●ぽんぽこ14-9 クルミの雨
ミストルティンの神聖スキルを使うヤドリギの植物族。己の肉体を矢に変えて撃ちだすことができる効果。遠距離攻撃が可能になる強力なスキルだが、移動スキルとしては微妙。いちいち樹々の幹を経由して飛ぶのは手間とコストがかかる。
そんな悩みを解決してくれたのが仲間であるシロバナワタの植物族。その神聖スキルによって生み出されたバロメッツたち。もこもこしたヒツジの姿をしているが属性は植物族。植物に寄生する植物であるヤドリギにはぴったりの足場。
お気に入りの動く足場の背に乗って、縄張りを巡回していたヤドリギは、ブチハイエナたちのパーティを発見した。ブチハイエナ、オオアナコンダ、それからクルミの植物族。ずいぶんたくさんの自生植物を除去して、幅の広い道を作り出している。無断不遜の森林伐採。どうやら渓流に向かおうとしているようだが、そうはさせない。坂の上に回りこんで立ちはだかる。
バロメッツたちをけしかける。このヒツジたちは近くにいる味方の指示で、ある程度の行動パターンを決められる。あっちに向かえ、だとか、じっとしていろ、だとか、あいつを攻撃しろ、といった具合。完璧に言うことを聞くわけではなく、ランダムだったり、習性にのっとった行動が優先されたりもするが、これだけ大量にいれば、行動のばらつきがむしろフェイントになり、戦いにおいては有利に働く。
ヒツジに運ばれ位置調整をする。
オオアナコンダやブチハイエナを狙って矢を放つが、それは不発に終わった。それぞれ、銅の体のヘビと、いまわしさを感じる闇色の獣に姿を変え、銅のヘビは硬い金属の皮膚による防御で、闇色の獣は俊敏な動きで矢をかわす。
手ごわい相手は後回しにして、無防備なクルミの植物族を攻撃。幾本かの矢を突き刺すと一本撃破。寄生植物という特性上、ヤドリギは同属性の植物族に対しての攻撃力が高い。
体力が尽きて枯れ落ちるクルミの肉体を足場にして自分自身を射出。狙いは近くに生えている別のクルミ。それを破壊したらまた別のクルミへ、と次々と仕掛けていく。届かなかったり、障害物がある場合はバロメッツの毛のなかに戻って移動。射線が通ればまた発射。
まずは確実に仕留められるクルミの完全撃破を狙うことに決めた。
敵が作った森のなかの道に、クルミの植物族が点々と幹を伸ばして、樹列を形成している。それをたどって、貫いていく。
エチゴモグラとギンドロとの群れ戦にヤドリギは不参加。アナグマから渡された情報にはいなかった存在。
飛び交う植物の矢は想定外の攻撃。坂をなだれおちてくる雪のように白いヒツジたち。そのうちの何頭かに寄生しているヤドリギ。まるで移動発射台。
森を切り開いて作った道の方角、クルミの樹列のほうへ、ヤドリギを運ぶヒツジたちが向かおうとしている。ジェヴォーダンの獣の肉体を使うブチハイエナは鋭い眼光でにらみつけて、
「食い止めておいてください」
オオアナコンダに指示をだすと、
「終わったら動かずにここで待つように」
しっかりと釘を刺すと、すぐさま四肢を動かした。その背中にヤドリギの矢が放たれるが、雷の声を持つユルルングルのスキルを使うアナコンダが、口から電撃を放射。撃ち落とす。闇色の獣は肩越しにふり返って、尻尾をふって感謝を示す。
風のように駆けて、これまで進んできた道を逆走。矢にだって追いつける速度。道にはクルミの残骸が散乱している。横からまわりこんでくるヒツジどもを鉤爪で引き裂く。ヤドリギの矢はぐんぐんと進んでクルミを撃破していた。
追いついたときにはクルミの残機は半分以下。生き延びている数本がぎゅっと身を寄せ合っている。それを取り囲むバロメッツのヒツジたち。ふわりとした毛に乗っかって、狙いをつけるヤドリギの植物族。
矢が放たれると同時にジェヴォーダンの獣はクルミの樹に体当たりをぶちかました。抱き合うように枝を絡ませているクルミの樹々から実が降りしきる。クルミの雨にさえぎられて、矢は幹に届く前に地面に落ちた。元のヤドリギの姿に戻ったのを、闇色の獣が切り裂く。
別の角度からも矢が飛来する音。再び幹をゆらし、クルミの雨を降らせて妨害。
矢の攻撃は途切れない。次の狙いクルミではなく闇色の獣。照準は眼窩。空中にある矢を俊敏な動作で咥えとる。ミストルティンの矢は攻撃力こそ高いものの、その肉体は脆い。動きを止めれば簡単に折ることができる。
が、左ふとももに矢。深々と突き刺さる。顔に飛んできた矢と同タイミングで放たれていた。正面は陽動、死角からの本命。体力が奪い取られる。肉食属性の肉体に対して相性有利な植物族属性の矢による一撃。硬い剛毛をたやすく貫いて肉をえぐってきた。
すぐに引き抜いて噛みつぶしながら、ブチハイエナは感心していた。矢が何本あろうとも、それらはそれぞれヤドリギの植物族の別々の肉体。植物族は動物とは違って分身となる複数の肉体を持ってはいるが、プレイヤーが動かせるのはそのひとつだけ。一本ずつ操作をして矢を発射しなければならない。複数の矢のタイミングを合わせて射ることができているのは、ヤドリギのプレイヤーが高い操作技術と判断能力を持ち合わせている証拠。
自分の位置、敵の位置、矢の軌道などを瞬時に把握し、適切な肉体を選択し、操作して、スキルを使って矢を放つ。それを連続しておこなう。決して簡単なことではない。
クルミの植物族とジェヴォーダンの獣を取り囲むバロメッツが騒ぎ立てている。うるさいやつら。ヤドリギに寄生されたヒツジたち。崖に切り取られた渓谷の空に雲が流れて、不意に強い風が吹いた。それを合図にしたかのように、ミストルティンの矢、三本の矢が闇色の獣に向かって三方向から飛んでくる。クルミより先に邪魔者を排除することにしたらしい。逃げ場がないように計算された軌道。
一本を口でキャッチ。一本は鉤爪で叩き落とす。最後の一本は尻尾ではじいた。
休む間もなく三本追加。どうやら同時発射操作は三本が限界のようだ。
クルミの幹に体当たり。硬い殻の実を雨あられと降らせて、矢をいなすが、先程よりも実の数がすくなくない。そろそろ打ち止め。もう同じ方法は使えない。
さらに三本。絶妙な角度。今度こそかわせそうにない。闇色の獣は咄嗟の判断で右腕を突きだした。矢が刺さる。腕を犠牲にして走ることで、他の二本を回避。
緊張が続く。次の矢は、と感覚を集中させていると、バロメッツたちの声の調子が変わった。弱気な鳴き声。そして、へたり込んでしまう。身動きをしなくなり、ばたりと倒れると、タンポポの綿毛が吹かれるように散っていった。そこに寄生していたヤドリギの肉体もぼろぼろになって崩れ去る。
唐突な戦闘終了。
ジェヴォーダンの獣は、ふっ、と力を抜いて、ブチハイエナの姿に戻る。
「ありがとうございました。助かりました」
「いーえ。こちらこそ」と、クルミの植物族。
この戦闘で戦っていたのはブチハイエナだけではない。クルミも立派に戦っていた。アレロパシー効果を使い、周囲に集まる植物族属性のヒツジたち、それに寄生するヤドリギにじわじわとダメージを与えていた。地道な攻撃が実を結び、敵を倒すに至ったというわけだった。
「もういない?」
クルミがのんびりとたずねると、
「ここにいた敵はすべて倒せたようです」
ブチハイエナは地面に散らばっているクルミの実を咥えて拾う。実を食べて体力回復。非常に硬いクルミの殻だが、骨さえ砕くブチハイエナの強力な顎でがりごりと音を立てて割られていく。殻は吐き捨てられ、中身を味わう。
「戻りましょうか。できるだけ樹列を固めるようにしておいてください」
「うん」
だいぶん引き返してしまったが、あらためて道の先へ。
オオアナコンダが戦っている、渓流の手前へと向かう。