●ぽんぽこ14-10 数の暴力
一面に広がる梢の影が深く落ちる坂の下。坂を越えればせせらぎ歌う渓流があるという手前で、オオアナコンダは大量のバロメッツのヒツジたちに襲われていた。
クルミやブチハイエナがいる道へと向かおうとする敵をできるだけ食い止める。数が多いので一匹も逃がさないというのは無理だが、両手を広げるように長い体を伸ばし、敵を押しとどめる堰を作った。
いまの姿は銅の体を持つ蛇神ユルルングル。そのスキルを使った肉体。ユルルングルの能力により、口から電撃をほとばしらせる。ふわふわとした白い毛衣に稲光を浴びせかける、が、効果は薄い。帯電しないところを見ると、ヒツジの姿をしているくせに、羊毛ではなく綿毛らしい。
オオアナコンダはユルルングルからニーズヘッグにスキルを切り替えた。銅の蛇から超巨大ヘビの肉体へ。
ヘビのなかで最大の体を持つオオアナコンダよりもさらに大きな怪物ヘビ。太さも長さも倍以上。カバすら呑みこめそうな体格。世界樹の根を齧っているというその口にはヘビの牙ではなく、草食動物のような平たい歯が備わっている。
防御力の高い金属の肌でなくなったのを見計らって、ヤドリギがミストルティンのスキルの矢を放ってきた。遠く離れた場所でクルミを攻撃しているはずだが、こちらの戦闘も気にかけられる視野の広さに舌を巻く。頭がこんがらがってしまいそうだが、植物族にとっては案外普通のことなのかもしれない、とニーズヘッグは考えながら、体に刺さった矢を横に転がってへし折った。
ユルルングルほどの防御力はないが、単純に能力が高いニーズヘッグ。図体が大きすぎていい的になっているが、そのぶん皮膚が分厚いので矢の一本や二本が刺さろうが深手にはならない。
坂の上から吹き降ろしてくる雲のようなヒツジたちを噛みつぶし、押しつぶし、締めつけ、捻りつぶしていく。怒涛の勢いでもって群がってくるヒツジたちだが、ニーズヘッグと比べれば、ネズミ同然の大きさ。
つぶして、つぶして、つぶし続ける。
ふんわりとした綿毛は万年床のようにぺしゃんこになってぺらぺらに。
一騎当千。だが、いつまでたっても戦いが終わらない。バロメッツたちが尽きることがない。減ったはしから湧きだしてくる。執拗な攻撃。ぶつかってきたり、噛んだり、踏んだり。攻撃力としては赤子が殴るぐらいの力だが、何十、何百と小突かれると、体力が目減りしてくる。ニーズヘッグは植物族特効の能力を有してはいるが、属性はアナコンダと同じく肉食のまま。植物族属性のバロメッツの攻撃は有効。
異常な数。よほど命力をためこんでいたらしい。それとも一体あたりのコストが安いのか。
なんにせよ、これにはさすがのニーズヘッグも力押し一辺倒ではなく、対応を考えざるをえなくなった。
――足止めはもういいか。
積乱雲のようなヒツジの集団の中央を突っ切って坂を這いのぼる。縋りつく蹄を薙ぎ払いながら、割れた舌をちろちろとだして、あたりのにおいを嗅ぎまわる。
水の香りが近い。
うっとうしいヒツジたち。
巨大なヘビが通った跡が、深く地面に刻まれる。
ヒツジたちを引きずりながら坂を越え、川へ体を滑りこませる。
ざぶん、と水がはねる音。渓流が超巨大ヘビで一時せき止められ、川辺に水が溢れだした。
濡れるのを嫌ったバロメッツのヒツジたちが四方八方に散っていく。
川底の深い場所までいけば、全身をすっぽりと水に隠すことができた。
水中にまで追ってはこない。
ゆらゆらと川を泳ぐ。ひさしぶりの水泳はいい気分だった。
オオアナコンダは水中で暮らす生物。ライオンよりも重たい体も浮力があればへっちゃらになる。ニーズヘッグの肉体としてもフヴェルゲルミルの泉という場所にすんでいるので、水には適正がある。
数頭のバロメッツたちが川辺から離れた位置で、遠巻きに水面を眺めている。
潜望鏡のように水上に頭をだすと、まだ残っていたらしいヤドリギの矢が飛んできた。ニーズヘッグは首をもたげる。矢の真正面に顔を置き、ウマがするみたいに歯を剥いた。硬い歯によって矢をはじき、水没したヤドリギに食いつく。
しばらく様子をみたが、それ以上、矢は飛んでこなかった。
全身をたっぷりと濡らして陸にあがる。したたる水に、わずかに残っていたバロメッツも逃げ去っていった。
「ちゃんと待っていましたね」
子供を褒めるような口調にオオアナコンダはすこしムッとして、
「当たり前のことだ」
「これは失礼しました。あなたもキングコブラの群れでは責任ある副長の役職ですものね」
合流したブチハイエナが笑う。
「そうだぞ。ただし、うちの長は責任を要求したりはしないけどな」
「どんなかたなんですか。キングコブラというひとは」
「オアシスでの集まりで話したんじゃないのか」
言いながらクルミの植物族に実をもらって体力を回復する。スキルなしのヘビの牙と咬合力ではクルミの殻を噛み砕けないが、それならそれで殻ごと丸のみにすればいい。
「試合以外でお話したのはあのときぐらいですよ」
「それで十分だ。長はいくら脱皮しても同じ顔をしてるヘビみたいなひとだから、ひとつの顔だけ知っていればいい」
「なるほど」
「今日はあんたらに負けて、腹を立ててるのかログアウトしてるけど、興味があるならまたログインしてきたときに会えばいい。そのときになったら呼ぼうか?」
「……いえ。結構です。会う機会はいくらでもありますから」
「そうなのか? さっきと言ってることが逆じゃないか?」
「お話する機会はないんですよ」
「ふうん?」
首をかしげるオオアナコンダに、ブチハイエナは話題を変えて、
「今後の進み方についてちょっと相談しましょうか」
「はあい」と、クルミの植物族。その木陰でブチハイエナとオオアナコンダが顔を突き合わす。
「何匹かのヒツジが逃げていったが追うだけ無駄だな。いくらでもいやがる。本体をたたかないとだめだ」
「そうですね。ヤドリギもまだ残っているでしょう」
バロメッツは本体のシロバナワタから完全に独立した生物。スキルコストの命力が足りる限りは生み出され続ける。それから、ヤドリギが残っているだろうというのは大きさからの推測。植物族は大型のものほど残機が少なく、小型になるほど残機が多くなる傾向がある。ヤドリギは比較的小型。
「川沿いをいく?」
クルミは川の近くに自生することが多い植物。森のなかよりも川辺が好み。
ブチハイエナはしばし逡巡して、
「いえ、森を突っ切りましょう」
「賛成だ」と、オオアナコンダ。
敵本拠地に到達するまでに、できるだけ森を荒らしておきたいというブチハイエナの考え。
「うん。分かった」
クルミは指示通りに道を作りはじめる。前方に己を生やして、アレロパシー効果で周辺の植物オブジェクトの耐久値を削る。
ブチハイエナは矢による攻撃を受けた左ふとももと右前足をすこし引きずるようにしながらクルミのあとに続く。クルミの実で体力は回復できても、状態異常として残る刺し傷までは癒せない。
敵は植物族の数の多さを存分に活用している。敵本拠地に近づくほど、戦闘の密度はあがっていくだろう。こんな戦いはまだ序の口。
空を仰ぐと太陽が天頂に触れようとしている。肩越しにふりかえると、小石が散らばる川岸に、陽炎がぼんやりとゆらめいていた。
太陽の力を得て、植物たちがよりいっそう生き生きしはじめた気がする。
この試合、長い戦いになりそうだった。