハスキー。
だが、他の二頭がそう簡単に思い通りにはさせてはくれない。クー・シーが追いすがってきた。ゴールデンレトリバーは逆側について、攻める機会をうかがっている。押してきていたハスキーは、すっかり引く姿勢。ライラプスのスキルで走力が強化されているらしく、障害物の多い森のなかでは追いつけそうにない。駆け引きの主導を握られてしまっている。
しかたなく別の二頭の相手をするが、そうするとハスキーが踵を返して横やりを入れてくる。翻弄される白沢の肉体にダメージがかさんでいく。
弱った挙句、樹木にしなだれかかって体を傾げた白沢。ここぞとばかりにクー・シーが踏みこんで、首の下のあたりに噛みついた。全体重をかけて押さえつける。白沢は抵抗しようとするが、足の負傷で踏ん張りがきかない。堪えきれず、体力がみるみる減っていく。
「あとはまかせた」
絶対的な優位に、ハスキーは白沢の処理を仲間にゆだねてヒグマのほうへと走りだす。
「ゴルもいきな。あとはぼくがやっとく」
クー・シーに言われて、ゴールデンレトリバーもハスキーを追って、斜面を駆けあがっていった。