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▽こんこん13-12 箱詰め

 ソニナの説明はこうだった。

 朝、住居地区のリヒュの部屋をおとずれ、ログイン中で感覚がゲーム内にある体をこっそりと箱に詰めた。単純明快。どうやって部屋の場所を知ったのか、どうやって侵入したのかは秘密。

 さらった理由は、

「ご一緒のほうが、おふたりの競争の経過がわかりやすいでしょう?」

 いま、ロロシーは機械惑星ノモスの核、惑星コンピューターカリスの元を目指し、人間の手から世界がこぼれ落ちないようにしようとしている。それに対してリヒュはピュシスの最深部を目指して内側から自然を活性化させようとしている。以前にお互いの意見をぶつけ合ったふたりは、どちらが先に目的を達するか、早い者勝ちの競争で白黒をつけようという結論に至った。

 ソニナの話を聞いたロロシーはあきれと困惑が三、七ぐらいの表情をして、

「本当にそんな理由なの」

「ええ」

「朝早くに出かけたのは、ここにくる準備のためかと思っていたのに」

「これも立派な準備です。必要な」

 席を外していたリヒュが戻ってきた。すこし気まずそうにしながら改めて周囲を見回して、

「ソニナさんの仕業ですか」

「そのようです。大変申し訳ありません。わたくしが代わって謝罪いたします」

 今日のソニナはおかしい、とロロシーは感じる。大事を前にして心が乱れるのは当然だとしても、この誘拐に大した意味があるようには思えない。なのに、その割には大掛かりすぎる。だが、不可解なことを一から十まで理解している時間などいまはなく、無条件にソニナを信じたいと思う気持ちも強かった。

 リヒュは半人ハイブリッド化の兆候ちょうこう皆無かいむの顔をつるりとなでて、髪をかきあげると、のどのあたりを押さえながら、

「ロロシー。ここは惑星コンピューターカリスへの道の途中? 地下みたいだけど」

「そうです。いまから外にご案内している時間はありません。わたくしたちに着いてきますか?」

「僕はピュシスに戻らなきゃならない」

 その言葉に何名かの半人ハイブリッドたちはうらやましそうな顔をする。ここにいるほとんどが、消滅ロストによってアカウントを失ったか、肉体の変質によりクラウンが使えなくなり、もうピュシスにログインすることができなくなっている。

 うるわしい自然の世界は遠く彼方かなた。夢幻のその向こう。けれどもいま、仮想から抜けだして、現実にあふれようとしている。そうすれば、また会える。

 クズリはピュシスの森や、共に野原を駆けた群れ長クランリーダーのラーテルを思い出して、寂しい気持ちを心ににじませた。

 クラウンを操作しているリヒュにロロシーが、

「ピュシスにログインなさるなら、この地点にあなたのお体を置いていくことになります。それともあの箱にまた入りますか。その場合はソニナに責任をもって運ばせますが」

「どうやら、箱詰めにされるしかないようだね。水とか食物フードはある?」

 リヒュが聞くと、ソニナが荷物の上部のポケットをあけて、そこに入っていたものを渡した。他の者たちにも配られる。真っ暗な通路をライトの明かりだけを頼りに進んでいるので、時間感覚がなくなっていたが、もう昼に近づいている。空腹を意識して腹を鳴らしたアジアゾウが、ぱおーん、といなないて音をごまかした。

 味のない泥団子のような食物フードを空腹に詰め込み、無味無臭の水を飲む。半人ハイブリッドになってそこそこになるロロシー、ズテザ、ラア、アジアゾウはもう慣れっこだが、今日、本格的に半人ハイブリッドになったばかりのヂデとクズリは味覚偽装なしの食事にはまだすこし手こずっている様子。

 顔をしかめながらも食べ進める姿を見て、リヒュも味覚偽装を使わずに食事をすることにした。そうしながらメョコのことを思い出す。メョコは時々、生味の食物フードを食べていた。おいしいらしい。おいしくない。いま、どうしているだろう。彼女のことだから、惑星コンピューターカリスの休養日という絶好の休みにかこつけて、一日中寝ているのではないだろうか。

 食べながらクラウンで情報収集をしようとしたがニュースにつながらない。その原因を調べようとするが、その他いくつかのネットワークもダウンしていた。表示される文字や映像がことごとくけている。

 食事をさっと終えたロロシーが、

「ユウ。トーナメントの進行状況を教えてください」

 壁際の影のなかに立っていたオートマタのユウ。ゲーム内では冬虫夏草の肉体アバター。オアシスでカモノハシに運んでもらいながら集めた情報を、

「ライオンとギンドロの群れクランが勝ち残っているんだってさ」

「どちらですか」

 すぐさまロロシーがリヒュにたずねる。

「なんのこと?」

「戻らないといけないということは、勝ち残っているんですよね。ライオンの群れクランか、ギンドロの群れクランに所属しているのでは?」

 記憶を探るが自分がリーダーだった頃のライオンの群れクランでリヒュだと思ったプレイヤーはいなかった。とはいえゲーム内で会って、現実のだれかと見抜けたのはソニナぐらいなので、まったくあてにはならない。

「さあ」リヒュはとぼけて「それよりそのオートマタ。もしかしたらメョコの?」

 ピュシス会議の日。どこかにいってしまったというので相談を受けていた。死んだ父からゆずり受けたものらしく、相当に焦燥しょうそうしてなげき悲しんでいた。

「……そうですが」と、ロロシーが肯定する。

「メョコが探してたよ。オートマタくん、さん? 君もプレイヤー?」

「わたしのことはユウと呼んで。ピュシスでの肉体アバターは冬虫夏草だよ」

 オートマタがプレイヤーと聞いて、驚く顔が並ぶなか、リヒュはちらりとソニナに視線を向けたぐらいで、

「へえ。冬虫夏草か。聞いたことないな。それはそうと、メョコのところに帰ってあげてくれないかな」

「それはできないよ。わたしにはわたしのやりたいことがある。機械にだって、夢をかなえる権利が認められるべきだと思う」

「夢って?」

「人間になりたい」

 聞いたリヒュは笑いだした。せきこんでしまって、水でのどを湿らせる。空になった水の容器を床に置くと、

「僕は戻ることにする。ロロシーには愉快な仲間が多いみたいでうらやましいよ」

 半人ハイブリッドたちを眺める。

「ぼくたちは仲間じゃない」

 声を聞いてはじめて気がついたというように、リヒュはアフリカゾウを見据みすえ、

「……そう。まあ同級生であっても、別に友達とは限らないからね」

「その通りだよリヒュ。君はぜんぜん半人ハイブリッド化が進んでないみたいだね。ライオンの仲間なの?」

「安心してくださいゴャラーム」と、ロロシー。「リヒュはそっち側の人ですよ」

「ふうん」長い鼻息。

「ソニナさん」

 リヒュが声をかけると、柔和にゅうわな笑顔が返ってくる。

「なんでしょうか」

 感情の読めない瞳。人間にしか見えないが、オートマタの体。人間なのは人格だけ。現実世界で行動しながら、電子頭脳の並列処理でブチハイエナとしてログインもしている。そのことを、この場でリヒュだけが知っている。だから、オートマタがプレイヤーだと聞いても特に驚いたりはしなかった。

「あなたはログインしないんですか」

「必要があれば」

「どういった場合に必要になりますか」

 ソニナは小首をかしげて、つい、と暗がりの天井にある通風孔に目をやると、

「ロロシーお嬢さまのためにならないことが起きようとしたときでしょうか」

「……なるほど」

 それだけ聞くと、リヒュはさながら吸血鬼のように箱に入って体をおさめた。箱のなかには化学繊維で作られた低反発のやわらかいマットがき詰められており、リヒュの体の輪郭りんかくに合わせてわずかに沈み込んでいる。ふたのほうにも同じものが取り付けられており、背中と正面でクッションが合わさることで、かつがれて運ばれていても、ぴったりと体を固定してくれる。壊れ物注意の梱包品のような状態。頭のほうの、箱の上部二ヶ所にチューブがあり、空調機能が働いているので窒息する恐れはない。

 ふたを閉じる寸前、リヒュが、

「ロロシー、僕のことを頼んだよ」

「どういう意味です?」

「ソニナさん。じゃあ、あとで」

 ばたりと箱が閉じられると、ソニナはすぐに留め具をはめて、ふたがずれないように固定。

「ソニナもプレイヤーなんだな」

 やりとりを聞いていたヂデがたずねる。身の丈ほどのもある大荷物をふり回していたことで察してはいたが、ログインする、しない、という話でいよいよ確定。リヒュと同じく、ソニナも見た目には半人ハイブリッド化していない。

「そうです」

 簡潔な答えには説明を拒絶するような響き。

「いきましょうか。急ぎませんとね」

 リヒュの箱詰めをかつぎなおすと、ロロシーを追い抜いて歩きだす。

 惑星コンピューターカリスの元へ。まずはそこへ到着できなければ、なにもはじめることはできない。

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