●ぽんぽこ14-2 森のイヌたち
森にまぎれたイヌたちをさがす。
進べき方向には毒性植物ジャイアント・ホグウィードの植物族の林。後方にはこれまでの進攻で植物オブジェクトを除去して作った道が伸びている。左右は鬱蒼として隙間のない森。樹々や藪や雑草が一緒くたになった壁。
「一頭は一つ目のイヌ。もう一頭は全身が緑色だったね」
敵の分析。ダチョウが記憶をさぐりながら、
「似た顔つきと雰囲気だったけど、一つ目のほうがゴールデンレトリバー、緑色のほうがラブラドールレトリバーという犬種だと思う。大型犬。猟犬としても使われていたイヌだ」
同じレトリバー種だが、ゴールデンは長毛で、ラブは短毛。
「使っていたスキルはおそらく讙とクー・シー」
「どういうものなのそれは」マーゲイが枝から尻尾を垂らして尋ねる。
「讙は一つ目で三又の尻尾を持つイヌの化け物」
「ぴったり当てはまるな」と、ペッカリー。
「そう。他の生物の鳴き声を真似するのが得意らしい」
「それで長の咆哮を真似したんだな。話し声は単純に装備しているスピーカーの設定でやったんだろうが、かなりの精度だった。危うくだまされかけたぞ」
「だまされないまでも、気をそらされただけで十分に被害がありそうだったね」
マーゲイが大きな瞳をぱちくりとさせる。戦闘中は考えることが多い。ふいに仲間の声が聞こえてきた場合に、それが本物か偽物か考えなければならないという懸念自体が大きな枷になる。
「うん。それから、緑色のほうがクー・シーという妖精犬のはずだ。音もなく走ることができるらしい。伝承によるとウシぐらいの大きさだったはずだが、そこまでは反映されていないようだね」
「だが、讙? ってやつよりはずっと大きかったな。それに、あの緑色の迷彩効果は森のなかでは相当厄介だぞ。しかも音もなく走るとなると……」
「ペッカリーの鼻が頼りだね」マーゲイが言うと、
「あんまり頼られても困る。ここには慣れないにおいが多すぎる」
顔をしかめて鼻先に感覚を集中させる。そうしながら、
「しかし、さっそくでてきやがるとはな」
イヌがあらわれるかもしれないという話は、事前の作戦会議で知らされていた。ギンドロの群れは植物族がほとんどという異色な集団。植物族以外に所属しているのは小鳥ぐらいで、獣は受け入れていなかったはず。そんな縄張りにイヌが入り込んでいるとは。
ウルフハウンドの群れがギンドロの群れに吸収合併されているという噂。経緯は不明だが、とにかく事実ではあったらしい。ウルフハウンドの群れは元々、ハイイロオオカミが率いていた。多種多様な犬種のイエイヌたちと、ヒグマによって構成された、全員が雑食属性という群れ。
雑食属性は敵性NPCが持つ機械属性という例外を除いて、肉食、草食、植物族のいずれにも有利不利が発生しないという中立的な属性。戦闘においては純粋な力の差が重要になる。
しばらく警戒していたが、イヌは身を潜めたまま。
「とりあえず、いったん道を引き返そうか」
ダチョウの提案。ライオンから指示されていた作戦でもある。もしもイヌと遭遇した場合は、開けた場所で戦うこと。戦える場所を確保するために、道幅は広めに確保すること。
そのために、丁寧に植物オブジェクトを除去していた。真っ向勝負に持ち込むことができれば、純粋に能力が高いサバンナの動物たちに分がある。
意義はない。ダチョウを先頭に、樹上のマーゲイ、足元でペッカリーが続いて、パーティが動き出そうとしたその瞬間。
「後ろだっ!」
ペッカリーの声。
驚いたダチョウとマーゲイがふり向く。あるのはジャイアント・ホグウィードの林。こんな毒のなかにイヌがいるとは思えない。
「違う!」すぐさま打ち消す声。ペッカリーが体を震わせる。
「おれじゃない! 声真似だ!」
イヌが強襲してきた。緑色のイヌ。足音のないイヌ。ポニーほどはある体格。
激しい体当たり。ペッカリーが宙を舞った。意識がそれていたダチョウやマーゲイの助けは間に合わず、濃褐色の丸っこい肉体が突き飛ばされた先は毒の林。
ジャイアント・ホグウィードの茎にぶつかりながら、それらが取り囲む場所に落下して転がる。
セーフリームニルの神聖スキルを使う。死せる戦士たちの晩餐となる無限に再生する肉。強力な自動回復効果で減少した体力はすぐさま満タンに。
だが、動けない。やはりペッカリーにはジャイアント・ホグウィードの毒に対する耐性はなかったのかと思ったが、どうやら動けないのは別の原因。別の毒。神経毒が体に回っている。
毒の林の向こう側には毒の藪が敷かれていた。二段構えの毒の領域。そこにいたのはギンピ・ギンピの植物族。枝や葉っぱ全体をおおう刺毛に触れたものに神経毒を送り込み、すさまじい苦痛を与えるという植物。その痛みは数年に渡って続くという強烈なもので、自殺植物というおそろしい異名を持つ。
無数の刺毛が体に突き刺さっている。ゲーム内に痛覚はないが、体のあちこちがひきつって、自由が利かない。皮膚が泡立っているような不快感。もがこうとするが、四肢が痙攣するばかりでもがくことすらできない。
スキルの回復効果の上から体力がわずかに減りはじめた。毒の異常状態が幾重もの層になって襲いかかってくる。
危ういところで延命はできている。が、焼け石に水。それに神聖スキルは永遠に使いっぱなしにできるわけではない。コストとして消費される命力が尽きればその時点で終わり。
「くそっ!」
悪態をつくが現状は変わらない。毒の林の壁に邪魔されて、仲間たちがどうなっているのかも分からない。
「これは……、だめか……」
前回はさんざん粘った末に助けがきたが、ここまで毒まみれの状態から助けだすのは至難の業。
「死ぬときは死ぬ……」つぶやいて「おれは死ぬからなっ!」
聞こえているかどうか分からないが仲間に宣言。味方の生き死には重要な情報。きちんと伝達しておく。
それが終わると、ペッカリーはひっそりとスキルを解いて、植物のなかに身を預けた。