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●ぽんぽこ5-9 角、角、角

 へし折れた樹々が散乱するなか、砂煙とが混ざったうねりが二頭の幻獣を取り巻いていた。

 純白の一角馬、ユニコーンが低木の幹の間を軽やかに通り抜けながら、攻撃の機会をうかがう。亀のような甲羅を背負ったサイ、通天犀つうてんさい鎧袖一触がいしゅういっしょく、樹々を粉砕しながらそれを追う。

「逃げ足だけは早いようだが」

 通天犀が足元に倒れる白っぽい木肌をした倒木を踏みつけ、体重をかける。メキメキと悲鳴を上げながら幹は折れ、粉々になって舞い散った。

「君が鈍間のろま過ぎるだけさ」

 ユニコーンが返して、通天犀の正面を避けるように横へと移動する。通天犀は回り込まれないように、同じように横に移動した。

 もう辺りには一本たりとも樹は立っていない。見晴らしの良くなったサバンナの平原に、無数の死体のように樹々が倒れ伏している。もう隠れる場所がなくなったユニコーンは通天犀を見据え、ぴたり、と止まった。そうして地面を引っかき、助走をつける仕草を見せた。

 向かってくる、と通天犀は手足を甲羅に引っ込めて迎撃態勢をとる。敵は優れた矛を持ってはいるが、こちらの盾はその上をいく。曲面を使って斜めにいなして、カウンターを狙う。

 真っすぐに、愚直ぐちょくとも言える一直線の軌道きどうをとって、ユニコーンが向かってきた。通天犀は甲羅に隠れて身を守る、目だけはわずかに出して、鋭く尖った敵の角の動きにだけ集中する。まっすぐに甲羅をつらぬこうとするなら、後ろ足を起こして甲羅を前に突き出してはじく。足元や頭を狙ってくるのなら、前に深く伏せて、甲羅をぶつけることで軌道きどうを地面にすべらせる。そうして敵が体勢をくずしたら、すぐさま突進して二本の角を純白の毛衣もういに突き刺せばいい。

 さあ、どうくる。距離が迫る。盛り上がった筋肉がうねり、純白におおわれた四肢ししが一糸乱れぬ動きをくり出す。あと三歩。二歩。一歩。くる。

 その瞬間、通天犀の視界からユニコーンが消えた。その影だけが地面に残っている。ユニコーンは衝突の直前に跳躍ちょうやくしたのだ。予想外の行動ではあったが通天犀は冷静に殻にこもる。真上から突こうとでも言うのだろうか。うまくいくわけがない。前肢ぜんしに力を込め、腰を深く落とす。敵が突いてくる瞬間。あごを振り上げて、甲羅のへりで攻撃をらし、そのまま胸をつらぬいてやる。

 そう考えて、今だっ、とタイミングを見計らって、勢いよく上半身を起こす。しかしそんな通天犀の渾身こんしんの攻撃は空を切っただけだった。見れば妙に離れた空中にユニコーンがいる。そして、ユニコーンが着地した瞬間、あごに強い衝撃を受けた。敵の足元から棒が伸びている。通天犀が折って回った樹の幹。その特に太い一本の倒木。その中程にはもう一本の樹の幹が交差するように倒れて、下敷きになっている。まるでシーソーのような形。太い幹の一端は敵の足元、もう一端はこちらの足元。それが、てこの原理ではね上がって、あごを打ったのだ。踏ん張ろうとするが、腰を落として上半身を起こす体勢になっていたのがわざわいした。背中の甲羅に引っ張られしまい、自らの重量に抵抗することができない。

 手足をばたつかせ、何とかあがこうとしていた通天犀であったが、ずずん、と大きな地響きと共に、砂煙を上げながら、ひっくり返った。


 成功した、とユニコーンはリカオンがさずけてくれた作戦に感謝しながら、がら空きの通天犀の腹に向かって最後の一撃を加えるために駆け出した。

 その時、「危ないっ!」とリカオンの声が飛ぶ。豪風。かすかに起き上がったユキヒョウが起こした風。虫の息だったものの、まだ体力(HP)が尽きていなかったらしい。しかし、その(HP)もすぐさまリカオンの牙に狩られる。

 竜巻のような強い風に押されて、ひっくり返った通天犀が回転しながらすべり出した。なめらかな甲羅の表面はソリになって、巨体を運び、超重量の弾丸となってユニコーンにせまる。ユニコーンは横っ飛びにけながら、攻撃ではなく防御のために角を突き出した。通天犀の二本の角が回転ノコギリのようになって襲い掛かってくる。その角と、角がぶつかった瞬間。ユニコーンの角が折れた。飛んでいった角は通天犀の足の一本に刺さったが、勢いをがれることなく滑り続ける通天犀の角が、ユニコーンの四肢をズタズタに引き裂きながら通り過ぎ、倒木の一本にぶつかって止まった。追突の反動を利用して起き上がった通天犀が倒れたユニコーンをにらみつける。

「ふんっ」

 と、通天犀はユキヒョウに感謝するでもなく、その死体を一瞥いちべつし、すぐにユニコーンに視線を戻した。右の後ろ足に折れたユニコーンの角が突き刺さっているが、前足だけで体を引きずって歩く。歩くだけでいい。ユニコーンは足を傷つけられてもう動けない。角もない。無力な獣。それをただ踏み潰すだけでいい。

 リカオンが駆けてきて残った後ろ足にみつこうとしたが、それを素早く甲羅の影に隠すと、弾かれた小さな体が草原に転がった。すぐに起き上がって今度は前足を狙うので、これを長いひたいの角を振って追い払う。

 うようにして、ユニコーンの元へと到着する。それでもなお、しつこいリカオンを角ですくい上げてやると、遠くの方へと飛んでいった。

「踏みつぶしてやろうかと思ったが、角の方が好みかい?」

 通天犀が聞くと、苦しそうに息を吐きながら、「好きにするといいさ」と、ユニコーンが答える。

「ふむ。気が変わった。お前の角も中々のものだったが、俺の角の方が強かった。その証明として、いっちょ太い風穴を開けてやろうじゃないか」

 首をもたげ、あごを引く。角を失った純白の馬の胸元に照準を定め、ぐっ、と首が伸ばされた。力はいらない。ゆっくりと、肉の感触を楽しむように、押し込む。切っ先が触れ、純白の毛衣もういを引き裂く。

 はずだった。が、通天犀が気づいた時には角が角によってからめとられていた。二本の角に対抗する二本の角。ユニコーンの姿はない。そこにいるのはあおざめた馬。そのひたいからは湾曲わんきょくした双角が生えており、通天犀の角をらして防ぐ。そして前のめりになった通天犀の首に向かって、蒼黒の禍々まがまがしい馬は大きく口を開き、牙をいた。

奥の手(二本目)を持ってるのは君だけじゃない」

 牙を通天犀の喉元に食い込ませながら、姿を変えたシマウマがスピーカーをふるわせる。シマウマもユキヒョウと同じく、二つ目の神聖スキルを与えられていた。一角の白馬であるユニコーン。そして二角の蒼馬であるバイコーン。

 シマウマはもとより尖った犬歯を持ち、クルミを割れるぐらいのあごの力を持っている。それがバイコーンとなったことによって、肉を千切ちぎれるほどの強さに増幅されていた。そして、バイコーンは人を食う悪しき獣。肉食の属性を持っている。通天犀は草食動物の属性を保持したまま。相性有利も合わさって、その牙は致命ちめいのダメージを与えた。

 甲羅が消え去り、インドサイの神聖スキルの効力が失われたことが分かった。しかしユキヒョウのこともあるので、バイコーンは念入りにその(HP)むさぼる。

「大丈夫か!?」

 放り投げられていたリカオンが、傷んだ体を引きずりながらトテトテと草原を駆けてくる。元の白黒の縞模様に戻ったシマウマは立ち上がることができないまま、

「勝ったよ」

 と、微笑ほほえんだ。その満身創痍まんしんそういの姿を見て、リカオンが苦笑いを浮かべる。

「俺の力じゃふたりを運ぶことは無理だ。イチジクを呼びに行くか、果実を貰って一個ずつ運んでもいいが……」

「僕らのことは放っておいていい。本物の自然と言うものはね。傷ついたものを容赦ようしゃなくみ込むんだ。僕らはもう死んだも同然なのさ」

 シマウマの言葉を聞きながら、リカオンはこのピュシスと言うゲームに、はじめて怖れに似た感情を覚えた。ただのVRゲームではない。現実世界ノモスで違法とされていることとも関係ない。このゲームには底知れない異常さがある。

 これは、とんでもなくヤバいゲームなのかもしれない。リカオンは思いながらも、今はそんな個人的な不安よりも群れクランのことを考えるべきだ、とすぐに思考を切り替えた。

 これ以上の敵の増援はない。一旦、副長ブチハイエナの元に戻って、全体の戦況を確認したほうがいい。

 シマウマとチーターに本拠地に戻ることを伝えると、ふたりは弱々しくうなずいて、力強い瞳でリカオンを見送ってくれた。倒れた仲間たちの命の重さを感じながら、リカオンはその体の、混迷した斑模様を激しく躍動やくどうさせ、傷ついた体を前へ前へと進ませ続けた。

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