▽こんこん13-10 それぞれの目的
ラアが目を覚ましたときには、何事もなかったかのように、マスト状態の興奮は消え去っていた。
暗い地下通路の湾曲した壁面に立てかけるようにして寝かされている。アジアゾウが心配そうにこちらの顔を覗き込み、壊れ物に触るみたいに、長鼻が伸ばされては引っ込むのをくり返していた。後ろにはクズリやクロハゲワシのヂデも見える。
途切れた記憶をたぐり寄せる。頭を強く殴打されて気絶していた。脳震盪。吐き気がする。長鼻で頭を探ると、たんこぶができていた。触ると痛みがじんじんと頭蓋骨から脳へ直接響いてくる。
はらり、と帽子が頭から滑り落ちた。ブラックバックの探偵からプレゼントしてもらった中折れ帽が見る影もなくぺっしゃんこ。鼻でつまんでくるりと回してみるが、元通りにはならない。厚みを失って平面になった帽子を頭に乗せる。これでは帽子ではなく皿をかぶっているみたいだ。なんだか悲しい気持ちがどっと押し寄せてきた。
帽子がずり落ちないように気をつけながら上体を起こす。耳鳴りがしたが、大耳を何度かはためかせて耳を冷やすとマシになってきた。
近くにはロロシーたちがまだ残っていた。意外にも起きるのを待ってくれていたらしい。ロロシーは厳しい顔で、気を付けの姿勢をした女性に、
「……分かりましたかソニナ」
「はい。以後、気をつけます。ロロシーお嬢様」
「本当に分かっていますか」
「もちろんでございます……、ああ、ほら。目を覚まされたようですよ」
ロロシーがふり向いて、
「大丈夫ですかゴャラーム。すみません。うちの家の者が乱暴なことを……」
頭をさげられると気まずい。暴走していたのはこちらなのだ。
「いや……」
「立てますか」
「……うん」
後ろ足に力を入れて、ふらつきながらも立ちあがる。
「ブラックバックが探していたよ」と、ラア。帽子を見て思い出した。
「えっ? わたくしをですか?」
ロロシーに心当たりはない。ブラックバックとはゲーム内でもほとんど面識がなく、交流と呼べるものをした覚えが一切ない。
「あとで会ってあげて」
「これからやることが終わってからであればかまいませんが……。現実のお話ですよね?」
「そう。現実でのこと」
ラアは二足で動こうとしたが、体勢を崩して四足になってしまった。ぴたりと体になじむ。もうこれでいいかと、アジアゾウとおそろいの四足になることにする。それを見たロロシーはどこか悲しそうな表情をして、前を歩きはじめた。
「わたくしたちのことをお話しします。けれど、ゆっくりしてはいられませんので歩きながらで」
ついていこうとするが、四足でもまだ足元が怪しい。アジアゾウが横を支える。そうすると反対側に倒れそうになる。
見かねたロロシーが、そばのオートマタに、
「ユウ。手を貸してあげてもらえますか?」
「分かった」
硬い金属音を響かせながら銀色の人型が近づいてきて、
「さあ、どうぞ。わたしが支えるからもたれかかって」
体重を預けると、モーターによる機械の剛力で力強く支えられる。オートマタとアジアゾウに挟まれると、姿勢が安定しはじめた。
「ゾウというのは面白いね」
オートマタがそんなことを言ったので、ラアは思わずロロシーに、
「変な改造でも施しているの?」
「わたしは、生まれたままのわたし」
返答したのはオートマタ。その声には抑揚があり、合成音声にしてはあたたかすぎる。ラアは長鼻でオートマタの銀色のボディを探る。首や肩の接合部。もしかしたらこれはオートマタに見えるだけのただのボディスーツで、中に人が入っているのではないかとの疑惑を持ったのだが、どうやらそうではないらしい。
「くすぐったい」だなんて、オートマタの反応にしては妙な具合。
アジアゾウやクズリもへんてこなオートマタに困惑気味であったが、ヂデはなんだか訳知り顔で、
「このタイプのオートマタがまだ現存していたとはな。すべて廃棄したと主任には聞かされていたが」
「そんなことより」
ソニナが遮って、
「ロロシーお嬢様のお話を」
「ええ」促された形でロロシーが話しはじめる。
「目的を聞きたがっていましたね」
「うん」と、ラア。
「わたくしたちは惑星コンピューターとの直接対話を望んでいます」
「対話? なぜ?」
「この事態を収拾してもらうため。けれど、あなたたちの目的は違うようですね」
「ぼくはぼくなりに事態の収拾を望んでいる」
「それは半人としてでしょう? 人間としてではない」
鋭く指摘されると、ラアは口を結び、下くちびるをわずかに突きだした。
「わたくしが最優先と考えているのはピュシスの消去。それから、人間の変質を止め、治療する方法をカリスに模索してもらいます。あなた方はもし、正常な状態に戻れるのならどうです?」
「わたしはいや」と、アジアゾウ。「なにが正常かはわたしが決める。ライオン。あなたがやろうとしているのは、せっかくの革命の機会を放棄して、世界を逆行させることでしかないんじゃないの」
「自己紹介が遅れましたが、わたくしはロロシーです」
「いいえ。ライオンよ」
「なら、名乗り直します。わたくしは人間です」
堂々と宣言されると、気圧されたアジアゾウは長鼻をひっこめた。今度はアフリカゾウの長鼻が伸ばされて、
「……人間でいたいならいればいい。けれど人間。惑星コンピューターはもしかしたらすでに人間を見放しているんじゃないの。ここまでの事態になっても、カリスはたいして有効な手段を講じることもなく、ピュシスをほとんど黙認しているも同然なんだから」
「なにか理由があるんだと思います。それを知るためにも、カリスとの対話が必要なんです。それもネットワークを経由しない接触が。ネットワークは機械衛星に見張られていますから」
ロロシーの話を聞いたラアは、クズリの半人の首に巻かれているキングコブラを見やって、
「ヲヌーが言っていた第二衛星がピュシスを作ったという話?」
「第二衛星かどうかは分かりませんが、機械衛星が関わっているという考えにはわたくしも同意です。なんにせよ、現状を解明するには事態の中心にある機械惑星の核、惑星コンピューターから情報を引き出すのが最も確実でしょう」
そこまで語ったロロシーはひと息ついて、
「……あなた方はカリスの機能を停止させるおつもりですね?」
「そうだ」隠しもせずにラアは即答して「けれど、聞いて欲しい。君はたぶん勘違いしてる」
横目で見合って、アジアゾウと長鼻を絡ませる。
「ぼくらの最終的な目標は太陽だ」
「太陽?」
ロロシーがふり向くと、乱れた髪がライトの光を浴びて、いつか見たたてがみのように煌々と輝いた。