●ぽんぽこ14-6 突進と突進
眼前に広がる一面の笹藪。緑の天井の下、笹独特のさわやかな香りが、肌で感じとれるぐらいに充満している。
渓流の上流方面から拠点を巡り、敵本拠地に向けて森のなかを進攻していたリカオンのパーティが足をとめる。
「さっそくおでましか」
白い隈取りのある大きな笹の葉。葉は薄く、縁は手が切れそうなほどに鋭い。ここにある笹はすべてクマザサの植物族の肉体。残機を密集させて形成した笹藪。
藪の外からあたりを眺める。
白黄黒の粗いブチ模様。大きな丸耳が特徴のリカオン。イヌ科ではあるが、イヌよりもハイエナに似ている。大型犬サイズの肉食動物。
共にいるのはシマウマとシロサイ。草食動物のふたり。シマウマはリカオンの倍ほどの体長。シロサイの体長はさらにその倍はある。
遭遇した敵への対応を考える。戦うか、無視するか。相手は地面に根っこをおろした植物族。迂回してこの場から離れてしまえば、こちらを追うにも時間がかかるだろう。
リカオンはシマウマの背中に乗せてもらって、高台からしばらく敵を観察していたが、
「シロサイたのむ」
戦いを選択。鼻先で指示して、シロサイを送りだす。まだ太陽は渓谷の空を昇っている最中。あれが天頂を越え、崖に沈み、再び顔を出す試合終了時刻まで、たっぷりとした余裕がある。着実に根絶やしにせねば、植物族たちの包囲網はどんどんと濃くなっていく。後半戦のことを考えれば敵の戦力を削っておいたほうがいい。
リカオンとシマウマは藪の外に待機。シロサイが単独で、地面をおおい隠すほどの笹の密集地へと足を踏み入れる。笹の葉の刃が体中をなで斬りにしてくるが、動物界で最も硬いとされるサイの皮膚には通用しない。人間の二十五倍もある皮膚の厚み。
哺乳類のなかではゾウに次ぐ超重量が足を乗せると、クマザサの体力は容易に消し飛ぶ。そり返った剣のような角が笹を刈り取る。高攻撃力に高防御力。走力もある万能選手。植物族に対する草食動物の相性有利も加わって、藪はみるみる縮小していく。
だが、敵であるクマザサが黙ってそれを受け入れるわけもない。鶴翼の陣を敷くがごとくに根を伸ばし、シロサイを取り囲むように自らを茂らせはじめた。
「後ろからくるぞ」
シマウマの背に乗って、遠目に観察しているリカオンの声。シロサイが重たい足をぐるりとスピンさせると、一頭のイノシシが笹に埋もれるように立っていた。
大きな大きな化け物イノシシ。ウシに近い図体。口から突きでた三日月形の巨大な双牙。背中にはびっしりと、クマザサの葉っぱがこびりついている。
イノシシの妖怪、猪笹王のスキル。クマザサは己の肉体の一部から、この大イノシシを生やして操ることができる。スキルによって生成されたそれは、動物の姿でありながらも属性は植物族という特殊な扱い。
角と牙とを突き合わせ、風に踊る笹藪のなかで対峙するシロサイと大イノシシ。
猪笹王はイノシシにしては巨大だが、シロサイに比べれば子供同然。シロサイはサイ科の最大種。その体長はウシの二倍近くある。
ぶん、とサイの角がふられると、猪笹王はほんのすこし後ずさった。けれど、すぐに足を踏みしめ、牙の切っ先を前へ進める。
走りだす。猪突猛進。
シロサイも同じように突進をくりだす。
正面衝突。猪笹王の顔面に、サイの大角が深々と突き刺さった。勝敗を決めたのはリーチ差。イノシシの体は風船が割れるみたいにぱちんとはじけて、毛の一本すら残さずに消え去った。しかし、休む間もなく、
「また後ろだっ」
仲間からの警告を受け取ってすぐに対応。クマザサが再度スキルを使用。シロサイは笹藪に稔る果実のようなイノシシが出現するはしから刺し貫いていく。
出る杭を打つだけの単純な作業。
不毛なやりとりのなかで、クマザサは残機とスキルコストとなる命力を消耗させられる。こんな戦闘は無駄だ、とクマザサは思う。勝てるわけがない。草食動物のなかでもひときわおそろしいシロサイなんぞと正面切って戦うのは本意ではなかった。これは戦闘ではなく一方的な蹂躙。
しかし、こうしてかち合ってしまっては、植物族の身では逃げることはかなわない。待ち構えて迎撃するのは得意でも、迎撃しきれない相手がきてしまった場合の対処法に乏しいのが植物族。
草食動物から守ってくれる肉食動物の助力は期待できない。ギンドロの群れに所属している肉食はわずか。小鳥のタゲリやニシツノメドリぐらいなもの。もしも、きてくれたとしても、このふたりではシロサイの皮膚を貫いてダメージを与えることなど到底できないだろう。
せめて肉食動物のリカオンが戦闘に加わっていれば、そちらだけでも道連れにできたが、藪には決して近づかず、シマウマの背中に乗って司令塔に徹している。
よほど用心深い奴なのか、それとも、と頭をよぎる。もしかしたら、こちらの情報をあらかじめにぎっていたのかもしれない。
前々回の試合。エチゴモグラの群れが相手。あのとき戦ったシロクマかツチブタから口伝され、巡り巡ってライオンの群れの耳に入った、のかもしれない。
戦う前から対応されている。有名な群れはこんな気分なのかもしれないとクマザサはむずがゆくなった。茎が添え木に結びつけられているような気持ち。
あのときはシロクマと戦って、今度はシロサイ。つくづくシロの獣に縁があるらしい。
絶望的な状況だが勝ち筋を探す。戦う意思はまだ折れきってはいない。スキルでちょっかいをだしてわずかでも時間稼ぎ。
そうして、結論にたどり着いた。できることはひとつしかない。スキルの出力をあげる。命力を限界まで注ぎ込んで、化け物イノシシの果実をどこまでも大きく膨らませる。中途半端な攻めをしてもシロサイの体にはかすり傷ひとつ負わせることはできない。となれば最大級の一撃をぶつけるまで。
シロサイと同等。もしくはそれ以上の図体の超巨大猪笹王が笹藪のなかに姿をあらわした。
サイの大角を越える超大牙が木漏れ日を受けてギラギラと輝く。
すぐに突進。相手が地を蹴る時間すら与えない。顎を引いて姿勢を低く。すくいあげるように、牙を敵の喉に向ける。対するシロサイは角の照準をイノシシの顔の中央へ。
牙と角とが接触。猪笹王は大岩に衝突したかのような衝撃を受けるが、体中にクマザサを巻きつけて堪えると、一歩も引かずに牙で戦う。
刃を滑らせるようにして、角の切っ先をおそれることなく踏みだしていく。
シロサイに牙を突き立てることだけを考える。届け、届け、と祈りが届いたかのように、先に攻撃を届かせたのは猪笹王。懐にとびこんで、角に貫かれる前に、灰色の皮膚に牙を刺した。
押す。押せない。サイの体が重たすぎる。相性差により攻撃が通りにくくもなっている。牙が軋む。押し返される。
つぶされる、と覚悟したのと同時に、
「う”わ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”……!」
おぞましい叫び声。猪笹王を押しつけていた力が不意に軽くなる。
いまこそ好機。喉元を狙う。
シロサイは微動だにしない。肉体が麻痺している。状態異常による操作妨害。原因は叫び声を聞いたから。声の主は藪にまぎれて足元にまで近づいていた植物族。人型をしたニンジン、もしくはダイコンのような姿。遊歩する植物。
マンドラゴラの植物族。それが使う同名の神聖スキル、伝説の植物マンドラゴラの肉体。マンドラゴラは刑場に自生し、引き抜く際に悲鳴をあげるとされる。その声を聞いたものは正気を失ってしまうという。このピュシスでの効果は、聞いたプレイヤーを一時的に麻痺させるというもの。
シロサイは視力は悪いが聴力に優れている。音による攻撃は効果抜群。
それに対して猪笹王は麻痺せず動き続けている。麻痺への耐性があるわけでなければ、味方だから無効になったわけでもない。無差別に効果を及ぼす叫び声。けれども猪笹王にはそもそも聴覚が備わっていない。
耳はあれども聞こえておらず、鼻があっても嗅いでおらず、目はなにものも見ておらず、クマザサに付属している植物の一部でしかない。植物族には動物の五感ではなく、五感のようで五感ではない独自のゲーム内感覚が設定されている。なので声を聴くことが発動条件である効果は適用されることがない。
無防備なシロサイの首を、猪笹王の牙が斜めにかちあげた。さすがの相手もこれにはちいさなうめき声。
分厚い皮膚に楔を打ちこむ。牙に力を集中させる。
貫け。貫け。ゆっくりと、硬い守りに穴が穿たれ。ほじくられ、こじ開けられ、シロサイの体力が削られはじめた。