●ぽんぽこ14-7 麻痺ループ
クマザサの笹藪のなか。麻痺の効果時間が切れて、シロサイの重い体が動きだした。喉に突き刺さっている猪笹王の牙。分厚い皮膚を貫こうと、ぐいぐいと押しこんでくる。けれども、それにひるむこともなく、むしろシロサイは体重を前にかけて、刺さった牙ごと敵を押しつぶそうと圧力をかけた。
猪笹王は耐えきれない。どんどん体がひらたくなる。敵の体重を利用して、傷を深くできないかと試みるが、シロサイはうまく体をねじって、そんな思惑通りにはならないように体勢を調整している。
再びマンドラゴラが叫び声をあげた。聞いた者を一時的に麻痺させる効果。シロサイの動きがピタリと停止させられる。猪笹王が攻勢に転じ、力の限り押し返す。
「うっとうしいぞ!」
憤慨するシロサイ。肉体は麻痺しているが、スピーカーは使える。
ようやく麻痺が途切れても、すぐに叫び声がとんでくる。ストップモーションのように、動いては止まる。足元という至近距離から発せられる音速の攻撃から逃れるすべはない。
「こんなハメは卑怯だぞ!」
批難されるも聞く耳持たず。そもそもマンドラゴラに耳はない。
このまま一方的に攻撃し続ければ、シロサイの皮膚がいかに分厚く、相性不利であろうとも、猪笹王の牙で貫くことができそうだった。
しかし、四度目の叫び声をマンドラゴラが発した直後、動きを止めたシロサイがすぐに麻痺を解いて動きだした。
ふりおろされた柱のような足が、マンドラゴラを踏みつぶす。四本あった肉体すべてが一瞬にして撃破される。
それと同時に猪笹王の横っ腹には、槍のような角が突き刺さっていた。シロサイの角ではない。純白のウマの角。一角獣ユニコーンの角。
ユニコーンはシロサイの背後からあらわれて、額から生える角で化け物イノシシの腹をえぐった。
草食属性の攻撃。深く刺された猪笹王はなすすべもなく破壊されてしまう。続けざまに笹藪が角によって薙ぎ払われる。肉体を失ったクマザサの植物族は別の残機に操作を移そうとして気がついた。残機がない。いつのまにかことごとく刈り尽くされてしまっている。
あれほど大量に生えていた、己がいまは一本たりとも存在しなかった。
「まっ。こんなもんかな」
シマウマがユニコーンのスキルを解除して、純白から、白黒の縞模様へ。
「余計な手出しだったぞ」
シロサイの態度に、シマウマの背中に乗っているリカオンは舌をだして笑う。
「固いこと言うなよ。体が硬いだけじゃなく、頭まで固くなったら機械みたいになっちゃうぞ」
言いながらクマザサの植物族の完全撃破を確認。
「うん大丈夫みたいだ。けどマンドラゴラは四本だけか。また遭遇するだろうな」
「めんどくさいなあ」
シマウマが言うと、リカオンが、くしゅん、と、くしゃみ。
「まあな。けど、今回の戦闘でいろいろと分かった」
大きな丸耳を立てて、刷毛のような尻尾をくるりとまわす。
「マンドラゴラの叫び声は聞きさえしなければ効果がない」
シマウマとリカオンも叫び声が聞こえる範囲内にいたので、ふたりとも麻痺させられていた。けれども、麻痺の効果が切れた合間にリカオンが首を駆けのぼって、頭におおいかぶさるようにしてウマ耳をふさいでやると、シマウマは麻痺しなかった。
「麻痺はユニコーンのスキルで治療できる」
ユニコーンの角は解毒効果があるとされ、触れたプレイヤーの状態異常を治療できる。リカオンの機転で麻痺を回避したユニコーンがシロサイに走り寄って、状態異常を取り払った。そして、操作を取り戻したシロサイがマンドラゴラを踏みつぶし、ユニコーンが猪笹王を撃破したというのがさきほどの戦闘の流れ。
「次にマンドラゴラに遭遇したら同じ手を使おう。……いや、シマウマじゃなくシロサイの頭に乗っかって、そっちの耳をふさいでやったほうが手っ取り早いか?」
「おれは目が悪いから耳をふさがれると周りの状況が把握できなくなる。嗅覚だけだときつい」
「なら、やっぱりいまのがベストか」
「そのほうが無難だろうね」と、シマウマも同意する。
しばし意見交換していた三頭の元に一羽の鳥が舞い降りてきた。
笹藪がなくなり、やや明るくなったように感じる森。梢の隙間を角のようなくちばしがかきわけて、シロサイの背中に着地する。
目元と喉元の赤以外は真っ黒な鳥。ミナミジサイチョウ。ライオンの群れの仲間であり、今回は渓谷の縄張りの上流方向一帯の連絡役を担当している。
「状況報告を頼む」
言われたリカオンが手早く情報伝達する。この場所にいたクマザサの植物族を完全撃破、マンドレイクは四体のみを倒した。
続いてミナミジサイチョウの報告。同じく上流方面の別ルートから進攻しているブチハイエナのパーティはすこし遅れながらも順調に進んでいる。いまだ敵との遭遇はなし。ただし、近くにヒツジの集団を見かけたから、もしかしたら接敵するかもしれない、とのこと。
「ヒツジって、あれか、バロメッツとかいう」
リカオンが記憶をさぐる。作戦会議でそんな名前を聞いた。さきほどの猪笹王もそうだが、動物の見た目をしていても、属性は植物族。草食動物のヒツジだと思って肉食動物が相手しようとすると、相性不利で痛い目を見るという狡猾な罠。
「たぶんそうだ。背中にヘタみたいなのもついてたし。出会っちゃったらリカオンじゃなくシロサイやシマウマが相手しろよ。あとバイコーンのスキルもダメだぞ」
「言われなくとも分かってるよ。自分のスキルなんだから」
シマウマが持つふたつめのスキル、蒼黒の二角獣バイコーンは人食いの馬であり肉食属性。植物族の相手は不向き。
「じゃ。そういうことで。おれはいったんヘビクイワシに連絡してこようかな」
上流方面を担当する連絡役のミナミジサイチョウ。下流方面を担当する連絡役のフラミンゴ。両方面の情報をつなぐのがヘビクイワシ。この三羽で今回の戦の連絡網を構成している。
次の拠点の位置をリカオンたちに教えてから、ミナミジサイチョウはばさりと黒い翼を羽ばたかせた。森の天井を飛びこえると、朝日のなかへと消えていく。
見送った三頭は、再び植物の迷宮に立ち向かう。順路に従うつもりはない。壁を突き破り、乗り越える。シロサイの突撃による伐採作業が再開されると、樹々は木っ端みじんになり、跡形も残らず道を譲った。