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●ぽんぽこ14-13 植物の夢

 植物族ドリュアスのプレイヤーが方々の配置場所に生える肉体アバターにそれぞれ散った後、ゴール付近にはギンドロとスミミザクラのふたりだけが残っていた。

「休憩はとった?」

 ギンドロがくだけた調子でたずねると、スミミザクラはすこし幼さを感じさせる雰囲気をまといながら、

「うん」

「体に変なところはない?」

「ぜんぜん疲れてないよ。わたし一日中ピュシスで遊んでても平気だもん」

「そうじゃなくって、肌がかさついてるとかいうことはない?」

「まだそんな歳じゃないよ」

「もう。そういう意味じゃないの」

「違うの?」

「体が重かったりしない?」

「だから疲れてないってば」

「水は飲んだ?」

「なんで今日はそんなに心配症なの? たくさん飲んだよ。いつもの三倍ぐらい飲んでる」

「やっぱりのどが乾いてたんだ」

「長時間ログインしてたらみんな乾くものでしょ」

「……そうね」

 ふっつりと黙りこむ。スミミザクラは怪訝けげんそうに枝を伸ばしたが、ギンドロはまるでNPCになってしまったかのような本物然としたたたずまいで、開いた花が散るに任せた。

 そうしながら考えていたのは、第二回戦前にログアウトしたときの出来事。


 食物フード店。自分はバックヤードにいた。

 惑星コンピューターカリスの休養日。規則で店を開けはしたが、こんな日に客がくるわけがない。店主のピッソも、これまで何十年と食物フード店を経営していて、休養日にきた客はひとりかふたりぐらいだろうと話していた。

 だから、ログアウトして、仮想の感覚から本物の感覚に切り替わった瞬間に物音が聞こえてきたときには、とびあがりそうなほど驚いた。

 従業員休憩室のソファーから体を起こす。はやくお客さんの対応をしなければならないと、体にしみついた反射で休憩室の扉を開けようとしたが、取っ手に触れたところで踏みとどまった。

 壁に耳をあてる。ひそやかな話し声。床をひっかくような足音。ずいぶんたくさんいるようだ。しかも、バックヤードにまで入ってきている。

 泥棒、という言葉がまっさきに思い浮かぶ。休養日の犯罪行為は重罪。極刑もあり得る。こめかみに手を。クラウンを操作して通報しようとしたが、警察につながらない。通信が混みいっているようだ。

 そうしているうちに、鳴き声が聞こえた。

 人の声ではない。楽器でもない。合成音でもない。生々しく、おぞましい、ゾウのいななき。ゾウは嫌いだ。ちいさく、くぐもっていたが、壁を伝って響いてきた音を聞き逃しはしなかった。

 草食動物の頂点。思わずぞっと肌がささくれ立つ。ここはゲームの外。いまの自分は人間。植物族ドリュアスではない。ゾウを怖れる必要は……、ある。むしろ人間であるほうがゾウは脅威。

 ――ゾウがいる?

 通報するのをやめて扉を薄く開ける。廊下にはだれもいない。床や壁にかぎづめでひっかいたような傷。ゾウだけじゃない。別の獣もいる。

 香りがした。うるわしい花の香り。誘われる先は倉庫。倉庫から物音。

 足を引きずる。体が重い。ログイン時間が長すぎたかもしれない。けれど、疲労感はない。ただ、異様にのどが乾いている。

 暗い倉庫をのぞくと光る眼が浮かびあがった。いくつもの獣の瞳。肉食獣。なぜかこちらはまったく怖くなかった。自分が植物族ドリュアスだという自覚があるからだろうか。ゲームに染まりすぎている。危機感の欠如。けれど、実際にこの獣たちが襲ってくるなんてことはまったく考えもしなかった。

 動物のようで動物ではない、植物のようで植物でない、人間のようで人間ではない者たちがそこにはいた。梱包された食物フードと水をあさっている。

 トラのような男と、アイビーのような女と、すこし話をして、倉庫をでた。

 二階へ。階段をのぼるあいだ、記憶にこびりついたアイビーのすてきな香りを何度も何度も反芻はんすうした。

 バックヤードの上にある住空間。店主である老婆、ピッソの部屋。様子を見ようと思ったのは、下にいる化け物たちについてとやかく言われると面倒だからだ。彼らを逃がしてやりたいと思う気持ちが強かった。そのために、時間を稼ごうという考え。

 部屋に入る。鍵はかかっていない。地層のように思い出が詰まった部屋。亡くなった旦那さんをはじめとする家族の画像データがそこかしこに張りつけてある。それ以外にも店の変遷へんせん、常連客、スポーツ観戦にいったときの画像データ。あの人の画像もある。スポーツ選手になったらしい。見ると苦い気持ちになる。

 ピッソはベッドに横になっていた。しずかな足取りで近づいて、のぞきこむ。老婆は妙に長く感じる首を枕に乗せて、深いしわに目も口も鼻もを隠してぐっすりと眠りに落ちている。従業員に店を任せて店主が寝ているなんてひどい話ではあるが、今日は惑星コンピューターカリスの休養日。真面目に店番をする必要はない。自分だって従業員休憩室でピュシスにログインしてさぼっていたのだから人のことをとやかく言う資格はない。

 ちゃんと息をしているのか気になって耳を近づける。かすかな寝息。離れようとして、気がついた。

 細い老婆の灰髪をかきわける。硬いでっぱり。こぶではない。それにしては大きすぎる。

 これは、角だ。しかも、髪のなかをさぐると全部で五本も生えていた。

 息をむ。体の時は止まったが、脳はぐるぐると動き続けている。

 ピッソは倉庫で出会った連中と同類。角が五本もある動物。ロフタンという品種のヒツジが四本だったり六本だったりの角を持つらしいが、角の形が根本的に異なる。とがっておらず、皮膚に包まれている感じ。そんな角を五本も持っている動物といえば、答えはひとつ。

 ――キリンだ。

 ゆっくりと後ずさり、部屋からでる。階下が静かになっている。倉庫にはもうだれもいなかったが、店内にまだたむろしているようだった。しばらく聞き耳をたてていると、やがて化け物たちは店からでていった。化け物ではなく、半人ハイブリッドと呼ぶらしい。会話のなかからそんな言葉がもれ聞こえてきた。

 荒らされた倉庫から水が入ったボトルを拾いあげて、いくつか飲み干すと気分が落ち着いてきた。

 二階へ戻る。ピッソの部屋へ。隅にあった安楽椅子に腰かけて、ゆられながら考える。

 腕を突きだして指を見つめる。なんだか木肌のようになっている気がした。

 ――いつかああなるのかな。

 アイビーの半人ハイブリッド。植物と人間の狭間はざま。自分もギンドロの姿に変わっていくのだろうか。どうやったら変われるのだろうか。

 きっとピュシスが関係している。さっきの連中を追いかけて、問い詰めようかとも思ったが、ゾウがいるのが気に入らない。しかも、ふたりも。それに、いまの自分にはもっと確実な方法がある。

 ピュシスに直接聞けばいい。いまはトーナメントをしている最中。さっさと決着をつけて、地下に潜り、オートマタ工場とやらを破壊し、遺跡の最深部へ。

 いま、すごいことが起きている。

 夢のようなことが。

 俄然がぜんやる気に満ちあふれてきた。

 早く植物になりたい。できるだけ早く。人として命を消費してしまう前に。そうしなければしなびた植物になってしまう。

 老婆は目を覚まさない。ずっとログインしているのだろうか。ずいぶんとおいぼれた眠り姫。

 壁一面の映像データを眺める。この店主の思い出。人生。終わりかけの。

 過去、どれだけたくさんの人が永遠を求めたのだろう。永遠の命。永遠の美。

 それはある意味で、植物への憧れと同質のものだと感じる。

 花の命は儚いなどと言う者もいたようだが、花しか目に入らぬようなおろか者はいかにも卑小ひしょうで動物的な感性。刹那主義者が植物を矮小化わいしょうかし、おとしめるのは許されざる行為。植物への無理解どころか、理解を放棄している。

 巡り巡って、生き続けるのが植物。

 死すら遠く、おぼろな存在。

 なりたい。なりたい。

 強くがれる。

 永遠に。

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