●ぽんぽこ14-14 ライオンゴロシ
ライオンゴロシが剛速球で飛んできた。
鋭い鉤爪が寄り集まった形状の、握りこぶしぐらいの果実。くっつき虫の棘をはるかに凶悪にしたような姿。
投手は山魈。カホクザンショウの植物族がスキルで変貌した肉体。一本脚、一本腕。怪力を持つ樹の精霊。
打者はキリン。いわずと知れた動物界随一の長身。長い首をバット代わりにふりかぶると、ぶうん、としならせ、ネッキング攻撃を放つ。
ジャストミート。ヒットになるかと思われたが、棘のボールは網目模様に絡みついて離れない。デッドボール。鉤爪が首を引っかきまわしてくる。けれども、キリンの攻撃を受けて耐久力が尽きた果実は、一瞬後に破壊され、消え去った。
もう一投、ライオンゴロシの植物族が生成した鉤爪つきの果実を、山魈がむしり取って投げる。キリンが受けて、首に細かな傷を刻まれながらも破壊。
ライオンゴロシのおそるべき果実を武器にした攻撃は終わらない。その名の通りライオンすら殺す植物。鉤爪が口に絡みついたライオンは痛みでものが食べられなくなり、餓死するしかなくなるのだという。
抹殺対象であるライオンはキリンの陰に隠れている。王を守護して戦うキリン。一投たりとも自分の後ろには通さない。しかし、盾になり続けているうちに、着実にダメージが蓄積してしまっている。
「相手はほとんどリソースを消費してない。どこかで思い切らないとジリ貧だぞ」
と、キリンの背中にしがみついている紀州犬。クロハゲワシもいたのだが、いまは空に退避している。
相手が投げているのは果実。本体ではない。それを破壊してもライオンゴロシの植物族には一切のダメージがない。
「むりやり近づいて山魈をやれ」
ライオンの指示。キリンは従い、走りだした。付き添うようにライオンも続く。
樹々をなぎ倒しながら敵に迫る。投げ放たれた鉤爪の果実を全身に浴びるが、草食と植物族との相性差で押し通る。しなやかな脚の広いストライド。あと一歩というところまできて、山魈は一本脚をばねのように使って幅跳び。ジャンプを繰り返して、戦闘の余波でややまばらになっている樹々の隙間を逃げていく。
残されたライオンゴロシの植物族の本体をキリンが踏みつぶした。果実がいくら凶悪でも、本体は地を這うただの草。脆弱な肉体。一瞬にして体力が尽き、撃破される。しかし、植物族にとって、肉体をひとつ失うことは些事でしかない。
ライオンゴロシは周辺にいくつも生えて、ライオンたちを取り囲んでいる。棘のボールが供給される次のマウンドに山魈が到着。再び投球を開始する。
投擲はピュシスにおいて敵性NPCにしかできなかった攻撃方法。動物には人間のような手はない。しかし、この山魈は一本腕に人間ような長い指を備えている。物を掴み、投げることができる。このゲームでは特異な存在。
ライオン、それに化けているキツネは考える。紀州犬も言っていたが、このままでは埒が明かない。厄介極まる遠距離攻撃。敵は植物族であり、多数の残機を持っている。長期戦はお手の物。ヒットアンドアウェイで距離を取りながらちくちくと攻撃を続けられると、先にこちらが音をあげることになる。しかも、無理に詰めようにも、手足を持つ植物の化け物はキリンよりも小回りが利くようだ。なかなかの敏捷性。
ライオンゴロシを先に仕留めることにしようか。そちらは山魈のようには動けない。キリンにつぶしまわってもらい、鉤爪の果実という武器をなくせば、投手は殴る蹴るでの乱闘をするしかなくなる。直接対決であればキリンが植物族に勝つのはたやすい。
問題は、すべてのライオンゴロシを除去するまでキリンの体力がもつかどうか。植物族からのダメージを草食属性で軽減しているといっても、ゼロにはできていない。
自分やクロハゲワシ、もといタヌキ、それと紀州犬がどう戦闘に介入するか。キリンという守護者から離れると的になりかねない。ただでさえ、進攻に際して広く道幅をとって森の伐採をしていたことで、射線が通りやすくなっている。
「おっと」
キリンが転びかけて体勢を整える。そこに飛んでくるライオンゴロシの果実。脚をかすって後方に落下。ライオンは足元を見て渋い顔。足の踏み場もないとはこのこと。周囲にはライオンゴロシの棘ばった果実がまきびしのごとくに散らばっている。まるでクリの樹の下のような光景。身動きがとりづらくってしょうがない。
追い詰められているのを感じる。戦えば戦うほどに、相手が有利になっていく。
「紀州犬」ライオンがキリンの背中に呼びかける。
「なんだ」
網目模様の尻のほうから、白いイヌが顔をだす。
「クロハゲワシを探せ。あたりの梢に隠れているはずだ」
戦闘開始直後に逃げるよう指示したのはライオン。それを呼び戻す。
「どうするつもりだ」
「使う。隙だけ作ってくれ」
「だけ、って言っても大変だぞ」
「いいからすぐに取りかかってくれ」
「もうやってる」
と、言うイヌの首は胴体から離れている。犬神のスキル。頭と胴体を別々に操作可能。分離した頭は空中を浮遊し、緑の天井へと突っこんでいく。鉤爪の果実が投げつけられるが、キリンが首で妨害。その毛衣はひっかき傷だらけ。
「もうすこし耐えてくれ」と、ライオン。
「このぐらい平気だよ。任せておくれ」
正面からの投擲攻撃が不意に止んだ。と、いきなり背後から果実が飛んできた。お次は横から。ライオンはキリンの足元に入りこみ、すんでのところで回避。そうしながら心のなかでひやりとする。ライオンに化けた肉体での戦いに、まだそこまでは慣れていない。キツネの三倍ほどの体長。当たり判定もそれ相応。体の使い方をすこしでも間違えると敵の攻撃に当たってしまう。さらには、ライオンらしい動きと立ち振る舞いも意識しなければならない。
キリンがぐるりと首を回して敵を探す。
「植物族らしく、複数の肉体を飛び回ってるみたいだね」
スパイシーな深紅の果実の塊をぶらさげたカホクザンショウの樹木が、森のなかには複数見える。プレイヤーが操作するのはそのうちの一本。操作対象の肉体を切り替えることで、まるで瞬間移動のように自分の位置を変えている。
「システムの悪用だな」
ライオンはキリンの足元で身をこごめて、多方向から降りしきるライオンゴロシの果実から隠れる。
「そういう使い方ができている以上は、システムのほうが悪いんじゃない?」
キリンが言うと、「違いない」と、ライオンは微笑した。
頭上付近の緑から飛びだしてきた濃褐色の羽衣。クロハゲワシ。タヌキが化けている肉体。気づいた山魈がライオンゴロシを持ってふりかぶる。しかし、棘だらけのボールが放たれる直前、その後方からイヌの首が襲いかかってきた。
瓜のような後頭部に齧りつく。引きはがそうと一本腕が伸ばされると、ぱっ、と離れて飛び去った。
山魈はどの敵を狙うか逡巡。正面にいるキリンとライオン。空のクロハゲワシ。背後の緑に消えたイヌの首。イヌの胴体はキリンの背中にしがみついたまま。
と、悩んでいる間にもクロハゲワシがライオンの元に到着。一頭と一羽の肉体が溶け合うようにして融合しはじめた。
「合成獣か」
山魈がひとりごちると、ライオンゴロシの植物族が、
「あれもライオンなのかな。殺せる?」
あらわれたのはライオンの頭、ワシの体を持つ合成獣アンズー。力強く翼が羽ばたくと、激しい嵐が巻き起こった。